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僕らは生きている  作者: 作者
第二章
17/18

6

「はぁ……」


「あははっ、ため息ばっかりついてると、幸せがにげちゃうよ〜?」


(誰のせいだと……)


鬱蒼と木が繁る山の奥。僕は、頭のネジが外れている、自称『天使ちゃん』と、光が見える方向へと登っていた。

整備された道はなく、獣道のような場所を、滲み出る汗を感じながら進む。冷たい風が、ザザザ……と木々の間をすり抜けていった。


ガサガサ、と、平然と葉っぱをかき分けながら彼女は言う。


「ん〜……。ここには、銅像っぽいやつはいないみたいだね〜」


「……。」


「リボンちゃんは厚底で登れないし、ジャージちゃんは運動が苦手みたいだし〜、だから消去法で、マッシュくんが選ばれたんだよ〜。しょうがないじゃ〜ん!」


「…………。」


「あれれ、無視〜?」


彼女は大分苦手なタイプだ。何を考えているか解らない上、ここにくる前、僕のことを毒づいてきた。本当に、なんでコイツなんかと……


「……別に、アイツよりは生存能力はあるし……。」


「何ぼやいてるの、マッシュくん。あ~、まさか……学校のときの事気にしてるの?しつこい男は嫌われるよ~?」


「はぁ!?大体アンタが……」


「はいはい、そういうとこ~。ほら、後少し!このまま、登りきっちゃおう!」


そう言うと、彼女は登るスピードを早める。僕と同じローファーの筈なのに、ヒョイヒョイと登っていく姿は、同じ人間とは思えないほどだ。

息も絶え絶えになりながら、彼女の背中を追いかける。


「グッ……この……!ちょっ、おいてかないで下さいよ!」


アイツといい、この人といい、僕は、運動神経が異常に良い奴らとは、相容れない運命なのかもしれない。


____


「はぁ……はぁ……。こ、ここか……?」


僕たちは、光が漏れている根源へとたどり着いた。そこは、おどろおどろしい木造建築の建物だった。雰囲気は、前回の学校と似ている。


「また……学校……」


膝に手をつきながら、目の前の学校銘板をみてみる。そこには、うっすらと『小学校』と書かれていた。小学校より前の字は、掠れて読めない。正門は、錆びたフェンスで閉じられていた。


