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絶対絶望パレード!〜ただしコンティニューは無制限です〜  作者:
二章『ゴーストナイトINハロウィンナイト』
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第5話


「きッ、きみ……腕と、脚が……!」

「だ、いじょうぶ、です……」


 腕と脚が捥げている時点でなにも大丈夫ではない。

 そう思って起き上がろうとするのを押し止めようとしたけれど、片腕のない彼女は腹筋の要領でなんなく身を起こしてみせた。あらゆる衝撃でフリーズする此方を見て不思議そうに青い瞳を瞬いて、少女は腕のなくなった右肩に触れる。

 そこから覗いていたのは肉や骨でなく、複雑な数式や見た事のない文字の羅列だった。演算やプログラミング画面のように、凄まじい勢いの文字列が火花を散らしながら切断面を埋めている。バチバチと音を立てながら時折ノイズが走り、血液の代わりに肩口からはぼんやりと靄が立ち上っていた。少女がそこに折れた腕を押し当て、氷漬けにして無理やり元の形のように溶接する。難無く地面を這いずって回収した脚にも同じく処置を施して、彼女は人心地ついたように息を吐き出した。


「大丈夫です……『サーカス』での傷は、生身に影響を与えませんから」

『ハロー鑑賞者の皆々様! ようこそいらっしゃいサーカスへ!』


 キィンとハウリングするくらい甲高い声が何処からともなく響いてくる。ご機嫌で、底抜けに明るい声。少女の腕や脚が折れたことなんて全くお構いなしに、先ほどと同じ調子でアナウンスは捲し立てる。

 姿は見えないのにずっと誰かの視線を感じていた。建物の暗がり、物陰からこっそりと、けれど確かに覗かれている感覚がある。くすくすけらけらと、無遠慮な笑い声だけがどこからか聞こえていた。正面切って馬鹿にされるよりずっと気味が悪くて気分も悪い。この世界はいったい何なのだろうか。どうしてこの子がひとりきり、こんなにぼろぼろになるまで戦わなくてはいけないのか。

 押し黙る此方を見て少女はまた泣き出しそうな顔をした。あんなに不気味な甲冑に襲われても、手脚が捥げても眉ひとつ動かさなかったのに、此方を想う時ばかり少女はその凜としたかんばせをくしゃりと歪ませる。その表情に、年の離れた妹の姿が不意に重なって見えた。派手に転んで泣き喚きたいのにぐっと堪えて嗚咽を飲み込んでみせる。健気だからこそ余計に、此方の胸が詰まるのだ。


『本日のステージは不気味で愉快なハロウィンナイト! プログラムはマジシャンのシルク嬢vsピエロのゴースト騎士!』

「……『サーカス』は仮想現実で行われる見世物です」


 バーチャルリアリティ、見世物。

 なんだか不穏で、予想だにしていなかった言葉の羅列に思わず目を瞬いた。揺蕩う空気はどこか甘い焼き菓子のような匂いがする。いつもと変わらず、普通に息を吸って吐く事が出来ていた。指先に力を込めれば手を握れるし、つねった頬は痛い。現実の感覚を正確にトレースした、恐ろしくリアルなバーチャルの世界。


 それこそが『サーカス』なのだと、少女は言う。


 あの不気味な甲冑がゴースト騎士なのだとしたら、それに一人立ち向かう勇敢なこの少女が、アナウンスの言うシルク嬢さんなのだろうか。

 問い掛けようと口を開きかけたその時、殆ど消えた靄の向こうからギシギシと、再び何かが軋むような音が聞こえてきた。錆びた金具を無理やり擦り合わせているような。ざらついて耳障りな、本能的な不快と恐怖を煽る音。それはゆっくりと、けれども確実に僕らの方へと近付いていた。


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