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数年後、祖母は亡くなった。
祖母一人では狭かった家に、沢山の親戚が訪れていた。知っている顔から知らない顔、ずっと年上の人から私より小さい子まで。それらが何かしらの、どれだけ遠くても私と血縁関係にあるのだと思うと、不思議だった。
葬式というものは、祖父の葬式の時も思ったが、形式的なものを淡々と進めていくものなのだろう。次から次へと進行していくし、事前に言われたことをこなしていくけれど、それらにどんな意味があるのかは、正直分からない。
そんなふうに時間が過ぎていくと、今日やることは終えたらしい。夕食だと言われたと思ったのに、手伝わされた。男の大人たちだけはビールなんかを互いに傾け始めた。
親戚のおじさん何人かの顔が赤くなった頃、ようやくご飯を食べるように言われた。きっと最初は温かったのであろう料理が、妙に気持ち悪い温度になっている。
何を食べようか、そして何を残そうかと考えていると、忙しなく動いていた女性陣もやっとといった様子でテーブルに付き始める。そうして、同じように妙な温度となった料理に手を付け始めた。
「お母さん、これいらない」
料理の煮物がどうにも美味しそうに見えず、かといって残すのも忍びなくて、母に代わりに食べるように言う。
「わがまま言わない」
ぴしゃりと言われておしまいだった。鼻をつまんで食べようかとも思ったが、それを祖父の葬式でやったらこっぴどく怒られたので、やらない方がいいだろう。
どうしようかと迷っていると、近くにおばあちゃんが座った。隣にいる母がその人に向かって頭を下げる。私もそれに倣って、同じように頭を下げた。
母がその人に話しかけ、そのまま盛り上がったようで色々と話していた。こちらに話しかけられることはなく、母たちの会話やその広間の騒がしさをBGMにこの料理をどう処理しようかと頭を悩ませていた。
ようやっと残そうと決心して箸を置くと、おばあちゃんが違う人に呼ばれて席を立った。
お茶を飲む母に今のは誰なのか聞いた。すると、祖母の兄弟の一番末の妹さんだそうだ。しかし、それにしてはどうも祖母と似ていない気がする。
そう思ったのが母にも伝わったのか、少し周りを気にした様子を見せたかと思うと、顔を寄せてきた。
「あの人、おばあちゃんと親が違うの」
「お父さんかお母さんが違うの?」
「そう簡単な話ならいいんだけどね」
どこか疲れた顔で母は言った。つまり、そんな簡単な話ではないらしい。
「じゃあ、おばあちゃんと一番似てたのは誰なの?」
「さぁ。兄弟の写真なんて見たことないもの」
「あたしは見たことあるよ」
突如、脇から違う声が飛んできた。この人は母の妹だ。名前は忘れた。
「あんた見たことあるの?」
意外そうな顔で母が聞く。あるよ、と言いながら叔母さんは私の隣にやってきて、私を挟んで話し始めた。
「お母さんの家って色々複雑じゃん? このとーり親戚も多いしさ、状況整理したくて話聞いたことあるんだよね」
「写真てのがどれだけ貴重かは知らないけど、家族それぞれの写真持ってたよ」
「へぇ、そんなのあるんだ」
感心したような、少し驚いたような調子で母は言った。
「そう。んで、あおいちゃんの疑問だけど、お母さんと一番顔が似てるのはね、一番上のお兄さんだったよ」
それは祖母の言っていた勿忘草を教えてくれたという兄のことだろう。
「お兄さん?」
同じく話を聞いていた母が不思議そうに首を傾げる。そんな母の様子が私には更に不思議に思った。兄妹なのだから、当然の話じゃないのだろうか。
「それはおかしくない? だってそのお兄さんって養子でしょ」
養子ということは、祖母の両親の実の子ではなく、他の家から向かい入れられたということになる。
叔母さんの話によると、祖母が見せてくれたという写真は、おそらく徴兵直後と思われる写真だという。軍服に身を包んだ凛々しい姿で、そこに映る顔は祖母の若いころによく似ていたそうだ。そこでどうして似ているのかという疑問を持つのは当然のことで、叔母さんも同じように疑問に思い、投げかけたのだそうだ。
そこまで話をすると、私が残した煮物を食べた。あぁ、これで残らなくて済む、と少しだけ安心した。
「それで、答えは?」
急かすように母が言うと、叔母さんは頭を振る。分からなかったらしい。
「お母さん、教えてくれなかったの。というか、知らない振りをされたって感じだった。いつもの調子でなんでだろうねぇって」
少しだけ真相が分かるのかと期待したが、結局分からず仕舞いだ。母も、なんだ、と残念そうに言う。
ふと、祖母が話してくれた兄との花の思い出のことを思い出した。
祖母が話してくれた『兄は他の兄弟ほどに歓迎されていなかった』と言っていたけれど、その理由までは教えてくれなかった。きっと、養子だったことが原因だったのだろう。
じゃあ、祖母はどうだったのだろう。
あの妹さんというおばあちゃんと祖母は似ていない。きっと血の繋がりというのがないのだろう。それを理由に疎まれてたりはしなかったのだろうか。
少なくとも祖母の口からそのような話を聞いたことはない。それは単純に仲が良かったということではなく、疎まれていたような話も、仲が良かったような話も聞いたことがないのだった。それで言えば唯一、その兄が優しかったはっきりと聞いた話でもあった。
叔母さんの話や、祖母自身からの話からきっと、兄と祖母だけは、きっと他の人たちは違う繋がりがあったのだろう。それが血の繋がりか、もっと別かは分からないけれど。
そう思ったとき、何かがストンと胸に落ちてきた。私の中で、妙な納得が起きた。
どうして兄は祖母に勿忘草のことを教えたのだろう、とずっと思っていた。
男の人が花を好きだと話すのは、少しばかり意外な気がしたのだ。
でももし、そこに二人だけの特別な繋がりがあったからこそ、教えてくれたことなのだとしたら、それは至極当然なものなのだろう。それに、その話を聞いたのはその兄が戦争に行く前日の話だと言っていたから、尚更だ。
祖母のお兄さんはもしかしたら、勿忘草の花言葉を知っていた。知っていた上で、祖母に教えた。
そう考えるのは、考えすぎというものだろうか。
広間の前方にある、祖母の遺影を見る。
穏やかな笑みをたたえ、黒い枠の中に納まっている。
祖母は本当は真相を全て知っていて、けれども、それを誰にも話さなかったのなら、それは本当に墓まで持って行ったということになるのだろう。
最初からそのつもりだったのかどうか、それすらも今となっては分からない。
こういうときに「死人に口なし」というのだろうと思ったけれど、そんなふうに言ってしまうのは、違うと漠然と思った。
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