すると、僕たちを導いていた光が、徐々に透明になっていく。


「……見えなく、なった……?」


「ふ~ん……ここからは、見つけ出せってことかな〜。」


「っ……」


先程まで、怒りで我を忘れていた分、血が冷えていくのを感じる。

彼女は、歩きながら肩を回し、周囲の様子を伺っている。


反射的に、つい、彼女の制服の端に手を伸ばしかけた。が、寸前のところでやめた。


「さ~て、ここから入ろうっ!」


自身の手を見つめ、ぼんやりとしていると、彼女が侵入口を見つけたようだ。

しかし、学校の周りは、長らく人の手入れがされていない為、背の高さを超えるほどの山野草が生えている。まるで、長い長い草が、僕に話しかけているようだった。


暫く立ち尽くしていると、ついてきていないことを悟ったのか、奥の方から、ガサガサと草を書き退け、僕の目の前に立つ。


「……はぁ、マッシュくん……。」


「……」


「さっきまでの威勢はどこ行っちゃったの~?」


腕を組みながら、彼女は話す。


「それとこれとは……話が別です。」


「ふ〜ん?……まぁ、良いけどね。」


そのまま振り返ると、彼女は迷うことなく、草花をかき分け、姿は見えなくなる。

なんなんだ。何で、そんなに平気なんだ。恐怖の感情という名のストッパーが、ぶっ壊れているとしか思えない。


僕は、勇気を振り絞り、草花へと足を踏み込む。彼女と同じようにかき分けていくと、フェンスに、人が一人通れるほどの穴があることに気がつく。


僕は、うつ伏せの体勢になり、匍匐前進で、内側へと入り込んだ。


「うげ、土だらけ……。」


起き上がり、軽く汚れを払う。彼女は、既に、薄汚れた正面玄関の目の前に立っていた。


「ようやくきた〜。さっ、早く行こっ!」


そう言うと振り向き、颯爽と校舎の中へと入っていく。

身がすくんだが、一人で取り残されることの方が、何よりも嫌だった。

僕は、恐怖心を飲み込み、彼女の後へと続いた。

____


ギシ……ギシ……と、痛んでいる廊下を歩いていく。小学校であるからか、全てのものが、僕の腰より下に設置されている。まるで、僕が巨人になった気分だ。


「ん〜、こっちかなあ。」


彼女は迷うことなく足を進める。


「……道、わかるんですか。」


「いや?適当に歩いてるよ〜。」


「はあ!?」


「大体の学校の創りって、同じようなものじゃん!だから、なんとなくで歩いてるの。」


「……。」


「嫌なら、別行動でも良いんだよ〜?」


「それは絶対に嫌です。」


「……神経が細いんだか図太いんだか……。」


「どうとでも言ってください……。」


彼女の言葉に眉を顰めつつ、通りすがりに目についた、壁に貼られていた構内案内図を見やる。

年月が経っているからか、到底読めるものではなかった。


無言の時間が続き、廊下を歩き続ける。

すると、とある札が見えてくる。


「家庭科室……?」


「お〜、ここにあっあか〜。そうそう。ここに来る前、子供達の歌声、聞こえてきたじゃん?だから、念の為、アレを探しにきたんだ〜」


「……アレ、って……なんですか。」


そう聞くと、彼女は迷うことなく扉を開け、こちらを振り返る。


「私より、君の方が必要な物、だと思うよ〜。さてさて、先生がよく立ってる、机の戸棚の中に入ってないかな?」


そう言うと、彼女は颯爽と入り、棚の中をガサゴソと音を立てながら漁り出す。すると、お目当てのものを見つけたようで、嬉しそうに声を上げた。


「お、あった〜!」


「……?何ですか?」


「ふっふっふ……コレだよ!」


そう言うと彼女はとある物を僕に自慢げに見せてくる。

それは、だいぶ前のものだと思われる、年季の入った塩袋だった。


「……それ、大丈夫なんですか……」


「え〜?大丈夫じゃない?……塩って、腐るものなの?」


彼女は、後ろに書かれている筈の成分表の欄を見ている。


「塩は、腐りはしませんが、衛生的には良くないでしょう……考えればわかります。……うわ、なんですか、その顔は」


彼女は、ニヤリと、悪巧みをしている表情を浮かべる。僕は嫌な予感がし、反射的に彼女に背を向けていた。


「ひっひっひ〜、待て待て〜〜〜!」


「ぎゃ〜〜〜!!!!最悪!それをこっちに持ってくるな!!」


「なんでよ〜、お清めの塩の代わりだよ?マッシュくんからしたら、大事なんじゃないの?」


塩を片手に抱えながら、追いかけてくる彼女と、机越しに睨み合う。


「確かに、幽霊とか、ソイツら用の対策は大事ですよ。ですが、衛生面は気にしてください!その塩を纏うのは絶対嫌ですからね!」


「え〜〜。じゃあ、前の時みたいに腕を掴んで、引っ付いたりしない?」


そう言いながら、彼女は塩袋から塩を掴み、僕に投げかけてくる。僕は、それを必死に躱した。


