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天使とたった10円の結婚資金。

作者: 最条真

筆がな、動くんだ。

「君は今、死の淵をさまよっています!!」


 そう告げられたのは、全く知らない白い部屋で。

 告げてきたのは、一切俺に縁がなさそうな、可憐な少女だった。

 天使のような、という言葉が似合う。もしかしたら天使なのかもしれない、と思ったので訪ねてしまった。


「もしかして、天使様ですか?」

「そうだよー?」


 彼女はカラカラと笑いながら、証拠と言わんばかりに純白の翼を背中からはためかせる。


「本物……、本物かマジか結婚してください」

「待って待って。展開が早いよ」

「オレ、二次元と結婚するのが夢なんですッ!」

「……うわー。現実が見えてないニートの戯言だー」

「ウッ」


 的確に弱点を突かれれば、俺はもう何も言えなくなる。

 ニート。それは、俺の惨めな状況を表すのに、最も適した言葉だった。


「だとしても、言い過ぎでは?」

「……高校中退、引きこもり。二次元に没頭して何の生産性もないカスでしょ? 君って」

「こんな毒舌なの天使って」

「事実だもん。天使って聞いて何を想像してるの?」

「俺みたいなカスでも赦してくれるような聖母……」

「それは違うね」


 俺の妄想を「違う」と切り捨て、一本指を立てながら彼女は続ける。


「天使はねー? みんな『価値』が好きなの。『徳』だとか、実態のない抽象的なものはそこまで好きじゃない」

「俺の宗教観が覆されていく……!」

「人間的に言うと『お金』が好きっていうのかな? お互いの合意を示す純然たる価値。それを天使は好むの」

「へぇー」

「だから君は嫌い」


 知らない世界に感嘆の息を漏らせば、嫌いだと、突然に告げられる。

 今までの話の流れからして、それは当然なのかもしれない。


「俺には価値がないって、そういう話ですよね……?」

「お、分かってんじゃん流石ー!」


 ぱちぱちと、素直に感心したように俺に向かって天使様は拍手した。


「結構冴えてんじゃん。嫌いだけど好きかな」

「どっちなんですか」

「君に価値さえあれば結婚も考えたなー、って話」

「マジですか!?」

「うわっ距離近ッ!」


 ずいっと顔を近づけてしまったから、天使様を驚かせてしまった。


「す、すいません……」

「いや良いよ別にー。ところで冒頭に私が言ったこと覚えてる?」


 自分の好みドストライクな天使様の登場ですっかり忘れていた。

 俺は――、死の淵をさまよっているらしいってことを。


「女子高生をかばってトラックにひかれるとか、馬鹿じゃない?」

「いや……。まぁ、そっすね」


 今でも記憶は鮮明だ。

 コンビニ帰りの俺の前で、信号無視のトラックが女子高生を都合よく引こうとしていたから、庇った。

 つまらない俺の命より、女子高生の命の方が大事に思えたから。

 くだらないことで命を散らすなんて、もったいないと思ったから。自らの命も顧みず飛び出してしまった。


「それで、俺は――」

「意識不明の重体。帰れるかどうかは価値次第かな~?」

「価値?」

「うん。自らの価値以上のものを天使に渡せば、現世に帰れるんだ~」

「渡さなかった場合は――」

「死ぬよ」

「死ぬんだ!?」

「君なら、多分天国行きだろうけど――」

「マジかそれなら――」

「その場合私と結婚できないかな~」

「え?」


 俺が困惑の声を上げると、天使様は眉を上げて俺を見る。


「? 私と結婚したいんじゃないの?」

「あ、アレは冗談というかその場の流れというかこれを現実と思っていなかったというかッ!?」


 非現実すぎる状況に、身体がふわふわして勢い任せに行動してしまったのは確かだ。

 そのことを俺が焦りながら弁明すると、彼女は唇を尖らせた。


「……本気だと思ったのに」

「アッ、可愛い!?」

「天使の中でも私は特段可愛いけど……冗談で言ったの?」

「いや、本気っす!」

「本当に? 神に誓って?」

「神に誓います!」

「天使の前で神に誓ったってことは、本当に絶対だからね」


 小悪魔みたいに微笑んで、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 そして彼女は好ましげに笑ってから、滔々と続ける。


