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僕らは生きている  作者: 作者
第二章
18/18

7

お話を追加しました。

私たちは、あの不思議な生き物に先導してもらい、コンクリートの塀の壁を伝いながら、ゆっくりと歩みを進めていた。

その生き物は、こちらを気にするように、時節立ち止まり、振り返ってくれる。私は、その行動に愛おしさを感じ、警戒心が少しずつ解けていった。


「そういえば……私達、一切、止まらずに進んでいるけれど、大丈夫なのかしら……。見つかったりしないのぉ?」


「恐らく、この黒い霧で、銅像の目が遮られているから、僕達の姿は見つからないんじゃないかな。」


「だけど、この子、目が光ってる訳だし、この子が見つかるような気もするけどぉ。」


「……。どうやら、この子は、銅像に見られることはないみたいだ。賢い子のようだから、自分が反応されない事を、理解してるんじゃないかな。」


「銅像に探知されないのぉ!?……本当に、何者なの、この子……。」


「そ、そうですね……。」


そんな会話を耳に、世界が、墨汁で満たされたような暗闇の中、墓羽さんの手の温もりが、静かに伝わってくる。それが、私が一人だけではないという、唯一の証明だった。家族以外からの温かさを知るのは、いつぶりだろう、と、思った。私は、消え入りそうな声で、墓羽さんに話しかける。


「……墓羽さん。」


「どうしたのぉ?」


「……こんな、状況下ですけど……、私、すごく、安心しているんです。手の温もりが、心の中に染み込んでいくような……。」


「……わかるわよ……。その気持ち……。」


彼女の握る手に、少し力が入る。


「だけどね、司ちゃん。人を安易に信用しちゃ、ダメだからね。」


「え……?」


「私との約束……絶対よ……。」


「……、は、はい。」


彼女の意味深な言葉に、少し首をかしげる。しかし、少し熟考すると、彼女の言いたいことが、なんとなく、わかるような気がした。


「……、私は、墓羽さんのこと、裏切ったりは、しないですからね。」


「……ありがとう。けどね、私の場合は、自業自得というか、なんというかね……」


彼女は、少し、言い淀む。


「私は、ずるい女なの……。自分の価値を、他人に委ねて、逃げているんだもの……。」


彼女も、何か、そう思わざるを得ない出来事があったのだろうか。私は、目を閉じ、過去を思い出す。


「……。その気持ち、分かります……。」


「……ほんとぉ?」


「はい。……その、私の過去の記憶を見たと思うので、大体は、理解していただけるとは思うのですが……。私は、友人の評価を、気にしていました。」


「……うん。」


彼女は、優しく相槌を打つ。


「それって、自分という存在が、どんなものなのか。自分で自分がわからないから、相手に価値を付けてほしかったのだと、思うんです。

勿論、学校は、グループワークが多いので、息がしづらくなる、と、恐れていたのもありますが……。きっと、私自身が空っぽだから、相手から、私という存在は価値があると、認められ、求められたかった……そう、思ったんです。ですから……えーと……。」


結論、何が言いたいのか、わからなくなり、少し考える。


「そう考えてしまうのは、墓羽さんだけじゃ、ありません。お、おんなじです。」


「……、そっか、私だけじゃないんだぁ。」


彼女は、私の言葉を、噛み締めるように呟いた。


「司ちゃんと、おんなじねぇ。……少し、心が軽くなったわ。ありがとうね。」


「い、いえ……」


「さっきは、ああ言ったけどぉ、勿論、私のことは、どんどん信用しちゃってよねぇ。私たち、運命共同体みたいなものじゃない?」


「運命共同体……、ですか?」


「……あ、そうよね。二人は、天使ちゃんの考察、知らないものね……。」


そう言うと、彼女は、天使ちゃんの推察した内容を話してくれた。


「一人が死ぬと、全員の心臓が止まる……か。あり得る話ではあるね。」


「だけど、天使ちゃんはこうも言っていたわ。幽さんが見た遺体は、外傷がなかった。それなのに、血の匂いはあった。外傷がある遺体がどこに行ったのか、不思議だって……。」


「誰かが、掃除している……とかでしょうか……。」


「あのイルカのような生物、作業着を着ていたからね。その可能性もあるけど……ここの世界自体が特殊だ。もしかしたら……」


「もしかしたら……?」


「……いや、僕の勝手な憶測だ。やめておくよ。」


「ちょっと、中途半端に終わらせないでよぉ!気になるじゃない!」


墓羽さんは、声を荒げた。私も、そうですよ、と続ける。幽さんは、わかったよ、と一言置いてから、話し始める。


「……前提として、間違っているかもしれない、ということは伝えておくよ。もしかしたら、外傷がある遺体、大量の血は、この世界に吸収されてるんじゃないか、って、思うんだ。」


