家族との決別の日
「お父さん、お母さん。私はここを出ておじいさまの家から学校に通います」
「母さんから話は聞いたが、もう一度詳しい話をお前の口から聞きたい」
テーブルの上で組んだ夫の手は、怒りで少し震えていた。
「リリーが私の加護を奪いました。話の通じない妹に奪われ続ける人生が嫌になり、出て行く事にしました」
無表情のマリーがきっぱりと言い切る。
今まで夫には絶対に逆らわなかったのに、今日は口調も違うし悪魔憑きみたいに別人のよう。
「リリーは5歳なんだぞ。これから先も奪われ続ける人生だなんて大げさな。あの子も大人になれば変わる」
「私も同じ5歳なのですよ。なぜリリーの成長を待つ間、私だけが一方的な理不尽を受け入れなければならないのですか?」
「なんだと!」
「違いますか? 一番の絶望は、あなたたち二人がリリーの理不尽な行いを許容しているからです」
マリーが小さく呟いた。
「!」
夫が言葉に詰まっているけれど確かにそうね。
マリーも同じ5歳なのを忘れていたわ。
「とにかくだめだ。リリーの面倒は誰が見るんだ。これから教育も始まるのに」
「私はリリーの使用人じゃありませんよ。それに私がこの件を公表すれば、どうなるかお判りでしょう?」
「親を脅すとはなんて娘だ! 立場をわきまえろ!」
夫は悔しそうに机をドンと強く叩く。
マリーは少し驚いて肩を上げたけれど、顔色も変えずにまっすぐ夫を見ている。
凄い子だわ。私だって怖くて震え上がっているのに。
マリーが大きく深呼吸をして見せ、夫にも落ち着くよう促しているのが分かる。
私もつられて深呼吸をした。
「光適性に降りるお金を、ほんの一部でいいから私の為に使ってください。そのお金で冒険者を雇います。それで貸し借りなしです。お互い、悪い話ではないですよね?」
貸し借りなんて夫のプライドを揺さぶるような言い方。
マリーはワザと夫を挑発しているように見える。
でも、そのお金でリリーがした事への償いになるのなら……。
「あなた。行かせましょうよ。助成金は本来マリーの物じゃないですか。一部で良いって言っているんですし」
「だったらマリーを一人ここに残して、家族で王都に行く方が現実的じゃないか」
「あの子に旅は無理ですよ。それにマリーをここに一人で残して行くなんて、それこそ世間体が……。マリーへの償いだと思って」
「償いってなんだ! 緑の加護があるんだろ? 王都じゃなくても生きていけるじゃないか。だいだいリリーの教育費はどうするつもりなんだ。リリーを学校に行かせるための助成金はどうするんだ。マリーの我儘で奪っていい金じゃない!」
「お父さん!」
マリーがピリッとした声を出した。
興奮する夫の息が一瞬止まる。
「適性のない加護を持っていても使用できないのですよ。お忘れですか? “加護なし” と同じなのです。それはリリーだって同じ事です」
リリーも?
マリーはニッコリと微笑んだ。
そうだわ。適性のない加護を持っていても使えないのは常識じゃない。
じゃあリリーは、加護があるのに……。
「なんてことなの……」
「じゃあ、リリーは聖女に……。じゃあ、お、お前はどうすれば気が済むんだ!」
「私はおじいさまの所にいきます。このまま一緒に生活をすれば、私はリリーを憎み親を憎み世の中を恨むでしょう。私の為にも離れて暮らすことを……。いえ、一生リリーと会うことがないように約束してください」
マリーからの絶縁宣言に絶句した。
捨てるなら私達の方からだと思っていたのに。
この子は本来なら聖女様になって明るい未来が待っていたのに、どうしてこんなことに。
まさか姉妹二人とも、普通に生きることが出来なくなるなんて。
最後の『私はリリーを憎み親を憎み世の中を恨むでしょう』は、おとぎ話の悪魔の子のセリフを似せてワザと言ったんだわ。
加護なしの悪魔の子が、子供を殺して加護を奪っていく……。
あの怖いおとぎ話を思い出して、夫も言葉を失っている。
「マリー……」
「……。もういい。出て行け。冒険者の手配はしておく」
ガシャン!!
マリーが部屋から出てドアを閉めると、夫は木のコップを思い切りドアに叩きつけた。
マリーにも音が聞こえているはずだわ。
マリーは気が強いから平気でしょうけれども。
これが気の弱いリリーだったらと思うと……出て行くのがマリーで良かったと心のどこかでホッとした。
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あの日私たち家族はマリーに捨てられた。
プライドの高い夫には耐えがたい事だったみたい、あれからマリーの話は誰も出来なくなった。
ただ、リリーが大きくなったらこの事をどう伝えたらいいのかしら。
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