旅立ち
「どうか、娘をよろしくお願いします」
「私もおにーさんと遊びたーい!! マリーばっかりずるーい! ずるーい! うわーん。私もそっちがいいーー」
お父さんは、リリーを慌てて抱き上げ家に入る。
冒険者さんに頭を下げるお母さんも、それを追いかけて行ってしまった。
最後の別れの挨拶も邪魔されちゃったな。
流石に笑えて涙も出ないや。
振り返ることはもうやめた。
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おじいさまのいる王都まで、S級冒険者に護衛して貰う事になった。
私の体力や山越えもあるし冒険者さんの都合もあって、半年から1年くらいの長旅になるらしい。
私はカタカタと揺れる荷馬車にちょこんと座り、冒険者四人に囲まれ、生まれて初めて村を出た。
S級冒険者だって。
うちの村じゃC級冒険者すら、めったに訪れる事も無かったので興味津々だ。
それにしても旅かぁ……前世の断片的な記憶を辿る。
「マリーちゃん」
「マリーでいいです」
「じゃあ、マリー。旅の心得を言っとくな……」
筋肉質で大きな体をしているリーダーのガインさんは、ロングソードを持っているから前衛の剣士さんかな。
「……と、まぁ、長々と説明したけど要するに、勝手な行動をとらず、緊急時は無条件に指示に従えってこと」
そう言うと、厳つい顔のわりに、とてもやさしく微笑んだ。
「はい」
「マリーは旅って初めてかい?」
背が高くて線が細い、弓を背負ったハートさんが目を細める。
若いけど子供好きそうで良かった。
将来、いいパパになりそうだし。
「はい、魔物も見たことないです」
「じゃあパーティー登録しておくか。レベル上がるし」
ガインさんが何かつぶやくと、目の前にパネルが表示された。
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パーティーに参加しますか?
「はい」「いいえ」
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珍しさにわちゃわちゃしながら「はい」を選択するとパネルが消える。
「見るのは初めてか?」
「はい、びっくりしました。S級冒険者の仲間になれたなんて、誰かに自慢したいです」
ふふっと笑うと「やっと笑ったな」とガインさんが、頭をゴリゴリ撫でてくれた。
ずっと笑顔だったはずなのに、と顔を触ると「顔が緊張で固まってたぞ」と双剣使いのシドさんにほっぺをつままれる。
イケおじじゃなければ許されないぞ、と心の中で呟き「ひゃなしてくだひゃい」とタップした。
「はははは、可愛いからって遊ばないでよ」
荷馬車の手綱を引くフェルネットさんは一番若く、黒尽くめで品のあるイケメンだ。
だらだらと雑談をしていたら、茶色くて丸くてモフモフしたウサギが数匹、横から飛んでき……。
……と思ったら既に死んでいた。
全部、眉間に矢が刺さっていたから、ハートさんか。
反応はやっ。
「ピコン」
ん? レベル上がったのかな?
荷馬車が止まると、シドさんがモフモフを水魔法で洗浄し、私の後ろにドサッと積む。
「うわぁ。すごーい」
「初めて見る魔物かい?」
ハートさんがモフモフを目でさして「弱い魔物だから武器を装備すれば、マリーでも倒せると思うよ」とニヤッと笑った。
えっ、修行とか無理だから。運動苦手だし、頑張って薬草を育てるって決めてるし!
そんな私の為にハートさんが嬉しそうに木の剣を作ってくれる。
こ、断れない。
「……。ありがとうございます」
ははは。見た目と違って訓練の時は、めっちゃドSなのね。
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パチパチ、パチと火の粉が闇に舞い上がる。
「そうか。妹ちゃんは光の加護もちか」
「そうなのですよ。だからその教育費で、皆さんを雇って貰えたわけです」
イケおじのシドさんは、渋い感じで焚火をつんつんしながら苦笑いする。
「妹ちゃんはこれから家庭教師を雇って、魔法や読み書きや計算、礼儀作法などをみっちり勉強するんだろ? 大丈夫なのか?」
「父はすごく頭が良いですし、大丈夫ですよ」
みんなが顔を見合わせて、反応に困った顔をしてるのが分かった。
“妹のお金を使い込んだ薄情な姉” と思われているのだろうけど、こればっかりは仕方がない。
事実だし。罪悪感なんて全くないし。てへぺろ。
「皆さんはどのくらいのお付き合いなのですか?」
ガインさんが「今のパーティーは結成して5年くらいだな」と言うと、みんながうんうんと頷く。
「シドさんは幼いハートと共にずっと旅しててな。そこに家出して来たフェルネットが弟子入り志願して。シドさんが当時ソロだったS級仲間の俺に、二人に色々教えてやってくれって頼みに来てさ」
「ふふふ。適性的に二人は、私よりガインの方が向いてると思ってな。特にハートはな」
「結成当初、みんなでドラゴンを倒したら一気に二段階アップでさ。フェルネットはC級になるし、俺はAになるし、びっくりしたよ」
「二度とあんな目に合うのは嫌だと言ったのに、今度は前より大きなドラゴンと遭遇してさ!」
みんなが大きな声で笑う。
「当時は怖いもの知らずの未熟者で」と苦笑いのハートさん。
「お前さん達ならいけると思ってたがな」と余裕の笑みのシドさん。
「俺は幼いフェルネットを守るのに必死だった」とガインさんが笑い、
「僕はみんなを信じていたからね」とフェルネットさんがウィンクする。
いいなぁ、戦友というか、仲間というか。
盛り上がっている所で悪いけど、たらいでお風呂に入ったし、ご飯も食べたし、眠くなったので勝手に寝ることにした。
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「なぁ、あの子どう思うよ?」
王都に帰る途中ってのもあった。急ぐ理由もなかった。
だからこの依頼を引き受けた。
しかし俺は、訳アリの可能性が高いと思って警戒をしている。
さっき本人にも確認したが、妹は光の加護持ちだけど自分は違うと言っていた。
親から聞いた話と一致しているけど、何か引っかかるんだよ。
それに山越えだけの為にS級を雇うなんてありえないよな。
俺はみんなの意見を聞いてみる事に。
「妹ちゃんが聖女になるから、邪魔になった嬢ちゃんを追放したにしては、金をかけすぎだ」
「お互いに、二度と会うつもりがない気がする」
「5歳児をひとりで旅に出す親も親だけど、マリーも親を恋しがることも無いし、なんかドライすぎるよね」
いつの間にか寝入った小さなマリーを、みんなで見つめる。
「家族そろって聖女教育の為に王都に行くってのが、普通じゃないかな?」
「教会が妹を聖女教育の為に王都に呼ぶなら分かるけど、なんでマリーが王都に行くんだ?」
「教育費の使い込みはいいとしても、助成金で移住やその他の費用を賄うはず。なのに、それを使ってまで、何故マリーを妹から引き離す必要があったんだ?」
謎は深まるばかりだ。
どちらにしても、マリーが親に捨てられたのは間違いない。
おそらく本人も、それを自覚しているみたいだ。
「この旅で親の代わりに、俺達が色々面倒見てあげたらどうかな?」
ハートは子供好きだし、そう言うと思った。
「そうだね。どうせ移動中は暇だしさ、いいんじゃないかな」
フェルネットは年も近いし、良い手本になりそうだ。
「じゃ、暇つぶしに少し鍛えるか」
シドさんは嬉しそうに笑った。
別れの時、両親は一度もマリーを見ることはなかった。
マリーも一度も振り返らなかった。
依頼通りの楽な仕事ならいいんだけど。
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