「えっ……!?」


「ええっ!?!?何それ、こわぁい!」


「……あくまで、可能性の一つ。僕の考えだよ。だけど、そのことを考えていても、仕方がない。僕達は、死なないように、動けば良いだけだ。……、そもそも、幽霊の僕には、死ぬと言う概念はあるのかな?」


「敵の攻撃が、幽さんにも当たるんですよね。あるとすれば、恐らく……、消滅、かもしれないですね。」


「そんな……。」


彼は、幽霊だからこそ、触れられない。もし彼が、この暗闇の中、何かが起こり、突然消えてしまったら。私が彼を見つけることは、ほぼ不可能だろう。

それは嫌だな、と心の端で思う。


(なんでなんだろう……)


真っ暗だからこそ、こんなことを考えてしまうんだ。私は、その考えを振り切る。


「大丈夫ですよ。天使ちゃんから預かった、魂修復箱がありますから、幽さんは、消えたりしません。寧ろ、生身の私たちよりも、強いと思います。」


「そうよねぇ……。それ、人間の回復量と、比べられない程に凄いもの。」


「……そうだね。それがあれば、僕は何度でも、元に戻れる。」


そう言った、幽さんの声は、少し、寂しそうに聞こえた。

何か、声をかけなければと口を開こうとすると、段々と、黒い霧が薄まっている事に気がつく。

周りを見渡すと、公園近くの十字路まで来ていたようだ。ブランコに座る、愛内さんの姿が、遠目から確認できる。


「あぁ、よかった。無事に公園まで来れたのね……。」


「そうですね……なんとか、あの銅像に見つからなくて、よかったです。」


「ここまでこれたのは、あなたのお陰よ。道案内、どうもありがとう。」


そう言って、彼女はそう語りかける。小鳥のような生き物は嬉しそうに飛び跳ね、喜びを表現しているようだった。


彼女は、公園へ向かおうと、足を進めた。しかし、足首が捻ったのか、道路へと倒れ込む。その後、起きあがろうとした、彼女の動きが、固まった。彼女の横顔は、大きく歪み始める。


「嘘……、そんな……。」


「墓羽さん、大丈夫です、か……。」


私は、彼女の側へと駆け寄る。そして、彼女が見ている景色の方へと見やった。そこには、十字路に面した、家と家の塀の、間の隙間。幾つもの目が、こちらを凝視し、ギラギラと光っていた。


「塀の間に……銅像が……っ!」


声が悲痛のようなものへと変わる。


(おい……、もうそんな靴、履いてくんな。……足手まといになるだろーがよ)


