全てを知ったキリカ
「リリー。これ、絶対に誰にも見せるなよ」
驚くほど低い声でキリカが言った。
なんだか怖い。
「私が聖女様だって驚いた?」
嫌な雰囲気を壊したくてワザと明るく言ったのに、キリカが真剣な顔で首を振る。
「リリー。冗談を言ってる場合じゃない。こんなことが知れたらお前、死罪だぞ」
それはお父さんから何度も聞いたって。
だからずっと黙ってたんじゃない。
「これ、死んだマリーの加護か? もしかしてリリーは、その……マリーを、殺した、のか?」
「ちょっと! 違うよ! 何言ってるの? マリーは王都で生きてるってば。パレードしてたのはマリーだってば!」
とんでもない誤解をされて呆れた。
私がそんなことをする人間に見えるの?
「マリーがパレードの聖女? ごめん。でも、じゃあお前、誰の加護を奪ったんだ?」
「キリカまで私が奪ったって言うの?」
「それ以外考えられないだろ。だって緑なのに光って。そのせいで魔法も使えなくなってるじゃないか」
適性と違う加護。
おとぎ話では、悪魔の子が加護の儀式で子供を殺して奪って回る禁忌の行為。
使えるのは適性と同じ加護だけ……。
認めたくなくて耳を塞いできたけれど、キリカまでそう言うならもう自分を誤魔化せない。
「マリーの加護の儀式の時、白い光が見えたの。欲しくなって飛び付いたら手に入ったの。マリーは怒って家を出たって。私に二度と会いたくないって。うぅ。私だって本当は分かってるんだもん。ええーん」
長年の不満をキリカにぶつけて本気で涙がでた。
キリカが強く抱きしめてくれる。
光魔法が使えなくったって、光の加護がある私は特別なの。
そう思うくらい良いじゃない。
でも、魔法が使えるマリーは話が違う。
「事情は分かった。ワザとじゃなかったんだな」
「うん」
「魔法が使えない理由があったんだな。今まで責めてごめんな」
「うん」
「俺が何とかするからな」
「うん」
キリカが優しく頭を撫でてくれた。
キリカだけが私を分かってくれる。
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「……と、そう言う訳で、本人もちゃんと反省してる」
「そうか。さすがキリカだな。私達がいくら言って聞かせても、現実を認めなかったんだ。本当にありがとう」
あんなにプライドの高い夫が、涙を浮かべてキリカの手を取り感謝していた。
キリカに話があると言われた時は、婚約解消の話かと心配したけれど、本当に良かったわ。
「だから今後、加護の件には触れないで欲しい。本人は反発したくなるみたいで」
キリカが「あの性格だし」と苦笑いをする。
「分かった。話題にすることはやめる。ところで結婚はいつになりそうだ?」
夫はすぐにでもリリーをキリカに嫁がせたくて、いつも焦ってばかり。
キリカにも事情があるのに、せっかちな人ね。
「うちの親もじいちゃんも親戚も、料理と裁縫が出来るまでは、どうしてもダメだって言うんだ。俺もそこが、けじめだと思ってる」
「ごめんなさいね。やるように言っても、あの子すぐ飽きちゃうのよ」
夫が頭を抱え、私が困った顔をすると、キリカが『ミーナに頼んでみるよ』と言ってくれた。
こんなに良くしてくれる旦那さんを持てて、リリーは幸せ者だわ。
キリカは働き者だし良い子だし。
「ところで王都でパレードをしたのはマリーなんだよね? 加護はリリーが奪ったんじゃないの?」
キリカは怪訝そうに私達を見る。
本当にどうなっているのかしら。
「教会にマリーの保護を頼んだの。そこで育ったから、何か特別な事が起きたのかも知れないわ。一度も連絡を取っていないから、分からないけれど……」
「待って、おばさん。教会に保護って……。まさかマリーを孤児として教会に入れたの?」
キリカに言われて、初めて自分が何をしたのか気が付いた。
夫は信じられないという顔で私を見る。
「マリーは義父上の所にいるはずじゃないのか? 王都の学校に通うって……」
「違うの。そんなつもりはなくて。確かに教会には成人まで保護をして欲しいと頼んだけれど、そんなつもりじゃ……」
自由を奪うつもりなんて……。
教会で保護って意味を深く考えていなかった。
「私はなんてことを……」
私が泣き出すと、キリカは気まずそうに下を向いた。
「マリーは王都で義父上と暮らし、学校に通っていたんじゃないのか? 黒神官として10年間も無給で労働奉仕を? そりゃあ恨んで手紙一つ寄越さないわけだよな」
夫が責めるように私を見るけれど、仕方ないじゃない。
まさかそんな事になっているなんて、本当に本当に思わなかったんだもの。
確かにお父様からの手紙には「聖騎士に教会に連れていかれた。早く解放しろと」と。
その時は教会に保護されたと安心して……。
その後に届いた手紙は怖くて全部、読まずに捨てた。
死罪が恐ろしくて、マリーに関わりたくなくて、だから全部、捨ててしまった。
キリカが「もうマリーを解放してやった方がいい。あなた達家族に縛り付けるのは気の毒だ」と気まずそうに言う。
返す言葉もなく、誤魔化すように「リリーをよろしくお願いね」とキリカに頭を下げた。
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