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ラジオ

作者: さばみそ

そのラジオ番組との出会いは、高校受験の勉強中のことだった。深夜、唐突に流れてきた、とあるパーソナリティーの大きくてよく通る声。私は勉強の手が止まり、暫し聞き入ってしまった。眠気が消え、やる気が充填されたような気がする。週一回の放送ではあったが、いつしか私はその番組を聞くのが楽しみになっていた。そして、番組に送られてくる相談事への返答は、当人でなくとも元気づけられた。そのおかげか、高校は無事に合格。勉強に部活に忙しくも充実した日々を送っていた。深夜ラジオを聞くことは減ったが、あの番組だけは聞き続けていた。


そんなある日、私は入院することになった。当時はまだ難病であり手術が難しく、成功確立もそれほど高くないと言われた。病気のまま残りの人生を送るか、手術をして少ない可能性に掛けるか、最終的な判断は本人である私に委ねられた。だが、まだまだ子どもの自分にそんなことを直ぐに決めることは出来ず、それどころか自分の人生に絶望してしまい、病室で半分引きこもりのような状態になってしまった。枕元には携帯ラジオとイヤホン。テレビはいつまでもつけていたら他の人に迷惑だろうと親が用意してくれたものだ。習慣というのはすごいもので、そんな状態であるにもかかわらず私はいつの間にかラジオのスイッチを入れていた。あの番組の時間だった。いつもと変わらぬ内容に、始めは(俺はこんななのに…)と妬み、携帯ラジオに八つ当たりしそうになる。しかし、あの声を聞いているとやはり元気がわいてくる。相談コーナーでは涙すら流していた。私は初めて番組宛にハガキを書く。病院のベッドの上で、自分の侵されている病気のこと、手術の難しさと成功率、まだ悩んでいること、そして番組から元気と勇気をもらっていることを、全てを書き綴った。読まれるかはわからない。返事はこないかもしれない。むしろその確率の方が高いだろう。だが、書かずにはいられなかった。


翌週の番組も病院のベッドの上で聞く。まだ決められない。先生や親も気持ちを汲んでか結論を急いではいなかったが、期限が迫ってきているらしいことは感じとれた。私も決意した。ハガキが読まれようが読まれまいが、今夜結論を出そうと決めていた。いつもよりそわそわして番組を聞く。あまり内容が入ってこない。ああ、相談コーナーが始まった。

「今夜はちょっと重めの相談が来ておりまして…」

もしかして

「ある病気の高校生からの相談です」

私のことだった。内容は少しぼかしつつも、親身になって話してくれる。

「頑張れ!」

その言葉に私は声をあげて泣いていた。結論は出た。頑張ろう。必ず良くなって、この番組を聞き続けるんだ。そして感謝の気持ちを直接伝えに行こう!

そう思っていたら、なんと次の日、そのパーソナリティーの彼がお見舞いに来てくれたのだ。これにはさらに感動して大泣きしてしまう。両親もびっくりだ。応援してもらい、一緒に写真を撮ってもらう。

「現像したら送るね」

と爽やかに言い残して去っていった。なんと素敵な人だろうか…

そしてどうなったかと言えば、こうして話をしているのだから手術は当然成功。自暴自棄になりかけた私を支えてくれた両親や、先生にも本当に感謝している。術後の経過を見るために、しばらく入院生活は続いた。起き上がってペンを持てるくらいには回復したので、再び番組にハガキを書いた。手術の成功と感謝の気持ちを綴って。


番組が始まった。しかしなんだろう?今日はずいぶんノイズが多い。違法電波というやつだろうか? なんとなくパーソナリティーの声もいつもと違って、なんというか心がざらざらしてきて、不安になってくる感じだ。

「ザザッ… では、相談コ ザ ナー。前回の高校生から経過が ザー ています…」

雑音も相まって、素直に喜べない。何故か逆に読まないでくれとさえ思っていた。今までこんな感じはなかったのに。きっと雑音のせいだ。そう思って集中して続きを聞く。

「ザッ 無事成功しました。ありが ザーザー す。退院し ザザッ ザー…」

電波が一時完全に途絶えた。

(あぁ、せっかく読まれているのに… まぁ、文句言っても仕方ないか。今まで運が良すぎたんだ)

そんな風に思って諦めて、ラジオのスイッチを切ろうと手を伸ばす。すると

「ということだそうで…」

電波が戻って再び放送が流れる。だが、様子が少しおかしい。

「なんだろうね。運のいいやつと悪いやつの差って言うのかね。俺から勇気をもらったって? その上助かって? はっ! 冗談じゃない。じゃあ俺はどうなる? 俺が何をしたって言うんだ… くそっ! 俺だってまだやりたいことがあるんだ。この仕事だって大好きなんだ。こんなことで終わりたくねぇよ…」

