リリーの大切な人
「なんの用だ?」
「すみません。至急のご報告が……」
まだ日が昇る前の早朝に、ドアの方からガインさんと女の子の声が聞こえた。
災害派遣かと寝巻の上にガウンを羽織って部屋から出ると、フェルネットさんが制服に着替えながらやってきた。
「ドナ!」
リリー担当の黒神官だ。
春先とはいえ早朝はまだ冷えるのに上着も着ていない。
「一人なの? 危ないじゃない。どうしたのですか?」
「朝早くに申し訳ございません」
「いいから中に入って。寒かったでしょう?」
彼女は「いえ」と恐縮しながら部屋の中に入ってきた。
おじいさまが毛布を抱えて戻って来ると、椅子に座らせたドナを包みこんだ。
「リリー様から大至急の伝言です『マリーに石を投げた男たちが何か企んでる。近くの森にいるはずだ』と」
私は眉を顰めてみんなを見回した。
すると師匠が前に出て、ドナの目線に合わせて膝を突く。
「お嬢ちゃん。もう少し、詳しく説明してくれるか?」
ドナが言うにはリリーが聖騎士同士の会話や、盗み見た日誌や書類、運動場で聞こえてきた監視達の会話から推理したという事だった。
「何の根拠もないじゃない」
私が呆れてそう言うと、ドナが必死に首を振る。
「聖騎士もそう言って取り合わなかったんです。でも昨日の夜に『監視班が男たちを見失ったらしい』と。それで今朝、心配で早く起きた私にリリー様が……」
「監視班が見失った?」
フェルネットさんの顔が厳しくなった。
「はい。リリー様はおっしゃっていました。『私には分かる。恨みを持つ者の気持ちや行動が』と。そして『彼らが監視をまいたなら、何か事を起こす気だ』と」
リリー……。
「フェルネット。テッドを連れて森へ行け。シドさんとハートはモーラス司教様に報告を。俺とマリーは幽閉棟に行くぞ」
それを聞いたガインさんが素早く指示を出す。
私は着替える為に急いで部屋に戻った。
玄関が閉まる音がしたので、着替えを済ませたフェルネットさんたちが先に出たみたい。
「俺たちも急ぐぞ」
着替えが終わってリビングに入ると、ハートさんたちも家を出た後だった。
ガインさんとおじいさまの横で、ドナが不安そうに座っている。
「馬車を待つより直接歩いたほうが早いな」
ドナと一緒に私たちは早歩きで教会に向かった。
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「マリー! 無事で良かった!」
リリーはホッとした顔でへたり込んだ。
へたり込みたいのはこっちだよ。
「リリー様は脱獄しようとしたんですよ。なので私があんなに朝早く……」
リリーはドナに告げ口されて、気まずそうな顔をする。
「私の命なんかどうでもいいの! マリーを守る為だもん! もう大切な人を失いたくないの!」
「リリー。私もリリーが大事なの。だから自分を大切にして」
リリーは「……分かってるってば」と口を尖らせて不服そう。
本当に分かっているのか問いただしたくなる。
「ちゃんと手順を踏んで神官に伝え、俺たちに伝言を寄越したのは偉かったぞ」
ガインさんがそう言って、リリーの頭をゴリゴリ撫でた。
「そうでもないし……。えへへ」
リリーは褒められることに慣れていなくて、いつもああやって気まずそうにする。
でもなんだか嬉しそう。
「ふふん。聖女の妹の私ですら、犯罪の未遂の疑いで一生幽閉されるのに。あんなゴミなんか、首を切るにも値しない。魔獣の餌で十分なんだから」
相変わらず口は悪いけど。
「ドナもお手柄よ。リリーの脱獄の手伝いなんかしたら、大変な事になっていたのだから」
「ありがとうございます」
ドナは嬉しそうに微笑んだ。
「で? なんでリリーの話を無視したんだ?」
ガインさんが厳しい顔を聖騎士に向ける。
「村を出てからは監視が付いたので」「ただの村人ですし、見失っても……」「それに、聖女暴行と王都追放のステータス付きですし」
聖騎士たちは各々に言い訳をしていた。
聖騎士の言い分はもっともだ。
所詮は村人。ステータス付きじゃ、私に近付く事さえ出来ないだろう。
「なるほどな。お前たちの言い分も一理ある。今後は、聖女警護隊の俺たちに報告を上げてくれ」
「「「はっ」」」
リリーを監視する聖騎士さんも大変だな。
だけどガインさんが言う通り、報告を上げるべきだった。
「ほーら! だから言ったじゃない! お義父さん、もっと言って!」
リリーは勝ち誇ったように顎を上げて、聖騎士の前で仁王立ちになる。
「リリー。あんまり威張っちゃだめだぞ」
「はーい」
その態度を咎められてもリリーは満足顔だ。
リリーが無茶しないでくれて本当に良かった。
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私たちが幽閉棟を出ると、モーラス司教様の側近たちが重苦しい空気で待ち構えていた。
「司教様が執務室でお待ちです」
厳しい顔をした側近たちの後を、私たちは黙って付いて行く。
何かあったのかな……。
部屋に入るとフェルネットさんとテッドさんが既にいて、先に行った師匠とハートさんも一緒にモーラス司教様と楽しそうに談笑していた。
「遅かったねー」
笑顔のフェルネットさんが片手を上げる。
隣でテッドさんは苦笑いをしていた。
「え? もうですか?」
「もちろん。すでに引き渡したよ」
「何の罪で、ですか?」
「聖女の暗殺計画で」
聖女の暗殺計画……。
「本人たちは認めているのですか?」
「うん、ずさんな計画だけどね。本気で暗殺を企んでいたらしいよ」
自分がその憎しみの対象となると、意外に凹む……。
「マリー様。もう二度と、彼らに煩わされることはありませんので、ご安心を」
モーラス司教様はにこやかな笑顔で、きっぱりとそう言った。
流石にこれは仕方がない。
あの子供が一緒にいなかったのが不幸中の幸いだ。
「リリーのお手柄だ。何も考えずに喜んでやれ」
ガインさんがそう言って、私の肩に手を置いた。
そうだ。リリーが私の為に……。
リリーに『大切な人』って言って貰えたことが、今になって心にしみた。
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