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「…………、今直ぐにでも、沢山、ご飯を食べさせてあげたいわ……」
「……」
「そうだね……。」
私達は、彼の過去の記憶が、文字と共に消え、それと同時に、光も収束していくのを見つめていた。
全ての人が、満足に食事が取れているわけではない。必ず、誰かが、手を差し伸べてくれるとは限らない。
彼の、骨の浮き出た後ろ姿を思い出し、目を固く閉じた。
私は、恵まれているのに……それなのに……
「辛さを比較してはいけないよ。」
「……!」
私は、考えていたことを見透かされ、俯いた。
「確かに、人生というものは、不平等だ。だけど、だからと言って、辛さを比較するのは違う。それぞれの人生があるように、それぞれ辛さの度合いも異なるんだ。」
「……。」
「それに、君達は、充分に自身を責めている。これ以上、追い詰めなくて良いんだよ。」
「……!」
「……。」
チラリと、横を見る。墓羽さんも、同じような事を考えていたのだろうか。重苦しい雰囲気が伝わってくる。
「……。どうして、わかったの?」
「……君たちは、顔に出やすいからね。」
「……そう……。」
「さぁ、気持ちを切り替えよう。……彼を助けなくちゃ」
「……えぇ。」
「……はい。」
そうだ。皆さんは、私の過去を見ても、私に何も言わなかった。その気遣いが、有り難い。
彼も、きっとそうだろう。私の中で彼と比較して、自分を責めたところで、彼の過去も、彼の気持ちも、変えられるわけじゃない。
そう思い、視線を上げると、アパートの近くに、紙のようなものが落ちていることに気がつく。
かけよって拾い上げると、それは、乱暴に扱うと、破けてしまいそうな程に薄い。
見てみると、長方形の紙の右上の方に、小さい丸が四つ空いており、それらは白い線で繋がれていた。
一見すると、斜めにした台形に見えるが、下の線だけ、繋がれていなかった。
「何でしょうか、これ……丸と、線……?」
上へと掲げると、小さな穴を通し、赤い光の筋が注がれる。
「……これだけじゃ、まだ何かはわからないね。」
「そうですね……。とりあえず、回収は、しておきましょう。」
丁寧に四つ折りにし、落とさないよう、ズボンの内ポケットへと入れる。
「……あら?そういえば、あの幽霊の子達が居ないわ。」
墓羽さんが、辺り左右を見渡しながら言う。
「本当ですね……。どこかに行ってしまったのでしょうか。」
何気なく、猫のような生き物がいた塀を見る。案の定、その子も姿を消していた。
「そうね……。そうだ、幽さん。
実は、思い出したんだけど、司ちゃんの廃校の時、私、あの子供達のような、生徒達の幽霊を見かけたの。幽さんは、不思議な生き物とお話ができるから……何か知らない?」
「さぁ、わからないな……。不思議な生き物達のように、意思疎通はできる訳ではないよ。」
「そう……。」
「ずっと気になっていたんですが、あの生き物達は……私達にとって、味方、なんですか?」
「うん。言葉はないのだけれど、彼らの伝えたい感情、情景を、共有している感覚なんだ。
『僕は、ここのことをよく知っている。君達を導きたい』と……。小鳥のような子の時はそうだった。」
「あの、猫みたいな子と違うってこと?」
「恐らく、性格が違うんだろうね。彼は、今起こっている実状を、淡々と伝えてくるだけ。さっきの、子供達のことも、『向こうから来る、敵意はない』だけだった。だから、小鳥のような子に比べて、クールなんだろう。」
「ふーん。あの子達、性格が異なるのねぇ。でも、こえんやしえんとは違って、なんで、味方をしてくれているのかしら……」
「そうですよね……。」
「確実に言えるのは、僕たちに危害を加えることはない、ということだけだね。素性も謎だよ。」
彼はそう言うと、お手上げのように肩をすくめた。
「さて、彼らのことを考えるのは後回しにしよう。手がかりも見つけて、光も消えたし、僕たちは一足先に、合流場所へ向かおう。」