「天使と同等以上の価値を持って死んだ人間はね~? 好きな天使と一緒に転生する権利を得るの」

「えッ何それは」

「天使って、美男美女ばっかだし、性格もいいからお得でしょ? そして、来世で運命的に惹かれ合う。詳しい説明は“次”ここに来た時にするけど、今の君じゃ、価値が足りない!」

「……価値」

「とりあえず、現世で死ぬまで生きないと。あと親孝行もして。ほどほどに良い人見つけて結婚して。いいとこに就職して、趣味に没頭したり。いっぱい泣いて、怒って、笑って、それから楽しんで。価値って、そういうことの積み重ねな訳」

「……なるほど?」

「今の君は価値が死ぬほど低いの。だって何もしてないから」

「おっしゃる通りで……」


 全くもって正論で耳が痛い。

「だから」と、指一本を立てて、彼女は告げる。


「すっごい低い価値で、君は帰れるよ!」

「……喜んでいいんですか?」

「うん! ちなみに価値を決めるのは天使だから。天使が好ましいと思うものをプレゼントするのがおすすめだよ!」

「プレゼント……?」

「うん。要は天使のご機嫌取りをうまく取れれば帰れるってわけ」


 まるでギャルゲーだ。そう思った俺は間違ってないだろう。


「ちなみに身に着けてるものしかプレゼントできないから。プレゼントしたものは現世でなくなるから気を付けて」

「なるほど……」


 それにしても天使様が気に入りそうなものか。

 非常に難しい。生死が問われているというのに、うまいアイデアが思いつかない。


「服とか……」

「えー」


 微妙な顔をされたのでやめておこう。

 服はどうやらお気に召さないようだ。


「あー天使が好きなモノって――」

「純然たる価値!」

「うーん。結構むずくないですか」

「うん。結構帰れない人も多いよ」

「……そっかぁ」

「彼女にプレゼントする予定だった指輪がなくなった人もいるよ!」

「その人可哀そうだな……」

「生きるためだからね!」

「まぁ、そっかぁ……」


 価値。自分の中の、価値とはなんだ。

 考えるように顎に手を当てて、ふと顔を上げれば、とにかく全てが俺の理想像ドストライクな天使様の姿がある。


「ここまで来たら結婚してぇなぁ……」

「……へぇー。じゃあ生きないと」

「うん。生きないと――あ」


 ズボンのポケットをガサゴソと漁っていたところ、何か、硬貨のような感触があって。

 それを懐から出した。


「……よりによって、10円玉」


 手のひらでは、頼りのない10円玉が鈍く輝いていた。

 本当に、頼りない。コレ一つじゃ、何も買えない。あればちょっと役に立つ、それだけ。

 これ一枚じゃ、随分頼りない。それでも、俺が持つ価値はこれしかなかった。


「あ、お金?」


 そこで彼女は声のトーンを高くして、掌の上の10円玉をまじまじと見た。


「これで良いよ!」

「良いんだ!?」

「うん! 価値は天使が決めるから!」


 差し出してきた掌に、10円玉を乗せる。

 そしたら彼女は「ふふ」と笑った。それとは裏腹に、俺は嘆きたい気分だが。


「10円ぽっちか俺の命……」

「ん? 違うよ?」


 さっきから毒舌で、俺の妄想のことごとくを正論で塗りつぶしてきた彼女が、初めて明確に否定した。


「――この10円で、私の恋を売ったんだ」


 乙女チックに彼女はほんのりと頬を赤で染め上げて、彼女は笑って見せた。


「……え」


 まるで、心臓が跳ね上がるような。

 たった10円の恋。それが、俺の心臓の鼓動を思いださせる。

 ドクン、ドクンと、今まで鼓動を忘れていた心臓が、鼓動し始めるのを感じた。


「ちなみに君自身の命はタダ! これがなくても返してたよ!」

「無料かよ俺の命……」

「価値がないもん君!」

「ひっでぇ……」

「この10円は結婚資金! 君だと思って大事にするよ」


「そろそろ時間だね」と彼女がどこか、寂しげに呟いて。

 俺の身体が、どんどんこの世界から消えていくようなー-、


 唐突に、後ろから抱きしめられた。


「――これから。たくさん笑って。時には泣くようなこともあるかもしれないけど、怒りたくなるような理不尽が君を襲うかもしれないけど、それでも負けないで、全部楽しかったなって、そう思える人生を送って」


