加護の取得
「私そっちがいいー!」
突然リリーが部屋に入ると私に覆いかぶさり、光の加護を奪われた。
「わーい! わたしぃー綺麗な白い光だったよー!!」
私は加護の部屋から無邪気に走り去っていくリリーの背中を、いつの間にかに現れた小さな精霊さんと共に呆然と見送る。
「えぇ……」
リリーの加護と思われる、緑に光る精霊さんは空中で頭を抱えていた。
うそでしょ。
「あの、私にあなたの加護を貰えたりは……」
加護のトレードを提案してみるが「適性がないからダメなんだ」と首を振る。
だよね。知ってたけど、ダメだよね。
どうしよう……。
すると、壁から白い光が放たれて、美しい女性が現れた。
眩しすぎる……。
目がシバシバして薄目しか開けられない。
続いて赤、青、黄色、緑、茶、黒の眩い光が壁から次々と放たれる。
女神様が勢揃いだ。
そこにいてもいいのか分からず、私はそっと息をひそめた。
「見てたわ」「ええ私も」「困ったわ」「なんてことを」「天罰を」「信じられない」「どうしましょう」
皆さん思い思いに喋りだし、私の存在は見えないのかも。
まさか加護まで横取りされるなんて……。
私は自分の着ている水色のワンピースを見下ろして、今朝の出来事を思い出す。
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「私そっちがいいー!」
双子の妹はいつもこうだ。
いつもいつも私の物を横取りする。
「仕方ないわねぇ……。リリーは言い出したら聞かないんだから。取り換えてあげて。マリーはお姉ちゃんなんだし」
お母さんはいつものように、リリーを宥め私を見た。
どうせ抵抗しても、リリーが泣いて暴れて最後は私が譲ることになる。
「……はい」
5歳にして私は既に、悟りを開いているのだ。
今日のために新調したピンクのワンピースをリリーに譲り、私はリリーの水色のワンピースを着る。
布を買うときに、同じ色にしようって言ったのに。
「かーさーん! マリーが怒ってるー。ひどーい!」
くぅ。
あーダメダメ、深呼吸して笑顔、笑顔。
一生が決まるせっかくの加護の日を、嫌な思い出にしたくない。
お母さんはリリーを抱き上げ、申し訳なさそうに「ごめんね」と口だけで言った。
リリーは私の持っている物が欲しくなる病気だ。
こういうのってゴネ得なのか、粘り勝ちというのか、めんどくさいと思われたもの勝ちなんだろうな。
顔は同じだけど、こんな理不尽でさえ無邪気に見せちゃうリリーが、我慢させられる身からすると正直うらやましい。
ピンクのワンピースを着てご機嫌なリリーと、ちょっと不機嫌な私と、お父さんとお母さんと四人で村の最奥にある小さな教会に向かった。
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この世界では5歳の誕生日に全員、教会に加護をもらいに行く。
適性は遅くても3、4歳くらいには判明するらしい。
光の精霊の加護はかなり珍しく、数十年も出現していない。
浄化や治癒や解毒などが出来る為、聖女様と呼ばれて教会で大切に保護される。
緑は植物系全般、薬草関係から林業や農業にまで幅広く、仕事には困らない。
国民のほとんどがこの緑の加護だ。
あーあ、私、光の精霊の加護だったのになぁ……。
このままだと “加護なし” のハードモードな人生になるのかなぁ。
リリーの双子の姉として異世界転生しただけでもハードだったのに。
こんなのおとぎ話の中だけでいいよ。
もうヤダ、悔しくて泣きそう。
私の加護を奪ったリリーなんて二度と見たくない。
あきらめて加護の部屋から出ようとすると「お待ちなさい」と背中から声をかけられた。
そのまま立ち止まると「あなたには私の愛を」と光の女神様が私をふんわり抱きしめる。
「あなたは入りなさい」と言われた緑の精霊さんが、ふわっと私に入ってくれた。
ほかの女神様達も「涙を拭きなさい」と代わる代わるに慰めてくれる。
ありがとう女神様。気を使わせてすみません。
しばらくすると誰の気配もなくなり、部屋の中が急に暗くなった。
目を凝らして誰もいないことを確認すると、呼吸を整えて加護の部屋を出た。
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「随分と時間がかかったな」
「……緑だと思う」
「じゃあマリーは薬草を育てて、聖女様になるリリーを支えてあげるのよ」
笑顔の両親に頭をポンポンされて、気持ちの整理が出来ないまま貼り付けた笑顔で心を殺す。
近隣の町の白神官がわざわざこの辺境の村まで、光の加護を確認しに来るらしい。
それまでは決定じゃないから口外しないようにと、教会担当の役場の人に言われた。
幸いなことに役場の魔道具でふたり揃って適性の確認をされただけで、双子のどちらかだなんて担当者も分かっていない。
綿毛の先に手紙を付けて飛ばす所を初めて見た。
それを目で追って、ぼーっと遠くまで空を眺める。
帰りに “仮決定の書” を受け取りお母さんに渡した。
夕食時はリリーが聖女になると両親共に大喜びで、リリーもよく分かっていないけどはしゃいでる。
聖女の姉なんて光栄じゃないかと肩を揺らされるが、どんどん心が凪いでいく。
食欲のない私の様子を心配したお母さんから散歩に誘われた。
家の中からはお父さんの嬉しそうな笑い声とリリーのはしゃぐ声が漏れ聞こえてくる。
あんなにお父さんが笑う所を初めて見た。
はぁー、夜のひんやりした風が肺に入って気持ちいいな。
「緑の加護はこの村じゃとても便利よ。聖女になるリリーと自分を比べて落ち込んでも仕方ないわ」
言ってることはあってるけど、なんかもう慰める方向性違うし、八つ当たりでお母さんのことが嫌いになりそうだし。
事情を知らないから仕方がないけど、今はちょっと手負いの獣なんでごめんなさい。
脳内じゃ饒舌だけど、傷付ける言葉しか見つからない。
分かってる。
お母さんは何も悪くない……悪くない、けど。
震えないように、感情的にならないように、冷静に声を絞り出す。
「なぜ、私が加護を貰っている時に、リリーを加護の部屋に入れたの?」
その責めるような質問に、お母さんはとても不思議そうな顔をして「だってあの子が急に手を振りほどいて入っていっちゃって……」
そこまで言ったお母さんは「はっ」とした顔をした。
そうなのですよ。
あいつ、やりやがったんですよ。
無言で頷くと、お母さんは上を向いて大きな溜め息をつく。
「そう……。今度はワンピースじゃなくて、あなたの人生を奪ったのね……」
小さな声でお母さんは悲しそうに呟き、腰を落として膝をつくと私を強く抱きしめてくれた。
「これ以上リリーとは一緒に暮らせません。私、おじいさまのところに行きます」
読んでいただきありがとうございました。
今日から書き始めます。
よろしくお願いいたします。