「しません!しませんから!その塩をしまってください!」


「でも〜、念のためかけた方が……」


「しつこいですよ。」


「……はいはい。」


そう言うと、彼女は、僕を追い回すのをやめる。

袋から、湿気により、カチカチに固まった塩を取り出し、身体に、バラバラと落とすように塗りこんだ。そして、自身の甲にも塗り込む。


「……ほんとにやらなくて良いの〜?」


「結構です。……それ、本当に効果あるんでしょうか……ちゃんとしたものではないと、効果がない気がします。」


「何言ってるのさ〜。それを言うなら、もしかしたら、効果あるかもしれないでしょ?気休めでもね。」


そう言うと、彼女は手をグーパーグーパーとする。


「……さて、この小学校の探索を続けよっか〜。」


「ん?……もしかして、しらみ潰しに探すんじゃ、ないですよね。」


「構内図、見たでしょ?どこに何があるかがわからない状態だったし〜。それしか方法がないじゃん!ここに手がかりもないし〜……一番の近道は遠回り、っていうからね〜!」


「……はぁ、そうですね。わかりましたよ……。」


「……あ、じゃあさ、これいる?」


そう言うと、彼女は、再度戸棚をガサゴソと漁り始める。その中から出てきたのは、赤く錆びついた包丁だった。


「刺さるかどうかは、わからないけど。」


「……。まあ、効くやつもいるかもだし……。」


「霊に効くように、塩もかけとくから〜」


「どれだけ塩を信用してるんだよ……。」


そう言うと、彼女は本当に、塩をパラパラと振りかけ、僕に手渡した。僕は、素直にそれを受け取る。


(汚いものは嫌なんだけどな……。)


手のひらのそれが、普通の包丁よりも重く感じた。


ーーー


僕達は、家庭科室を後にし、三階から探索を続けることにした。化け物に遭遇した際、なるべく出口の近くの位置に、いるようにする為だ。


ガラリ、と、何室目かわからない扉を空ける。

どの教室も、僕が使っている机よりも、背丈が低かった。その為、僕は背を屈めながら、机の中を、手探りで探す。


「もう何個、机の中を漁ったのか、わからないな……。」


「あはは〜、まだ185個ぐらいだよ!頑張れ頑張れ!」


「大分見てるじゃないか……。」


そんな会話をしていた時、足元で何かが通りすぎた音がする。


辺りは、よく見えない。しえんのことが、脳裏によぎった。


バクバクと心臓が、うるさい程鳴り始める。少し間が空いた後、彼女が座り込んだ。


「ひぃっ!」


「……」


「っ、急に黙らないで下さいよ。……まさか、何か……」


「うん……見て……」


ヤバイものでも見つけたのかと、ゴクリと生唾を飲み込む。赤く照らし出す雰囲気も相まって、彼女の笑顔も倍、不気味に見えた。


「……蜘蛛」


カサリ、と八本の足が蠢いた。


「ギャアアアアアッッ!!!!」


僕は驚きのあまりしゃがみこんだ。音も聞こえないように、必死に耳を塞いだ。


「プッ……、あはは!マッシュくんてば驚き過ぎだよ~!……本当に大丈夫~?」


「はっ、ははは、早く、何処かに、捨ててください」


「……」


「おねっ、お、お願いします……、早く……」


呼吸が荒くなる。目も霞んできた。

すると、心の底からフツフツと怒りが混み上げてくる。何故僕が、こんな目に合わなくてはいけないんだ。僕には関係ないじゃないか。


ギリッと歯を噛み合わせると、腹の底から大きな声を出して顔を上げた。


「アンタ、いい加減に__!!!!」


「ほ~ら、森にお帰り~」


彼女は、もう既に窓を開け、蜘蛛を外に離しているところだった。放心状態の僕に、彼女は微笑みながら続ける。


「ごめんごめん。悪ふざけがすぎた。……探そっか。」


ーーー


結局、くまなく探したが、その教室にも何もなかった。


彼女の後ろを、僕は、俯きながらついていった。その廊下の途中で、彼女が口を開く。


「……ねぇ。マッシュくん、学校、嫌い?」


「……愚問ですね。……勿論、大嫌いですよ。こんな場所……。」


窓から、杉の葉が、風で音を鳴らしながら、僕達を覗いていた。

何故、急にそんなことを聞くのだろうか。身構えていると、彼女は物憂げに呟く。


「そっか~。……私も、なんだよね。」


「え?」


彼女は、歩きながら続ける。


「な~んか、私の独創性に合わないみたい!閉鎖的っていうか〜……。変わってる人を受け入れないよね。感性が違うのは、当たり前のことなのに」


「……」


「上手く順応できる人にとっては、良い場所かもね~。マッシュくんには無理そうだけど~!あはは!」


「……学校なんて、馴染めなくても、卒業できれば良いんですよ。」


そう、いつも通りに言うと、彼女はくるり、と笑いながら、僕の方を向く。

 