いったい何があったというのか、ラジオの向こうから聞こえてくる声も内容も、まるで別人のようだ。例えるなら酔っ払って自暴自棄になっている人、だろうか。ドラマで挫折して酒に溺れた主役のそれに似ていた。そして、その声は続く

「読まなければよかった… 行かなけれバヨカッタ… ギャクナラヨカッタ… オレハ…」

途中で電波障害とは違うノイズで声が禍々しく変わる。あまりの恐ろしさに再びスイッチに手を伸ばす。


「オマエガニクイ!!」


最後の声がはっきりと耳に残っている。その日は気分も悪くなり、あまりよく眠ることができなかった。そんなこともあり、しばらくラジオに触れることもなく過ごしていた。



その後の経過は順調で間も無く退院し、学校にも戻ることが出来た。全てが元に戻った。そして、ふとあの番組のことを思い出した。唯一ラジオを聞いている友人にそれとなく話をしてみる。

「そういえばさ、あの番組聞いてた? あれって普通に放送事故だよな。あの後、大丈夫だったのかな? 打ち切りとかになってないよね?」

友人はきょとんとした顔で答える。

「え? あの番組ってとっくに終わってるじゃん。お前が手術した辺りじゃね? パーソナリティーが病死したってちょっと話題になってたぜ?」

何を言っているんだ? 手術の後にも番組はやっていたじゃないか。その時の放送が異常でって話を…


家に帰ってから新聞を引っ張り出して読む。あった… 人気ラジオパーソナリティー病死の記事だ。しかも

「俺と同じ病気だ…」


ピンポーン


インターフォンが鳴る。びっくりして心臓が止まるかと思った。届いたのはあのラジオ番組から、写真とカセットテープ、そして手紙。手紙には彼が亡くなったことが書かれていた。そして、カセットテープは自分に宛てたメッセージということだ。恐る恐るテープを聞いてみる。

「こんにちわ! 元気に退院できたかなっ? いや~実は僕も同じ病気だったみたいでさ~ すごい偶然だよね。僕も君を見習って頑張って手術して、元気に復帰するから待っててね!」

あの声だ。写真の笑顔もあの時のまま。ああ、自分は何もしてあげれてないのに… いろんな感情が溢れて、しばらく涙が止まらなかった…



あれからだいぶ経った。ちょっとへこんだ時には写真を見返し、カセットテープを聞いて勇気づけられる。あれから10年、私もあの時の彼と同じ年齢になった。そして異変に気付いたんだ。

「写真、変わってる…?」

表情が険しくなった。いや、日々険しくなっていっている。カセットテープも聞いてみた。

「ザザッ ザー ちわ… 元気に退院…ザザ 俺はまだ… ザーザー」

あの時の声、あの時のノイズ。私は恐ろしくなって写真もテープも処分しようとお寺に持って行った。拝んでもらい、しっかりと供養した。なんなら神社にも行ってお祓いもした。


「なのに… なんであるんだよ…」


机の上には写真とテープが戻って来ていた。もう一度お寺に持って行って相談する。が、住職の顔も青ざめているのがわかる。写真はまた少し変化していた。私の姿が薄くなり、彼の形相はまるで悪魔のようだ。住職と二人でカセットテープの中身も確認することにした。何か成仏させるヒントがあるかもしれないという淡い期待だった。

「ザザー… 復帰するからな!!」

禍々しい声で、たった一言。住職は何かを悟ったようだったが、結局は何も言ってくれなかった。


あれから数日が経過した。どうやら明日は彼の誕生日だったようだ。私の目の前には、何度捨てても、何度壊しても戻って来た写真とテープがある。写真の中の私はいよいよ消えようとしていた。彼の顔は笑っているように見える。最後にもう一度だけカセットテープを聞いた。

「こんにちわ! 元気にしてたかなっ? いや~実は僕も同じ病気だったみたいでさ~ 僕も頑張って手術したんだけどね~ まぁ、よかったよ。これでやっと…


復帰デキルカラナアッ!!」



それからしばらくして、新たな人気ラジオパーソナリティーが現れる。自分を救ってくれた人の想いを継いで、そんなバックストーリーも人気に拍車をかけた。

「今の僕があるのは『彼』のおかげですよ」

そう言って写真を見る。かつての人気パーソナリティーが病院で一人写っている写真。それを見て微笑む彼と、写真の中の彼の笑顔はとてもよく似ていた。


「ホントウニアリガトウ」


彼は呟いた

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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中までホラージャンルだということを忘れてて、いい話かと勘違いしていました。 やられました。
[良い点] ホラーと思いきやいいお話、と思ったら、やっぱりホラーでした(><) はじめにほっこりしてしまった分、ゾワッが凄かったです。
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