前夜の花嫁
「ドレスよし、靴、手袋、アクセサリーよし。ブーケも完璧!」
今日は教会の控室でお泊りだ。
部屋の中はどこを見ても、ピンクと白の生花で一杯なの。
明日の朝こっちに向かうより効率がいいって、ノーテさんがお部屋を用意してくれたのだ。
「うふふ。ノーテさんがあんなに喜んでくれるなんて」
感情丸出しのノーテさんなんて初めてかも知れない。
でも嬉しいな。
私にとって、身内に近い大人の女性はノーテさんだけだったし。
母親というよりは教師だったけど。
当時はノーテさんの教育を受けられるなんて、みんなに羨ましがられたな。
白神官になれる最大の近道だって。
「えへへ。ウェディングブーケのない世界なのに、特別に作って貰っちゃった」
私は花台に立てて置かれたブーケのリボンをそっと撫でる。
ずっと憧れだったんだよね。
流石ボルドーさんとコーデンさん。
私の下手な絵で、ここまでちゃんとしたものが……。
ブーケの隣には石鹸やオイルが置かれていて、部屋の中は私の好きな香りで包まれていた。
「はぁー。とうとう私も結婚かぁー」
窓を開けて夜空を見上げる。
春の嵐が過ぎ去って、星が綺麗に瞬いていた。
異世界転生してから、今年の夏で19年になる。
色々あったけれど、無我夢中でここまでやって来た。
加護を奪われた時は、この世の終わりかと思うくらいに落ち込んだけど、私に素敵な出会いをくれた。
「ガインさんに出会った時は、親子になるなんて想像もしていなかったな」
神や女神は、私たちの生活に干渉しない。
ただ、生命と加護を与えるだけ。
それでもこの出会いは、神に感謝したくなる。
転生前の日本にいるお母さんが言っていた。
神様はどんな時も私の目を通してすべてを見ていると。
良い人になろうとしなくていい。失敗のない人生なんて無い。
だけど、神様に見られて後ろめたくなるような選択はするなと。
「あっちの世界のお母さん。私、好きな人が出来て、結婚するよ」
ハートさんを見せてあげたかったな。
母子家庭で高校生の陽気な姉が二人いた私は、女ばかりに囲まれて育った。
少し貧乏だけど明るくて笑いが絶えない家。
思い出すと胸が張り裂けそうになるから、長年封印していた転生前の家族の記憶。
「だめだ。今泣いたら明日は酷い顔になってしまう」
でも、今日くらいいいかな……と、少し自分を甘やかしてしまいそう。
体を張って笑いを取っていたお姉ちゃん……。面白かったな。
コンコンコン。
「はーい」
私は慌てて目頭を押さえると、笑顔を作ってドアを開けた。
「なぁに? マリッジブルー?」
あの神官一口の軽いサーシスさんが、いい香りを漂わせてずかずかと私を押しのけて入ってくる。
「やっぱりね! 凄く素敵なお部屋だわ! 一度中を見たかったのよ!」
「どうなさったのですか?」
サーシスさんはオイルの瓶が入った籠をテーブルに置くと、部屋にある調度品を一つ一つ確認しながら顔を上げた。
「どうって。明日は結婚式でしょ? ふふん。私がヘアメイクしなくて誰がするのよ」
噂じゃ、サーシスさんって上級貴族の専属になったって聞いたけど……。
「良いのですか?」
「少し前から独立して自由にやっているの。聖女の結婚のヘアメイクなんて、箔が付くでしょ? だから、ノーテさんに頼み込んだのよ!」
いつの間にかフリーになっていたとは……。流石サーシスさん。
黒神官出身で孤児という逆境も、サーシスさんのコミュ力には敵わなかった。
よほど腕とコネが無いとやって行くのは難しいけど、この調子なら心配はなさそう。
「おめでとうございます!」
「ふふん。だから、時々は依頼してよね。イベントがある時は絶対よ!」
「ははは。もちろんですよ」
これからはヘアメイクの依頼は他に出来ないな。
私の周りが更に賑やかになりそうだ。
「ほら、そこに寝て、寝て! マッサージするわよ!」
「は、はい!」
サーシスさんのトークはいつも面白くて、私を沢山笑わせてくれる。
散々大笑いさせてくれたサーシスさんは「明日の朝また来るから」と言い残して、夜遅くに帰って行った。
うふふ。明日も沢山笑いそう。
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翌朝、早くに目が覚めた私は裸足のまま、金色の豪華な装飾が施された大きな鏡の前に立つ。
「私、大人になったなぁ……」
ずっと子供だと思っていた自分が、いつの間にか大人になっていた。
「ちゃんとお礼をして、結婚の報告もしなくっちゃ」
女神が本当に存在するなんて夢にも思わなかった。
でも、あの日、私は女神様と会話した。
今でも、昨日の事の様に思い出せる。
「強く生きると心に決めて頑張りました。これから私は結婚します」
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