あの時の、愛内さんの声が、脳裏に響いた。

どうして、視界が明瞭になった瞬間に、このような事が起こってしまったのか。


「ごめ……なさ……、」


彼女の声が、カタカタと震える。それと同時に、地面が大きく揺れ動く。上を見上げると、白い霧を纏わせながら、ミイラの化け物が出現した。


グギョア……グゴォエ……


キレたバイオリンのような不気味な音を出し、化け物が、墓羽さんを捉えようと、大きな掌を振りかぶる。


「ダメだッ……!!!」


その声と同時に、幽さんの両手の手のひらが、星のように煌めいたかと思うと、私と彼女を、公園の方へと突き飛ばす。


「え……。」


一瞬だった。目の前で、幽さんの顔を中心に捉えていた筈が、大きな音と共に、彼が一瞬で消え、肉片が、辺りに散らばる。


私は、地面に叩きつけられる衝撃と恐怖で、腰を抜かしてしまった。しかし、なんとか気を保ち、震える足でゆらりと立ち上がる。公園の入り口付近まで飛ばされたようだ。

そして、生存本能からか無意識に、自分だけ逃げようとした。逃げようとしてしまった。


『私は、墓羽さんのこと、裏切りませんからね。』


あの時の約束が、私の体の動きを止める。

斜め下を見ると、放心した墓羽さんが、目を見開いたまま固まっていた。

私は考える暇もなしに、魂修復箱を、出来るだけ遠くに放り投げた。化け物は、そちら側の音に気を取られ、大きな手を、そちらの方へと直撃させる。


その隙に、恐怖で固まっている墓羽さんを脇から抱え、引きずり、赤いドーム型の遊具へと身を潜めた。


地震のような地ならしが、収まるのをひたすら待った。心臓のポンプが忙しなく動き、耳に熱が帯びるのを感じる。空気を沢山吸ったせいで、喉が痛い。


視界に入った地面を見ると、透明な血液で、赤黒く光っていた。私は、目を固く閉じた。見て見ぬふりをした。しかし、瞼の裏にも、その情景が焼き付いている。


私は、小刻みに震えている墓羽さんの手を、ひたすらに握り続けた。そうすること以外、


何も、できなかった。


―――


辺りが静かになったのは、どれ程時が経った後だろうか。

ポツポツと、雨が降り始める。冷えた空気が、私に纏わりつく。私の心情を、変わってくれているかのようだった。


「……私のせいだ……、幽さんが……皆んなが……死んじゃう……。」


爪を齧りながら、彼女はポツリと言った。カチカチという歯の音が、不安を助長させる。


「……そんなこと、ないですよ。」


私は、小刻みに震える彼女の手を、さすりながら言った。


天使さんのお話が本当だとしたら。

もし幽さんが、あの攻撃で命を落としていた場合、私達の命は……もう……。


私は、膝にのせていた拳を握りしめる。彼女にばれない様、必死に震えを止めようと、手のひらに爪を食い込ませた。


墓羽さんは、取り乱しながら、涙声で言う。


「私はまだ、良いの……覚悟、していた時にここに迷い込んだからっ……だけど、皆んなが死ぬのは、嫌、嫌、嫌よっ……!」


「墓羽さん!……しっかりしてください!ほら、まだ、私達、生きているじゃないですか。だから、幽さんも……、皆さんも……私たちも、大丈夫です……。大丈夫ですよ。」


私は、彼女の肩に手を置きながら宥めた。彼女は、何度も、譫言のようにごめんなさいと呟いている。私は、私以上に取り乱す彼女を、宥めることしかできなかった。


しばらくすると、彼女は疲れ切ったからなのか、目の前で起こった現実を受け止められなかったのか、いつのまにか私の肩によりかかり、眠ってしまった。


私は、一息つきながら、本降りになった景色を、ドームの入り口を通して見つめた。

すると、どこから来たのか、猫のような生き物が、私たちの側へとやってくる。

全身をブルブルと身震いをし、水を飛ばす。その子は、私たちの足元へとやってくると、身を丸くしながら目を閉じた。


気のせいかもしれないが、私は、足元に温かさを感じた気がした。その瞬間、その下から文字が、這い出るように私たちへと登ってくる。


私は、息を止めた。虫が這うような感覚も、今だけは、不快感を感じなかった。


―――


「ひどい目にあった……」


赤いドーム状の遊具の中で、ひと休みする。季節は秋。濡れると肌寒く感じてしまう。そこで、ランドセルに入っていたあるものを取り出した。


アルミホイル。これを身体に羽織るように巻き付ける。

これがない時よりは、マシだ。


本で熱を保温できるって書いてあったから、給食のおばちゃんに必死に頼み込んで貰ったものだ。大切にしよう。


ザーザー……


いよいよ、雨が本格的に降り始める。体育座りで、雨が止むのをひたすら待った。


濡れた身体が冷えていくにつれ、どんどん気分が悪くなっていく。目を閉じると、同級生のきれいな服、新品の文房具、愛されていそうな笑顔。すべてが、僕を蝕んでいった。


神様。何のために僕をこの世に生まれさせたの。

辛いよ。

苦しいよ。

同い年の奴らは、あんなに幸せそうなのに。



僕は、何のために、生きてるんだろう。



声を押し殺して泣いた。水分が抜けてしまうから、我慢、していたのに。


アルミホイルを、頭にも被せて、自分を抱え込んだ。僕の泣き声は、大きな雨の音にかき消されていた。




ピチョン……ピチョン……


「……うぅん。」


どこからか、水滴が落ちる音が聞こえる。僕は、ゆっくりと顔をあげた。


……いつの間に、寝ちゃってたんだろう。


外は、更に冷気を纏う夜に変わっていた。丁寧にアルミホイルを片付け、ランドセルに入れると、ぬかるんだ土を踏みしめながら外に出た。


