異世界の離魔力食
「あうー」
深夜の寝室でふと目を覚ました。隣にいるはずの温もりを探しても見つからない。
あれ?
「いいから! マリーはそのまま寝てていいから」
ハートが最大の小声でそう言って、デイジーをあやしながら魔力を食べさせていた。出産してから半年近くが経ち、魔力もかなり安定したのに。
「あむ、あむ、あむ、あむ」
あはは、可愛いなぁ。
デイジーは美味しそうにもぐもぐと口を動かしている。
「美味しそうに食べるよね。味がするのかな?」
「甘く感じるらしいよ。でも離魔力が始まると、だんだん味がなくなるらしい」
「へー。私の時もそうだったのかな? 全然覚えてない」
「俺も覚えてないよ」
「デイジーも忘れちゃうのかなぁ」
「それは少し寂しいな」
満足して眠りについたデイジーを、ハートはベビーベッドにそっと寝かせた。
「明日もお仕事なんだから、無理しないでね」
「いいんだ。体力は俺の方があるし。それに、まだ体調が戻っていないだろ?」
「もう、大丈夫だよ。それにそろそろ離魔力の時期じゃない?」
「ああ、その話は明日にしよう」
ハートがベッドに潜り込んで私を抱き寄せた。
◆
「ただいま」
リビングでデイジーをあやしていると、ハートがいつもより早く帰って来た。
「おかえりなさい。今日は早いのね」
「これ」
笑顔のハートが、美味しそうな匂いのする袋を顔の辺りで振っている。
「もしかして、屋台のおじさんのところの串焼き肉?」
「好きだろ? スープも買ってきた」
「いつもありがとう。ささ、早く着替えて来て。サラダの準備しておくから!」
私はデイジーを背中に括ってキッチンに向かった。
彼はとても私を大切にしてくれている。出産後の私は一週間以上寝て過ごし、彼が子供の世話をしてくれた。今でもこうやって甘やかしてくれるのだ。
「デイジーの離魔力がうまく行っていない」
食事を終えてまったりしていると、ハートは空になったコップをコトリと置いた。
「え? もう離魔力していたの?」
「実は……。でもデイジーは魔力が好きで、離魔力食を嫌がっている」
「離魔力食ってあれでしょ? 甘く煮込んだ薬草とか花とかのエキス」
ジュースとかスムージーみたいな感じのものだ。
「何度か食べさせようとしてみたけど全然ダメで、マリーにそれを知られたくなくて」
ハートが観念した、という風に苦笑いで頭を掻いている。隠すことでもないのに。
「私たち二人の子供なんだから、そういうのは一緒に悩もうよ」
「そうなんだけどさ。かっこつけたいだろ? 失敗してるって思われたくなくて」
ああ、そういう……。
「私だって初心者だよ。こういう時は、困った時の……」
「ノーテさん?」
「うん! ノーテさんを召喚しない?」
「ははは、そうだな。あのお説教も時々聞きたくなるし」
「それ!」
翌日私たちはノーテさんを召喚した。いや、家に来てもらった。
「離魔力食がうまく行っていないという話ですが、相談に来るのが遅すぎます! 子供の成長は早いのですよ!」
はい、開口一番で叱られました。でも、この安心感。もう大丈夫。
「普段はどんな魔力を? 食べさせてみてください」
「はい」
ハートは魔力を練って腕の中にいるデイジーに食べさせた。
「もういいです、分かりました」
ノーテさんはカバンから瓶に入った薬草に花、小さな魔法陣の付いた敷物をテーブルの上に並べだす。あれは火属性の魔法陣。一気に高温に出来るものだ。うちにもある。
「まず、この蜜を少し冷まして、魔力を食べさせながら一滴ずつ口に流し込んでください」
ハートはノーテさんから受け取ったドロドロの蜜を、魔力と共に食べさせた。
「あむ、あむ、あむ」
「あ、食べた。何故だ? 何度やっても吐き出したのに」
「でしょうね。市販の離魔力食と、あなたが与えている魔力の濃度が違うのです。だから煮詰めて濃度を上げました。それは風属性の魔力に似た甘さになっています。いくつか持ってきたので置いていきます。無理にでも魔力以外のものを飲み込ませれば、そのうち慣れて何でも食べるようになりますよ」
やった。よく分からないけど解決したっぽい。
「そんなこと、父親教室では教わらなかったのに」
ハートがシュンとしていてちょっと可愛い。
「いえ、常識では考えられません。おそらくですが、あなたがた二人が必要以上に濃い魔力を与えた結果です。違いますか?」
「「あ!」」
いや、だって、徐々に濃くしたらどんどん吸収するんだもん。だからわざと濃くしてたくらいなのに。
「まったく、そんなことだろうと思っていました。言っておきますが、私は育児の専門家ではありませんからね! 聖典を読み漁り、魔力量の多かった過去の聖女の育児日記などを私なりに調べて……」
結局、夕飯の時間まで、ノーテさんにお説教をされた。てへ。
夕飯はノーテさんの手作りで、まるで実家の母親が来てくれたかのよう。その日の夕食はとても楽しかった。
「ノーテさんは私たちのために、色々と調べてくれていたんだね」
デイジーはすやすやとベビーベッドで寝息を立てている。
「ありがたいよな」
「うん、大切に育てようね」
彼女はこうやってみんなに支えられながら、大きくなっていくのだろうな。
読んでいただきありがとうございました。
これはマリーが産んだ子供のお話で、書きおろしでごっそりカットした部分です。
出そうかどうか迷ったのですが、こんな世界観だという感じの紹介だと思っていただけると幸いです。
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