「あははっ、そうだよね!私達、似た者同士なんだね。」


今回の彼女の笑顔は、大人びているように感じた。

彼女も、何かしらの思いを抱えて生きてきたのだろうか。


嫌いなのは、なんとなく、世界には、僕だけなんじゃないかと思っていた。


そうか、アンタも、そうだったのか。


……と、まぁ、彼女の発言に、普通の人だったら、彼女に信頼を寄せるはずだ。

しかし、僕は知っている。人の弱みに付け入り、信用させ、直ぐに裏切る人達を。


ヤツらが脳裏にチラつくが、目の前にいるのは彼女だけだ。赤い光に照らされ、艶やかなピンク色の髪の毛が揺れる。


だから、僕は絶対に、アンタの綺麗な作り笑顔に、騙されてなんてやらないからな。


彼女の瞳を、真っ直ぐ見返しながら、僕は、揺れる心を、自分で丸め込んだ。


ーーー


「あ。猫ちゃん!」


「ピャア」


二階の教室を開け、探索しようとすると、目の前の机の上に、猫のような生き物が行儀良く座っていた。マイペースに、顔の周りをグルーミングし始める。


「おめめが無くても可愛いね~!」


どうやら、彼女は、あの生き物にメロメロのようだ。しかし、この生き物は、本当に猫なのだろうか?心なしか、耳が若干丸いような……。


おいでおいで~、とかけよっていく彼女を尻目に、顎に手をあて考えていると、先程の記憶を思い出す。


「っ……!ソイツに近づかれちゃダメだ!」


「ん?」


気がついた時には、既に遅かった。不思議なネコの生き物は、トン、と床に降り立つ。そしてソイツが一歩ずつ近づいてくるのと同時に、文字の羅列が、徐々に空中に浮かび始めた。


「うわぁあーーーーッ!何故不用心に近づいて行ったんですかーーーッ!!!!!!」


「あはは~、忘れてた!」


呑気に笑う彼女をよそに、文字は僕の身体を這いずり回るように駆け巡る。虫に動き回られているようで、涙目になりながら耐えていた。

すると、細目の端で、微かに、文の一端が見えた気がした。


『どうして誰も助けてくれないんだ』


と。


______



「ギャハハ!愛内、相変わらずくっせぇ~!!!」


「髪の毛ボサボサだし、ベトベトしてるし気持ち悪っ」


(お腹、減った。)


丸められた紙をあてられるゲームの的になるなんて、日常茶飯事。


それよりも僕は、ずっとお腹がすいていた。あのおにぎりは、とっくのとうに消化されていた。だから、早く給食を食べたいと思っていた。


(……)


何故だか、小学校には、ふつうに通えている。僕にとって、ご飯を食べるための場所だとしか、思ってなかったけど。


今日の給食メニューは、牛乳、クリームシチュー、パン2つ。そして極めつけはデザートのみかん。僕にとっては、相当なご馳走だ。


わざとぶつかられながら、配膳の列に並ぶ。すると、給食の係の奴が、ニヤニヤしながら俺にシチューを手渡す。中身を見てみると、器の中は、ほとんど空っぽだった。僕は、器を係の奴に突き出しながら、こう言った。


「……これ、ほとんど入ってない。」


「はぁ~?知るかよ!お前は食べる資格が無いから!だって、そんな身なり、人間じゃねぇーもん」


「……」


ギロリと奴を睨んだ。冗談じゃない。今まで体力を温存するために我慢してきた。だけど、今回は別だ。


お前にとってはお遊びだとしても、こっちは、食べれる量で、死ぬか生きるかが決まってくる。


「ヒッ……ふ、ふん!怖くないもんね!どーせ見かけ倒し…ぎゃっ!!!」


僕は、身を乗り出し相手の給食着を掴むと、思いっきり頬を拳で殴った。 


「う、うわあぁっ……むぐっ!」


「泣くんじゃねぇよ。」


泣きそうになる奴に、机を飛び越え、もう一発なぐりをいれた。ニ発、三発、四発。

倒れた所を馬乗りになって口を抑えた。奴は震え、大きな粒の涙を流しながら、怯えた目で見上げてくる。


「……!」


「いいか。次同じことやったらぶちのめす。」


アイツが僕にしてくることを、言動も、動作も、同じように真似をしただけ。だけど、コイツは、この程度でコクコクと怯えるように頷いた。

それを見て、僕は手を離した。


最初からこうすれば良かった。


慣れてないことをしたからか、じんじんと、拳が痛んだ。


僕は、無言でおたまを奪い取ると、お皿のギリギリまで、目一杯シチューを入れた。そして席へと戻る。


直ぐに給食を掻き込んだ。まともな食事は、ほとんど給食でしか食べられない。急に固形物が入ってくるから、胃がムカムカして吐きそうになる。しかし、味という味に全細胞が喜んでいて、早く食べずにはいられなかった。