「……ヒックシ!」


はぁ……と息を吐く。吐き出した白いわたあめが、上に向かっているのを見つめていた。涎が出そうなのをこらえ、ブランコの上の濡れた水を、軽く手で払う。

少しズボンが滲もうが、変わらないから、構わなかった。


「……珍しいな。こんな時間に、しかも雨上がりに人がいるなんてよ。」


「…………」


月の明かりに照らされ表れたのは、黒い学ラン服を着た、見知らぬ茶髪の青年だった。

顔には、ガーゼがいくつか貼られている。


「そんなに睨んで、威嚇すんじゃねぇーよ。」


こちらに声をかけながら近づいてくる。僕の目の前まで来たかと思うと、鋭い目付きで僕を見下ろす。


「……立てよ。」


「……」


「同じこと言わせんな。立てって。」


僕は、体力が消耗している上に、奴の身長は、僕の倍はある。

ここで抵抗をするのは、負け試合に挑んでいくようなものだ。


僕は大人しく、足を下ろし立つ。すると、彼は、ゆっくりとポケットの中から何かを取り出そうとした。危険なものかと思い、身構えると、出てきたのは……ハンカチだった。


「……?」


「ほらよ。これでオマエのズボン、濡れねぇだろ?」


ソイツは何を思ったのか、ハンカチをブランコの上に乗せた。

そして、直ぐ隣のブランコに腰かける。見た目とはそぐわぬ行動に、動揺が隠せなった。


「……オマエ、ガリガリじゃねぇか。何?親に虐待でもされてんのか?」


「……アンタには、関係ない……。」


「ハハッ、図星ってか?」


「……。」


「普通はな。されてなかったら、否定するもんなんだぜ。」


そう言うと、ブランコをギコギコとこぎ始める。


「それ、気にしねぇで良いから、座れよ。俺がムカついて、盗んできたモンなんだ。」


「盗んできた……?」


「あ、流石に、どっか知らねぇ店から、とかじゃねぇよ?俺の……クソ親父のモン。」


「……。」


それ以上は聞かなかった。僕は、躊躇なくその上に座る。


「なぁ、オマエ、名前は?」


「……人に聞く前に、自分から名乗るべきだと思う。」


「……そりゃあそうか!あー、……俺は、齊藤 太郎。ほら、名乗ったぞ。オマエは?」


「……愛内、遥……。」


「……遥、か。良い名前だな。」


「……」


「あぁ、警戒しなくて良いぜ。こんなこっわ~い顔だけどよ、優し~い性格してるから。」


「自分で言う人は、信用できない……。」


「あ~、そうか?んじゃ、俺は遥と同じだ。」


ソイツは、自分と僕を交互に指した後、不意に目の上のガーゼを剥がす。その怪我は、酷く腫れていて、内出血が起こっており、痛々しい青紫色をしていた。


「……!」


「ひっでーだろ?コレ。クソ親父に殴られたんだよな。挙げ句の果てには、煙草の灰皿で殴られそうになって……そんで、逃げてきたって訳。」


「……、」


(ぐぎゅるるる……)


「あ。」


「クッ、ブフ……アッハハハ!こんな時にお腹鳴るって……やっぱ、面白ぇわ!オマエ!」


「……名前、オマエ、じゃない。」


「わりーわりー。遥ね。……っしゃ、じゃあどっか食べに行くか!竹島ベーカリーって知ってるか?あそこのおっちゃん優しくてよ。俺達みたいな奴に、お手伝いする代わりに、売れ残ったパンくれたり、焼きたてのパン作ってくれんだよ。」


「え……、し、知らなかった。何処にあるの?」


「となり町で、少し歩くんだけどよ。めーっちゃ美味いのなんのって!雨で体力消耗してるだろーが、大丈夫か?」  


「……うん。休んだから、動ける。」


「ククッ、おいおい、涎が出てるぞ。ヨーダーレ!ったく、」


そう言うと、彼は僕に手を差し出す。胃袋が極限まで空だったから、この人を疑うという考えは、どこか遠くへ飛んでいってしまっていた。


「よし、行くぞ。遥。」


「……うん。」


太郎の手は、また涙が溢れそうな程に、温かかった。



私は、その光景を見つめていた。

彼も、ここで雨を凌いでいたんだ。そして、信頼できる、頼れる人に出会えたのだ。


私は、なんだか心が温かくなった。

彼が口が悪かったのも、もしかしたら、斉藤太郎さん……という人の影響なのかもしれない。


足元に視線を移すと、猫のような子は、いつのまにか消えていた。すっかり慣れてはきたが、神出鬼没だ。


すると、カサ、と何かの音が聞こえる。振り返ると、私の後ろに、アルミホイルが落ちていることに気がつく。


「……少し、ここで待っていてください。」


私は、声をかけてから、彼女の身体を、ドームの壁へと預けた。

私はそれを拾い、雨が降る中、少しでも風邪を引かないようにと、ブランコに居座る、彼の頭と上半身を覆った。


雨に濡れながら考えた。墓羽さんの、取り乱した時に言っていた、あの言葉。


『私はまだ、良いの……覚悟、していた時にここに迷い込んだからっ……』


(……彼女も、私と、同じだったのかな。でも……愛内さんは?)


彼を、真正面から見つめた。待ってくれている人がいるなら、彼は、生きて戻りたいはずだ。きっと、海野さんも、天使ちゃんも、……墓羽さんも。



愛内さんの後ろの空を見ると、遠くに、光の筋が見えたような気がした。

私は、ポケットからヘアゴムをとりだし、髪の毛を一つに括る。


「……、私が、頑張らなくちゃ。」


私は、彼らに背を向け、多くの水たまりを避け、公園の外へと、足を踏み出した。



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