あの時の熊さん
「もう、三ヶ月になりますけれど、本当にどこで何をしているのですかね」
今日は商人さんの護衛の仕事。
Eランクになると近隣の村までの、日帰り護衛の依頼がある。
魔獣より “盗賊除け” と言うのが主な仕事。
簡単に言えば、強そうな剣を見せびらかして『冒険者がいますよー』ってアピールをする仕事だ。
装備だけは豪華な聖女の私と、お坊ちゃんのテッドさんには打って付け。
ま、夜じゃないから盗賊なんてほとんど出ないけど。
「本当にガインさん達は、山越えをしているかもね」
「でも、通常ルートならCランク案件ですよね?」
荷馬車の手綱を持ったまま『ははは』と大きく笑うテッドさん。
両脇に商人さんと私が座る。
「そっか。そっか。マリーは通常ルートじゃなかったんだよね」
「そうなのです。最短ルートで超えたから、3メートル以上もある大きな熊に襲われたのですよ」
黙って話を聞いていた商人さんが、目を丸くして驚いている。
ふふふ。凄い迫力だったんだから。
「それってポイズンネイルグリズリーじゃない?」
「ポイズンネイルグリズリー?」
「爪に毒があるから、掠っただけでも致命傷だよ。とても危険な魔獣なんだ」
致命傷……。
私はポンと手を打った。
「ずっと不思議に思っていたのですよ! あの時師匠が、なぜ先に爪切りをしたのかって」
「ははは。爪切りって。確かにそれだね」
あれには意味があったのかー。
そりゃそうだよね。師匠が無駄な動きをする訳がない。
あの時は解説が無かったから……。
「それでですね。フェルネットさんが熊の動きを止めて、ガインさんが火を纏った剣でお腹を切り裂いて、そこにハートさんが矢をバババって」
「その矢は鉛だね。鉛に弱いんだ。お腹は他より毛が少ないから、ガインさんはそこを狙ったんだね。毛が凄く固いから」
なるほどー。
凄いな。指示も無く、全員が無駄な動きもせずにあの連携とは。
「でも結局、師匠とハートさんが、魔法で首を落としてあっさり終了でした」
「首を? 流石シドさんとハートさん。毛も肉も魔力なんて通りにくいのになぁ。凄いなぁ」
テッドさんが驚きながら「首を魔法で?」と何度も繰り返し呟いている。
いやいや、生の迫力はこんな物じゃなかったのですって。
もっともっと凄かったのに。
「凄い連携だったのです。師匠が熊の首に手を当てて、ゼロ距離で凝縮した鋭い魔法をバババって。師匠の魔力が切れたと同時にハートさんが入れ替わり、更にバババなのですよ」
語彙力の無い私では、上手く説明が出来なくて歯がゆいな。
「戦闘中に魔力を使い切るなんて、シドさんは余程ハートさんを信頼しているんだね」
テッドさんがしきりに感心していてる。
言いたい事は伝わったみたいで良かったけど。
「おいおい。お前達はEランク冒険者だったよな?」
商人さんが突然、話に入ってきた。
「「はい」」
「S級のポイズンネイルグリズリーを倒したって? それどういうことだよ」
ふたりで顔を見合わせ肩をすぼめる。
そうだよね。知らなきゃ驚くはずだよね。
「私達はSランクのパーティーなんですよ。主力の仲間は今、別行動中で」
「そうなのです。私達は新人で……」
てへっと笑うと商人さんは大きく仰け反った。
「エ、エ、Sランク!!」
ははは。そこまで驚かなくても。
「Sランクの方とコネが出来るなんてな。今日はついてるぞ! 今後ともよろしくな!」
「は、はい……」
テッドさんはブンブンと握手した手を振り回され、引き気味に笑っている。
ははははは。育ちが良いから、こういう事は初めてっぽい。
戸惑うテッドさんが可笑しくて、しばらく笑いが止まらなかった。
「では、依頼達成のサインを下さい」
「おう! じゃあ今後もよろしくな! テッド! マリー!」
「「はい!」」
豪快なおじさんだった。
なんか、お土産も沢山くれたし。
パプアの実を沢山と、小型ナイフまで貰ってしまった。
「この小型ナイフで皮を剥けって事かな」
「流石商人さん。気が利いていますね」
ふふふ。
こんなに喜んで貰える依頼は嬉しいな。
気分もいいし、今日はこのまま王都に戻ろう。
帰り道。ふたりでダラダラと話していると、遠くに馬車が見えてくる。
走り去る御者の男が遠目に見えた。盗賊?
何事かと目を凝らした瞬間、テッドさんが飛び出したので、慌ててテッドさんの腕を掴む。
驚いて振り返るテッドさんに私は首を振った。
ガインさんから『加勢するなら慎重になれ。どちらが正義か見極めろ』と昔テッドさんを助けた時に、言われた言葉をそのまま伝える。
もちろん『迷ったら引け』と言われた事も。
「なるほど」
テッドさんは笑顔で頷くと、パプアの実が入ったバッグをその場に置いて身を伏せた。
私達はこのまま伏せて、様子を見ることに。
「子供を出せ!」「ここを開けろ!」
馬車の扉を盗賊二人が、ガンガン棒で叩いている。
盗賊と言うより人さらい?
「出て来いこの野郎!」
「さっさと失せろ、愚民ども! 子供がどうなってもいいのか!」
馬車の中から盗賊達と言い争う声が。
私達は顔を見合わせ首を振る。
どっちが人さらい? 確証が持てないな。
しばらく様子を見ていると、盗賊達が馬車の扉をこじ開けた。
身なりのいい男が、とても可愛いらしい小さな女の子を抱きかかえている。
隣には、護衛らしき男が剣を抜き、盗賊達を牽制していた。
「近寄るな」
護衛が素早く馬車から飛び出し、盗賊達に切りかかる。
「危ない! 父さん!」
女の子は悲痛な声で、盗賊に向かって叫んだ。
「「あっちが人さらいだ!」」
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