「……獣みたい」


後ろから、ボソリとクラスメイトの声が聞こえてくる。僕が声の方へ振り向くと、誰もが目を逸らし、口を継ぐんだ。


皆、関わりたくないんだ。だから、僕のことも、アイツのことも、誰にも言わない。自分の平和を守るために、言わないんだ。


そうすると、戻った先生が入室してくる。


「はい、じゃあ揃ったことだし__皆でいただきますしましょう。って、どうしたの、その怪我!?誰にやられたの?」


「あ、愛内くんにやられました……うっ、ううっ」


大人を欺くための嘘泣きだ


「愛内くん!ダメでしょこんなことしたら!謝りなさい!」  


「……いやです。最初に喧嘩売ってきたのは、」


「いいから、廊下に立ってなさい!」


言い分さえ聞かないくせに。


「……ごめんなさい」


上部だけの謝り方なら、母さんから教わった。残った給食を全て平らげてから、素直に先生のいう通りにした。


廊下に立っているだけでは暇なので、毎度のことながら、聞き耳を立てた。しばらくは会話が続いていたけど、ふと、クラスの女子が先生に話しかける。


「せんせい!はい!みかんあげる!」


「え、でも……佐藤さん食べないの?」


「ううん、先生に食べてほしくて!」


「わぁ~、ありがとう。……うん!美味しい!……?この、白いの何?」


「……」


クスクス、クスクス


「げ、本当に食べたぜ先生!」


「やば~い」


「うげ、俺なら絶対にムリ!」


「……佐藤さん、何、かけたの?」


「消しカスの~……ふりかけ!」


途端に、先生が椅子から立ち上がった音がして、その後嗚咽する音が聞こえる。そのまま、大きく教室のドアを開け、慌ただしく出ていった。


「あはははは!見た?先生のあの顔!」


「面白すぎ、本当に食べちゃうなんて!」


「アハハハハ!」


お前が守ったものは、人間の皮を被った、醜いヤツらだよ。


「えー、田中先生は体調が優れなく、私が代理として担当することになりました。」


たかが……あれぐらいで。

僕よりひどくなかったじゃんか。


クラスは、その話に無関心で、騒がしい。代理の先生も、誰かに感情を向ける人ではなくなった。黙々と、チョークで授業内容を書き始める。


「なぁー、先生の初めて、いつ?」


「おいやめろよ~お爺ちゃんせんせいだからいじめるなよな!」


「ギャハハ」


「ヒィッ」


「おいデブ、早く金出せよ」


……人は、信用できない。


だから、僕は、僕だけ信じるんだ。


疲労で目蓋が閉じそうになり、机の上におでこをくっつける。

その思いは、誰にも知られず、騒音の中、描き消されていった。


ーーー


「……」


気が付くと、騒がしく、吐き気がする奴らは消えていた。頭が、ガンガンと痛む。家にも、学校にも、居場所がないなんて。


彼があんな言葉遣いや性格になってしまったのは、環境が関係しているのではないか。そう考えざるを得ない。


(それなのに、僕は何も知らずに……)



「……ねぇねぇ、なんで、人は、人を助けようとするの?」


「……はい?」


「人は、人で傷つくのに……なんで人を哀れに思うんだろう。人の気持ちを汲み取って、共感しようとするんだろう。私にはそれが一番……理解ができないよ。」


彼女は、指で丸を作り、こちらの方を覗き込むように見ていた。くすんだ色の瞳は、不気味でもあり、純粋な質問をする子供のようにも見えた。


そう、僕もそう思う。アイツにも、言われたんだ。


『湯澤は湯澤、お前はお前はだろ。なんで無関係のお前が怒るんだよ?』


だけど、湯澤さんの時に感じた憤りや、アイツの記憶のこと……状況は違えど、僕と似たような環境にいたから……。


『……きっと、その人の気持ちを受け止めて……助けるためだ』


幽さんの言葉が、不意に横切った。


助けるって、どうやって?


