第9話
「……僕は魔法も使えないし、運動神経も良くない。たぶん本当に何も、なんにも出来ないんです」
自分で言いながら、笑えてきてしまうくらい情け無い言葉だ。けれどシルクさんは笑わなかった。ずっと真剣な眼差しで、あまりに真っ直ぐ僕の事を見つめてくれるから、なんだか今度はこちらの方が泣き出してしまいそうだった。
「だから一緒に考えてほしい。二人でめちゃくちゃに足掻いたら、もしかしたらどうにか、なるかもしれないから……な、ならないかもしれないけど……!」
精いっぱい頑張るよ。
宣言した声はあまりに小さく、いまいち締まらなかったけれど。シルクさんは深く頷き、そっと祈るように重ねた手のうえに額を寄せた。ふっと震えが収まり、涙の粒がボロリと溢れる。まだまだちっとも、泣いている場合なんかじゃない。肩口で涙を拭うのと同時、白い瞼が音も無く持ち上がり、微かに濡れたアイスブルーの瞳が僕を見つめた。やはり彼女は強く、美しい。よく晴れた日の空のように、澄んだ青色の瞳を細めて彼女は微笑った。
「ありがとうヒカル」
「どういたしまして……シルクさん」
力強く手を握り返された所で、ふっと辺りが暗くなった。
影は闇に溶け、ダンスホールの灯りが一気に消える。舞台装置が切り替わったかのように辺りは突然静寂に包まれた。
ぎいっと軋むような音がした。
次の瞬間、固いものが割れて飛び散る耳障りな音が響く。本能的な恐怖を煽る破壊音。ギィッ、ギィッと錆びた金属が擦れ合うような音を響かせながら、それは此方に近付いてきていた。
剣か槍か、重い得物を石畳の上で引き摺っている。ゆっくりと、それでいて迷いのない歩み。きっとあの、不気味なゴースト騎士が僕たちの事を探しているのだ。広場にあったテーブルや蓄音機が次々薙ぎ倒されているような恐ろしい音がする。遮るものを強引に押しのけて、錆びた足音は確実に此方へ向かってきていた。
『……ゴースト騎士は墓場の番人です』
「!」
はっきりとシルクさんの言葉が脳に流れ込んでくる。
驚いて彼女の顔を見たけれど、その唇は動いておらず声も聞こえない。けれど話しかけられているのが分かる、それはとても不思議な感覚だった。シルクさんが繋いだ手にすこし力を込めて優しく微笑む。テレパシーのようなものなのだろうか。続けても大丈夫そうですか、と彼女が首を傾げるので、それに応えるように僕も黙したまま頷いた。