私は、彼らが向かった、山の方面を見る。この赤い夜の中、一つの光が、存在感を主張している。それが見えるということは、恐らく、まだ彼らは探索中なのだろう。
彼の提案に、私達は大きく頷く。どうやら、この世界は不安定なようで、稀に場所が変わってしまうらしい。
混乱を最小限に防ぐため、私達は、愛内さんのいる公園に、再度集合することにしたのだ。
「帰りをどうするかだね。遥くんの過去を見ていたから、銅像が目を閉じているタイミングが、わからなくなってしまった。」
そう言いながら、彼は空へと浮遊する。
「……!不味いな……。」
「何ぃ?どうしたの?」
私は、彼の見ている方面を見る。今まで無かった、黒くて大きい霧のようなものが、私たちの方へと迫ってきていた。それは、瞬く間に私達の側を通り過ぎ、周り全体を覆っていく。
「いやぁ!何よこれぇ!くらぁい!見えなぁい!!!」
「皆!無事かい!?」
「は、はい。大丈夫です!」
「い、一応、平気よぉ……」
そう返事はしたものの、多少の息苦しさを感じる。何かがのしかかっているような、そんな感覚を覚えた。
「良かった……。だけど、参ったな。これじゃあ、上空から、道を確認することができない。」
「ミイラもどきに追いかけられるのは嫌だけど、また、運に賭けるしかないんじゃないかしらぁ……」
「ですが、暗くて、道がどこにあるのかすらもわからないですよ……?どうしましょう……。」
チュピッ、ピュロロ
静かな場所に、不自然に響く鳥の鳴き声。私は、不思議に思い、耳に全神経を集中させる。
チュピピッ
ふと、鳴き声が近くなり、足元を見る。そこには、黄色く丸いものが光っており、周りに少し明かりを灯していた。
「キャッ!?」
「何々ぃ!?いやーーーぁ!!!!」
「み、皆落ち着いて!大丈夫、あの小鳥の子だよ。」
「え……?」
小鳥、というキーワードから、記憶を辿った。もしかして、あの時、学校で見かけた子……?
私は、怖くなり、後退りをし、震え始める。
「噂をしていたから、聞きつけてきたのかい?」
幽さんが、優しく声をかけ、目線を合わせる。すると、小鳥のような子は、返事をするように鳴き声をあげた。
チュピッ、ピュロロ
「……。どうやら、仲間に入れてほしいみたいだ。
『司ちゃんを守りたい』、というようなイメージが伝わってきたよ。」
「えっ、えっ?わ、私……?ど、どうして……。と、というか、大丈夫なんですか、この子……」
「あぁ、大丈夫だよ。学校で、僕達を導いてくれた子が、この子なんだ。」
「そ、そうなんですか……?」
その子は、こちらをつぶらな大きな瞳で見つめ、恐らく、首を傾げた。何故わかるのか。それは、目の中の横だった赤い線が、縦になっているからだ。
「ちょっとぉ、守りたい人に、私達は入ってないのぉ?」
「はは、勿論、入っているよ。だけど、その子は、司ちゃんへの想いが、人一倍、強いみたいだ。」
「ふぅん。そうなのねぇ。」
私のこともちゃんと守ってよぉ?と、墓羽さんはしゃがみ込みながら、小鳥に話しかけていた。
私はというと、幽さんの言葉に安心しながらも、得体の知れない生き物ということもあり、緊張から、少し遠くから様子を見守っていた。
「……じゃあ、この子、あの時みたいに、また案内してくれるのかしら?」
「あぁ。『道案内と、タイミングを教えることは任せて。』だそうだ。」
幽さんの言葉と同時に、黄色い光が空へと飛び上がる。そして、上空に暫く止まった後、旋回をし、再度足元へ降り立ってきた。
その子は、私達の方を振り返る。目の黄色い部分が光っているので、横に赤い一本の線が入った、まんまるな小さなお月様のように見える。
「……少し、怖いわね……」
チュビッ!チュビビビッ!!
「『怖がらないで、早く来て!』って、急かしてるようだよ。」
「わかった、わかったわよ!でも、目だけが光ってるから、変わった人魂みたいで怖いのよ!……よし、司ちゃん、どこ?私達、手を繋いでいきましょう。ね!??」
「そ、そうですね!こ、ここです!」
私達は声を頼りに、手探り状態でなんとかお互いの手を掴む。
私達は、小さな頼もしい光の後を、ゆっくりとついていった。




