3-23 ミューロィナの青春②
気がつくと、ジャバリューはテントの中にいました。
薬品の匂いから、医療用テントの中だとわかりました。
周りを見ると、負傷した中隊長や小隊長、分隊長、それに戦士たちの顔が見えます。
「ジャバリュー少佐、お気づきになりましたか?」
女性の明るい声が聞こえたので見ると、白衣の人族看護兵が近づいてきました。
白い看護帽をかぶっていて耳の下までかかる髪の色はきれいなブラウンです。
青い瞳の美しい女性で、微笑むとさらにチャーミングに見えます。
“ホランスかダイツあたりの出身の女性かな?”
とにかく、自分の部隊の状況を聞かなければいけません。
はたして自分の指揮していた豹族部隊はここにいる負傷将兵をのぞいて
全員死んだのでしょうか?
「あ... 私と部下たちはヤマト軍の部隊に助けてもらったのですか?」
「はい。魔軍を追っていたタケダ大佐の部隊の威力偵察隊が、ジャバリュー少佐さまの部隊が魔軍部隊に取り囲まれていることを発見してタケダ大佐に急報し、タケダ大佐が急遽、進路を変針して救出に向かわれたのです。」
「かたじけない。それで、私の部隊は何人ほど...」
「おう、ジャバリュー少佐、気がつかれたか!」
大きな声が響き、見るとヤマト軍の指揮官らしい男が数人の将校を連れて彼の方にやって来ます。
「タケダ大佐です」
若い看護婦はそう言って、ベッドのそばから離れた。
もう少し話したかったな... と思ったが、若い看護婦は去らずにとどまっている。
「傷の具合はいかがですかな、 ジャバリュー少佐? あ、もう娘が言ったと思いますが、ワシはヤマト直轄領軍、西部第四師団、第二連隊長のタケダ・クレー・ヨンシン大佐だ。」
「あ... この看護婦さんは、大佐殿の娘さんですか?」
「マリヒメと申します。名前を名乗るのが遅れてしまいました」
なぜか頬を染めて名を名乗る青い目の看護婦。
たしかに胸の名札に『看護特務少尉タケダ・Z・マリヒメ』と書いてある。
“それにしても胸が目立つ、スタイルのいい女性だ”
まじまじと見てしまった。
「大佐、ジャバリュー少佐の脇腹の傷は3針縫いましたが、化膿もせずに順調に回復しています。背中に刺さった矢で受けた傷も、矢を抜いた時に少し出血しましたが、幸い大きな血管などは無事でしたので、これも順調に回復しています。」
ハキハキと答えるタケダ・マリヒメ看護特務少尉。
「ほう、それは良かった!貴殿の部隊の戦士たちも、このテントと別のテントに合計で2百人ほど傷の手当のために収容されておるが、軽傷の者もいる。もちろん、無傷という幸運な者もいるにはいるが、これは80人もいまいな...」
“結局、5百人のうち、半数を失ったわけか…”
大隊を率いる指揮官として忸怩たる思いでした。
「それにしても、豹族部隊の精強さは聞いてはいたが、聞きしに勝るものだな!」
タケダ大佐は、ジャバリューが多くの部下を失ったことで、指揮官として強く責任を感じているのを察し、豹族部隊の強さを褒めはじめました。
「あの重装歩兵の隊列を飛び越え、軽装歩兵を狙うなど、我々人族軍には逆立ちしても出来ぬことよ! おかげで魔軍のあの歩兵部隊は半数近くが貴殿の戦士たちによって倒され、残りを全滅するのが楽になったぞ!」
「その後、わが騎兵隊でもって北側と南側にいた魔軍弓兵隊も全滅させることが出来ましたしね!」
そばにいた将校が付け加えました。
「ワッハッハッハ!それで魔軍の兵士どもは怖気づいて退却をはじめ、さらに損害を増やすことになった。あの戦いは獣人族軍ならびヤマト軍の大勝利だ!」
ジャバリュー部隊の後方には、ナーガラジャ将軍のリザードマン師団とガドゥンガン将軍の虎族部隊が控えていた。おそらく魔軍部隊はヤマト軍と獣人族軍に前後を挟まれ全滅したのでしょう。
「では、傷はもう回復しておるのならば、今夜、ワシのテントに来て大勝利の祝杯を上げようではないか!」
