旅の覚悟
「待て」
突然、ハートさんが私を抱っこしたまま、みんなの足を止めた。
「索敵に何か引っかかったのか?」
「ああ。群れっぽいな。こっちに向かっている」
ガインさんが周囲を見回し剣を抜く。
その剣は赤く燃えるように輝いており、刃には炎の模様が刻まれていた。
みんなの顔に緊張が走る。
ハートさんは私を下に降ろすと目を瞑り、片手をこめかみに当てた。
周りをみんながサッと囲む。
私も耳を澄ませてみたけれど、風で揺れる葉がサワサワと擦れる音しか聞こえない。
「シルバーウルフの群れだ。マリーはハートの指示に従え! フェルネットはシドさんに付け!」
何かの影が動いたその瞬間、ガインさんの指示が飛ぶ。
一斉にみんなが動き出し、私はその場で立ち竦んだ。
一匹のシルバーウルフが私の前で牙をむいて威嚇している。
その毛は銀色に輝いており、その目は青く深い。とても大きくて美しい狼だった。
私は恐怖で顔が強張り、悲鳴すら出ない。
目の前のハートさんだけが頼りだ。
ハートさんは「動くなよ」と剣を抜き、自分の後ろに私を下げた。
そして、私達に飛びかかるシルバーウルフを剣で薙ぎ払い、風魔法で吹き飛ばす。
「ひぃ」
目の前ではガインさんがバッサバッサとシルバーウルフを切り捨てて、向こうで両手剣を持ったシドさんが舞うように喉を切って血を噴き出させていた。
フェルネットさんはシドさんを盾に、みんなの頭上に飛び込んでくるシルバーウルフを、闇魔法で跳ね返している。
すご……。
S級冒険者の強さに圧倒された。
私は見ているだけで何もできない。
「あ!」
ガインさんの背後から、シルバーウルフが身を低くしてそっと近づいている!
助けなきゃ!
思わずハートさんの足元を抜け、シルバーウルフの前に飛び出した。
その瞬間、ハートさんが私に飛び付くと、シルバーウルフが飛んで来る。
「気を付けろ!」
ガインさんが振り向きざまに切り捨ててくれた。
ハートさんが私のせいでガインさんに……。
あ、血だ!
「傷! 大丈夫ですか?」
ハートさんは私を抱えて飛んだから怪我したんだ。
どうしよう、ごめんなさい。
ハートさんは「マリーは無事か?」と私を気遣い微笑んでくれる。
立ち上がりながら回復薬を飲むと、みるみる傷が塞がっていった。
回復薬すごい……。
今度は私を両手でがっちり抱えたハートさんは、ガインさんを盾にしてシルバーウルフを避けて回る。
あっという間にシルバーウルフは全滅した。
みんながぜーぜーと肩で息をしている中、ハートさんはひとりでシルバーウルフの牙を回収する。
私はみんなにお水を配り、気まずい雰囲気の中その場に座った。
「マリー。なんであそこで飛び出して来た?」
「ごめんなさい。ガインさんが危ないって思ったら、とっさに体が動いちゃって……」
「そうだよな。分かってる。ありがとな」
ガインさんは私の頭をポンポンして「でもな」と続ける。
「マリーを庇いながら戦うのは案外大変なんだ。だからハートに任せた。そうしたら俺達は前だけ見て戦えるだろ?」
「はい」
「旅の約束を思い出してほしい。勝手な行動は取らない。緊急時の指示は絶対だと」
「はい」
「俺達は自分よりマリーを守る事を優先する。俺達は瀕死でも自分だけなら守り切れるからな。だから、例え目の前で誰かが死にそうでも、マリーは指示に従って欲しい」
そうか、私が勝手に動けば、みんなの命も危うくしてしまうんだ。
子供の私が、S級冒険者を助けようなんて、考え自体が迷惑なんだ。
“見殺しにするのは悪” という前世での考え方を、捨てなくてはならないんだ。
「はい」
私は心の底から反省し、後悔でポロポロと涙を流して「ごめんなさい」というと、シドさんがポンポンしながら抱っこしてくれる。
ガインさんが「少しきつく言い過ぎた」と頭を掻いて気まずそう。
「ちが……反省してるの……。心の底から納得できたから……。きちんと説明してくれたから……」
泣きながらそう言うと「そうか。偉いぞ」と嬉しそうにガシガシと頭を撫でられた。
ハートさんは「俺も護衛が未熟だった」と反省し、フェルネットさんは「僕もよく怒られたよ。ただ黙って見ているだなんて、結構キツイもんだよな。ははは」と陽気に笑っている。
旅の約束はみんなと私の安全の為だった……。
ガインさんは無駄な指示は出さないのに……。
転生前は14歳の中学生。
旅行気分で指示を軽く考えてた事を、心底反省する。
ガインさんの指示がどんなに辛くても、今後は絶対に従う覚悟を決めた。
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