第7話
ぜぇぜぇ言いながらなんとか煉瓦造りの街並みを走り抜けると、少し開けた空間に辿り着く。どうやらそこは小さなダンスホールになっているようで、広場のようになっている噴水の周りで蓄音機やレコードが優雅に宙を泳いでいた。鳴り響くワルツに合わせて地面から伸びた黒い影が手に手を取り合って楽しそうに踊っている。
タキシードやドレスのシルエットが魚の鰭のようにひらひらと揺らめき辺りを行き交っていた。のっぺりと黒い影には装飾品どころか顔もないというのに、踊る影の一人ひとりにきちんと個性があった。しなやかに伸びる指先や軽やかな爪先の動きから、ダンスを楽しんでいる事が不思議と此方にも伝わってくる。命の危機に晒されている事を束の間忘れてしまうほど、淡いキャンドルの灯りに照らされたダンスホールは幻想的で美しかった。
アフタヌーンティーを楽しんでいるらしい紳士淑女の影に一礼をしてテーブルクロスの下に潜り込ませてもらう。そおっと少女の体を下ろした所で自分の体力は限界を迎え、ゲホゲホと盛大に咳き込んだ。此方の呼吸が整うまで少女は懸命に背をさすってくれるものだから、なんだか一層泣き出したいような気持ちになる。触れる温度は低いけれど、労わる気持ちのこもった、それはとても優しい手のひらだった。
「あ、りがっとう……えっと、シルク、さん?」
「はい……あっいえ、どういたしまして」
律儀に姿勢を正してから少女、シルクさんは大仰に頭を下げた。さらりと流れる銀の髪は、暗がりでもどこか淡く光っているように見える。真冬の月のように冴えた色。それが音も無く白い頬を滑りゆく様は、思わずほうっと見惚れてしまうくらいに美しい。
此方が呆けている内に更に頭を下げた彼女は、再びごめんなさいと呻きながら深く項垂れる。片腕片脚が外れかけているせいでバランスがうまく取れないのか、シルクさんは上体全てを伏せてまで僕に頭を下げていた。見事なジャパニーズ土下座スタイル。第三者が見たら確実に誤解を招きそうな姿勢のまま、彼女はおでこを地面に擦り付けんばかりにどんどん頭を下げていった。ストップストップ、と慌てて彼女を押し止めようと伸ばした手が、そっと掴まれる。
「……貴方様を此処へ呼んだのは、わたくしなのです」
「えっ」
ひやりと冷たい感触。
握られた手のひら。その温度や力強さには確かに覚えがあった。自分は何か、とても強い力に引っ張られてこの不可思議な世界に飛び込んできたことを、不意に思い出す。
ポツポツと、乾いた地面に雨の雫が落ちるようだった。幽かに震えながら、それでもひとつひとつの言葉を重ね、シルクさんは事のあらましを語り出す。