第3話
それは西洋の古城にでも置かれていそうな甲冑だった。
見るからに重厚な造りをした鎧に、これまた立派な盾と剣を構えている。2メートル以上はありそうな巨躯が厳つい装備を纏っているとそれだけでもう、思わず後退りしてしまうくらいの迫力がある。さらに異様なのはその腐食ぶりだ。どれほどの時間放っておいたらそうなるのかと思うくらいの錆を全身に纏って、古びた甲冑はハロウィンの夜を闊歩していた。歩くたび腕や脚の関節から赤茶けた錆と軋んだ音を撒き散らし、ギシギシと、次第に歩幅を広げて此方との距離を詰めてくる。
一歩、踏み込んでそして錆びた大剣を振りかぶった。
「伏せて!」
なんて涼やかな声。
高く澄んだその声にハッとして、咄嗟に身を屈めた僕の上に少女が覆い被さる。少しも躊躇わず彼女は振り下ろされた剣に向かって腕を伸ばした。レースに彩られたあまりにも華奢な腕。あんな大きな剣が直撃したらきっと、ひしゃげてそのまま砕け散ってしまうだろう。青褪めた所でもう遅く、バキッと硬質な音が響き渡りそして、真っ二つにへし折れた。ぽかんとバカみたいに大きく開いた自分の口から、白く濁った息が零れだす。
割れ砕けたのは、錆だらけの剣だった。
鈍く光る刃がくるくると宙を飛んでいく。思わず何度か、瞬きをしたけれど、見える景色はひとつも変わらない。目を疑うような光景だった。あのいかにも屈強な鎧から放たれた一撃に、この繊細で儚げな少女が圧倒的に競り勝ってみせたのだ。
急速に周囲の温度が下がっていた。地面には霜が降りて、霙や雪の結晶がきらきら光りながら宙を舞う。鳥肌が立つ、氷点下の世界の中で腕を伸ばした少女だけが凜と前を見据えていた。
ガラス。いや、水の雫の浮かぶそれは、どうやら大きな氷であるようだった。
不純物が一切混じっていない氷は、水のように透明で綺麗なものになるという。少女の持つ盾は澄み切った色をしていて、まさにその、混じり気のない美しい水を固めあげて造られているようだった。重い一撃を受け止めたせいか盾の中心部は大きくへこみ亀裂が走っている。もう一度あの大剣を受け止めたら次は割れ砕けてしまうかもしれない。
けれど少女は少しも怯んだ様子はなく、氷の盾を思い切り振りかぶった。