第6話
足音の間隔、その歩幅が次第に狭まっている。あっと思った時にはもう、それは駆け出して、一気に此方に迫っていた。意を決して少女の体を抱え上げる。
「し、失礼します!」
「きゃっ……!?」
僕は筋力もなくお世辞にも運動神経だって良いとは言えないけれど、難なく少女の体を持ち上げる事が出来た。
だってあまりにも軽い。
彼女の体はどう考えても見た目との釣り合いがとれていない質量で、抱き上げようとした勢いが余ってよろめくくらいだった。これもやっぱり仮想現実ならではの現象なのだろうか。それとも少女の手脚が外れかけてしまっているからなのか。背筋が寒くなるような、答えの出ない疑問を頭の中でぐるぐる巡らせながらも走り出す。
駆け抜けた街並みはハロウィンナイトの名前に相応しく、少し不気味で現実離れしたお祭りのような世界だった。
あちこちに大小様々なカボチャが飾られて、金色の眼を光らせた黒猫の群れが夜闇に溶けていく。クラゲのようにふわふわ辺りを揺蕩いながら淡く光るのはランタンか、それとも幽霊や生き霊と呼ばれるものなのだろうか。煉瓦造りの家がパズルのように崩れ、石畳が蠢いて勝手に道を作り変えていた。極彩色の世界に、脳がファンタジーの許容を超えてくらくらと眩暈がしそうだった。
取り落とさないようにしっかりと抱えなおした少女の体がやけに冷んやりとしていて、言いようのない不安を煽る。その肌には薄らと霜が降りていた。
「わたくし達が生きるのは、未だ剣と魔法がのさばる世界」
「剣と、魔法……?」
「貴方様の世界ではきっと、既に息絶えたものです」
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
自分の生きてきた所とは、決定的に違う何かが息衝く世界。遠い過去か未来の果てにあるのかも分からないような場所。それがこの『サーカス』と呼ばれた、見世物の舞台なのか。
真剣に少女の話に耳を傾け、その言葉をしっかりと咀嚼したい所ではあったが、万年体育3か2の危うい所を行き来する自分の運動神経では走ることだけでもういっぱいいっぱいだった。まだ数十メートルしか走ってないのに呼吸が乱れて嘔吐くレベルまで到達してしまい、情け無い事に一度足を止めないと本当に戻してしまいそうだったのだ。