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pixivの公式企画である小説企画「執筆応援プロジェクト~花言葉~」に参加させて頂いた際の作品です。(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15570016)
時効と判断し、こちらにも掲載することにします。
私には祖母がいる。母方の祖母だ。車で数時間のところに祖母はいる。
祖父もいたが、数年前に亡くなった。それからは一人で住むには少し広い家に住んでいる。
庭には沢山の植物が所狭しと植えられていて、どこか窮屈そうにさえ見える。
今でこそ穏やかに過ごしている祖母だが、その人生は波瀾万丈だったそうだ。
戦争を体験しているらしい。それ以外にも、家族のこと、お金のことで苦労したようで、時々愚痴のような、言い聞かせるような口調で私たちに聞かせてくる。
そんな祖母も相当な年だ。数年前から耳が遠くなってきたらしく、今まで話していた声の大きさで話すと聞き返されることが多くなった。他にも、できていたことができなくなっている。それが加齢による自然でごく当たり前のことなのか、他の病気があってのことなのか、私には分からない。
久々に祖母の家に母と訪れていた。出迎えてくれたのは、最近雇ったお手伝いさんのおばさんだった。母たちに付いて行き、家の中へ入ってもよかったのだけれど、大人たちの会話が退屈なのはよく知っていた。
庭を見てきていいかと聞き、了承を貰うと足を庭へと向ける。相も変わらず、色んな植物が植えてある。
そんな中に、青く小さな花に目がとまった。勿忘草だ。
その花は、祖母が一番好きな花だ。理由は祖母の兄が好きだったから。
祖母と兄はとても歳が離れていて、その兄はいつも働いている記憶しかなく、一緒に遊ぶということがほとんどなかった。また、どうしてか、その兄はあまり他の兄弟ほど歓迎されていなかったらしい。その理由を、祖母から聞いたことはない。ただ、その兄は祖母に対しては優しかったそうだ。
そんなある日、戦争に行く前日だったかに、兄が沢山遊んでくれ、その最後に、この勿忘草が好きだということを教えてくれたそうだ。楽しくて嬉しい記憶と共に、祖母の中にその花のことが残ったようだった。
祖母は庭にこの花を植えるのが夢だったらしく、毎年咲くとそんな話と共に嬉しそうに私に話してくれるのだった。
「あら、妖精さんかと思ったわ」
不意に聞こえた声に、振り向くとカーディガンを羽織った祖母が立っていた。母たちと話をしていたのではないだろうか。
「大げさだなぁ」
「思ったことを言ったまでよ」
祖母はただそのように言っては、ゆっくりと近づいてきて、私の隣に立った。そしてそのままぼんやりと庭の花々を眺めていた。それはまるで夢の中を歩いているようだった。
「今年もたくさん咲いたわねぇ」
庭も花々を見渡し、祖母は嬉しそうに言った。そうして、それぞれの花について、思いつく端から色々と話をしてくれるのだった。
しばらくそんなことをしていると、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。それに振り返ると、母がこちらを見て私のことを呼んでいた。
「今の、あなたの名前?」
祖母の言葉が信じられず、思わずその顔を見る。祖母はやや首を傾げるその様子から、今の言葉はただの純粋な疑問なのだと理解した。
私はそれにどうしてなの、と疑問を投げかけたくて仕方なかった。けれども、それが届くことがないことも、よく知っていた。
胸が痛くて仕方がなかった。けれど、精一杯それを押しとどめて、ようやく「うん」と返事した。
「そう……。あの花の色と同じ響きなのね」
そう言って、庭に咲く勿忘草へと視線を向けた。
「そういえば、あなた、あの花の名前は知ってる?」
祖母から何度も教えられたその名前を忘れるはずがない。私は祖母の言葉に頷く。
「もちろん知ってる。私のおばあちゃんもね、その花が好きなの。私の名前はその花の色から取られたんだって、お母さんが話してくれた」
「そうなの。そのおばあ様はとても趣味が良いわね」
嬉しそうに、それこそ花が咲いたように祖母は笑った。春の木漏れ日の中で笑う祖母の存在が、ただただ眩しかった。
「……じゃあ、お母さんが呼んでるから」
「うん、じゃあね」
そう言い、祖母は小さく手を振る。私はそのまま行こうと足を踏み出した。けれども、私はすぐに足を庭の方に戻して、庭にあった勿忘草を少し摘み取った。
そしてそのまま、祖母に押し付けるよう祖母の前に突き出した。
「これは?」
「あげる」
何と言っていいか分からず、ぶっきらぼうにそう言う他なかった。胸でせき止めている気持ちを押さえるのに、精一杯だった。
「花には、花言葉があるの。知ってる?」
ようやくそうした言葉を発することができた。
「へぇ、知らなかったわ」
「それで……その花にも花言葉ってのがある。もし、覚えてたら調べてみるといいかもよ」
「はな、ことば……えぇ、分かったわ」
祖母は柔らかく笑い、摘み取った花を受け取ってくれた。
「……じゃあ、行くね」
私はそう言い、祖母の横を通り過ぎて呼ばれた方へと歩き出した。
「あおい!」
不意に祖母の声で私の名前を呼んだ。その声に私は振り返った。
「今日はありがとう。あなたのおかげで素敵な思い出になったわ!」
無邪気な声で祖母はそう言い、こちらに手を振った。私は喉のところが急に苦しくなった。今にも泣きだしそうになるのを堪え、私は祖母に向けて声を張り返事をする。
「私もだよ!!」
それが精一杯だった。それが無事祖母に届いたらしく、より一層笑みを深くした。それを見ると、私は駆け出してその場を後にした。
「あおい、さっき呼んだのに……」
最後になるにつれて、母の声が小さくなる。私は思わず母に抱き着き、その胸で声を上げて泣いた。そんな風に泣くのは、本当に久しぶりのことだった。母はそれ以上何も言わず、ただ私の頭を撫でてくれた。
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