 背後の彼女の顔は見えないけれど、きっと、聖母のように微笑んでいるんだろうな。


「結婚するって、神に誓ったのは君だからね?」

「うん。分かってる」

「じゃあ。あ、最後に!」


 言い忘れてた、と言わんばかりに彼女は声を上げて。


「――いってらっしゃい」














 病室で目を覚ます。

 生きていた。


 心臓の鼓動がする。


 人を呼ぶ前に、ズボンのポケットを漁った。10円玉があるはずもなかった。

 そもそも病院着だ。入っているわけがない。きっと、元のズボンにも、10円玉は入っていないのだろう。


 これから何をしよう。

 ニートの俺は卒業したい。父さんと、母さんには謝って、どうにか高卒認定は取ろう。

 人より遅れているのは自覚している。それでも、彼女と結婚するには、彼女と同等以上の価値を持っていないとダメらしいから。


 たくさん笑って、それから泣いて、時には怒って、全部楽しかったと思えるように。

 そうやって俺は、これから人生の価値を積み重ねていく。













 縁側に座りながら、日向ぼっこ。

 それがジジイの趣味だった。


 いろんな体験をして、いろんなことをした。

 随分年も取った。親孝行もしたけど、養子を取って、子育てまがいのこともしたが。

 ついぞ結婚だけはしなかった。

 何故かって、10円玉を見るたびに思い出すからだ。


「……そろそろ行くよ」


 ――たった10円の結婚資金は、今でも彼女が持っている。















 何故か、その時は、彼女に会った時のままの姿で。白い部屋。

 彼女は相変わらず、美しい姿で。

 待ち合わせ場所で合流できたことに対して喜びを示すように、楽し気に右手に10円玉を握りながらブンブンとこちらに手を振ってきた。


「遅かったねー!」

「ああ、遅れた」

「じゃ、いこっかー!」

「価値は足りてるのか」

「ん? だって天使が決めるし」

「……つまり?」

「一緒に来世に向かいましょー!」

「ああ、じゃあ。これから、よろしくな」

「うん。よろしくね!」






















10円玉から始まる恋っていよね。


『天使』

天使様。人間の生死の裁量を結構自由に決められる。彼女以外にもいっぱいいるよ!!

気に入った人間は生かすし、印象が悪い相手は死なせる。

結婚を引き合いに出されて、乙女心にきゅんと来た。めちゃくちゃ男のことを気に入っている。

無料で返すって相当。自らの恋を10円で差し出すのも相当。価値が死ぬほど低い=死ぬ価値がない=相当天使に気に入られている、ということ。嫌いな奴には、『君は価値が高いよ!』と嘘を付く。天使怖い。

ちなみに序盤の嫌いは結婚を引き合いに出された動揺の照れ隠し。ほんとはすき。天使は惚れっぽいいのだ。ギャルゲーの要領でコミュ交わせばだれでも帰れる。それが難しいんだけど。

人間の価値は天使が決める。なのでどんな状態で男が来ても一緒に来世に行ったと思われる。

来世だと稀代のラブラブカップルとして名を馳せている。


『男』

高校中退引きこもりニート。

いじめられて心が折れたり、色々トラウマがあったが、今回の件で一念奮起。

かなりまっとうな人生を生きた。子供(養子)には死に際相当泣かれた模様。

俺、来世で天使と結婚するんだ、が口癖だったらしい。やべー奴にしか見えん。

来世だと稀代のラブラブカップルとして名を馳せている。



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― 新着の感想 ―
[一言] いい恋愛物読ませて貰ってありがとう。 主人公は天使との結婚生活を選んだところもよかった。 終わり方は出来れば転生して運命的に出逢えたところで終わって欲しかったかな。
[一言] うわ……まじ好きめっちゃいい話やん
[一言] 大将!ラブラブカップルをオーダーしてもいいでしょうか!
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