只、共感して、当事者みたいに悔しい思いになって……でも、たったそれだけ……そんなの、僕のエゴなんじゃないか。


「あ、紙だ。」


そう思い悩んでる内、彼女が足元に落ちていた紙を拾い上げる。


(こっちはそっちからの問いに必死に考えてるってのに……!)


彼女のマイペースさに苛立ちながら、その手元にあるものを見つめる。それは、前回とは違い、薄い紙のようだった。


「う〜ん。なんだろう、これ?丸と丸の間に、繋げるように伸ばし棒……?」


彼女が、僕に紙を渡してくる。そこにあったのは、左中央あたりに、小さい白い四つの丸と、それらを繋ぐように、南西の方向に、ジグザグと白い線が一つ、引かれてあった。


「これだけじゃ、まだ何とも言えないですね……。また、前回のように、各箇所に似たような紙があるのかもしれない。」


「そっか〜。じゃあ、また集めつつ、って感じだね。」


ヒラヒラ、と紙を揺らす。破れないかとヒヤヒヤしていると、ようやく彼女は紙を四つ折りにし、ポケットへと閉まった。


「じゃあ、これを持って、集合場所に行きますか!」


「……ええ、そうですね。」


そう。二手に別れるに辺り、僕等は、また必ず合流できる待ち合わせ場所を決めた。


それは__愛内が、今いる場所。


提案したのは僕だ。前回の学校のように、いつ、地形が変動するかわからない。もし変わったとして、お互いが認識している共通の場所が、あの公園だけだったからだ。


「はーあ、結局、こっちは、全然こえんらしいヤツは、全くと言って良いほど、出会わないね。ざーんねん!」


「出会わなければ出会わないほど、そっちの方が良いでしょう……」


「そうだけどさ〜。ん〜、前回は、数で形勢不利だったからな〜……。折角試してみたかったのに〜……。」


「は?何をです?」


「勿論、塩が効くかどうかだよ〜!」


「……検証しなければ解らないとはいえ、随分と無謀では?何故、試そうとする思考になるんですか。」


「もし、襲われて死ぬ位なら……一発、拳を打ち込んでみたいんだよね。化け物と対峙できるなんて、人生の中で経験できるとは、思ってもいなかったよ〜!」


そう言うと、彼女は拳を空中に打ち込む。


「……現状ではやめてください。貴方が死んだら、皆、巻き添えを喰らう訳ですから。」


「勿論、わかってるよ!ちゃんと、危機に直面した時だけ!」


「それは、理解していると言えるんですか……?」


そう彼女と話していると、彼女越しに、猫のような生き物が階段の方へと向かい、こちらを振り向く。すると、廊下の突き当たりに、青白い人影が現れたかと思うと、スッと階段の方へと消えていく。


「……っ!」


「ん?どうしたの〜?」


「い、今、幽霊っぽいのが、階段の方に……」


「ふむ……その子はどっちに?上?下?」


「し、下です……。」


「よーし、行こうっ!」


そう言うと、彼女は、勢いをつけ階段へと向かおうとする。


「いやいやいや!ちょちょちょ!なんでですか!もし、ソイツが攻撃してきたらどうするんですか!」


咄嗟に彼女の腕を掴み、止める。すると、彼女は真面目な顔でこう答えた。


「任せなって〜……、だって私、塩塗り込んでるんだよ?」


どれだけ彼女は、塩に信頼を置いているのだろうか。自身ありげに言う彼女に、呆れと戸惑いで呆然としていると、彼女に腕を一瞬で払われ、逆に僕と腕を掴み、階段の方へと引っ張り出す。


「つべこべ言わず〜!いっくよ〜!」


「うわーーーーっ!勘弁してくれーーー!!!」


僕の大声は、学校中に響き渡ったと思うが、誰もいないが故、助けは来なかった。


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