「大佐、ジャバリュー少佐さまは肋骨がズレています。それに傷もまだ完全に塞がっていません。お酒を飲むなんてとんでもない!」
「おう、そうか。看護特務少尉殿の命令にしたがわないと軍法会議行きだ。では傷がもう少し回復してから飲むとしよう!」
「もう... パパったら!」
マリヒメが真っ赤になって恥ずかしがりました。
周りの将校たちが笑いをかみ殺すのに必死です。
結局、ジャバリュー少佐は肋骨が元にもどるまでの間、2週間ほどヤマト軍の野戦病院で過ごすことになりました。
そして、2週間という期間は、若く勇敢な獣人族の少佐と可憐なヤマト人とダイツ人のハーフ美女である看護特務少尉にとっては、愛を育むのに十分すぎる期間でもありました。
あ、そうそう、マリヒメの両親はヤマト人のタケダ・クレー・ヨンシンとダイツ人のヘレーン・ゾネンブルーメの娘なのです。
マリヒメのママのヘレーナが生まれたのは、ダイツ国とヤマト直轄領の国境に近い小さな町で、ヘレーナが若い頃に直轄領の大きな町ナンバで喫茶店で働いていた時に若い将校だったヨンシンと知り合い、結婚したのです。だからマリヒメのフルネームはタケダ・ゾネンブルーメ・マリヒメなのです。
二十歳という、人族の娘としてはいささか婚期を少し過ぎていると父親のタケダ大佐と母親のヘレーナを悩ませていたマリヒメは、「ジャバリューさまと結婚させてください!」とジャバリューと手をつないで、大佐に二人の結婚の承認を求めました。
タケダ大佐は将来有望な獣人族軍の若手将校との結婚を即座に認め、ナンバ市に住んでいる妻のヘレーナに手紙を書いて送りました。
ジャバリューも傷が癒え、肋骨もなおりましたから、原隊に復帰しなければなりません。
急遽、ヤマト軍の従軍神父立会のもと、ヤマト軍将校用のテントで簡単に結婚式を挙げました。
そして二人は獣人族軍の前線基地がある北東部の町にある家族持ちの将校用宿舎で新婚生活を送ることになったのです。
ジャバリューはふたたび前線にもどり-昇格して連隊長となりました― マリヒメも看護兵としての経験を生かし、町の病院で前線から送られて来る傷病兵の看護の仕事に就きました。
マリヒメがヤマト直轄領軍の看護特務少尉であったことから、獣人族軍は彼女を看護特務中尉待遇としました。
前線から夫がもどって来るのは、一ヶ月に一回。
三日ほど宿舎で過ごすとまた前線にもどって行きます。それでもジャバリューもマリヒメも幸せでした。
そして間もなくしてマリヒメは妊娠しました。
そしてかわいい女の子が生まれたのです。女の子はミューロィナと名づけられました。
ミューロィナはマリヒメに似たかわいい顔でした。パパからは、豹耳とシッポをしっかりと引き継いでいました。
体には薄い斑点がありましたが、かえってミューロィナのかわいさを引き立てました。
マリヒメもジャバリューもそれはそれはよろこびました。
ミューロィナはパパ似で小さいころから怖いもの知らずで、とてもすばしこい女の子でした。
とくに走るのが得意で、全力疾走をする時は、豹族や虎族などのように四つ足で目にも止まらないような速さで走り、マリヒメやジャバリューを驚かせました。
愛情いっぱいの両親に育てられて、ミューロィナはすくすくと育ちました。
そしてミューロィナが3歳になって、幼稚園に入園した時に悲劇は起こりました。
ミューロィナのパパは、それまでは1ヶ月に1回、家に帰って来ていましたが、急な任務で家に帰れなくなったのです。
そこでマリヒメママは、週末を利用して前線に愛しいジャバリューパパをお見舞いに行くことにしたのです。
週末の二日間なので、いつもミューロィナのことを「ミューちゃん」と遊んでくれたり、時にはマリヒメママにたのまれてベビーシッターなどもやってくれていた、お隣のフィラメラちゃんの家族に週末の間だけミューロィナの面倒を見てもらうことにしました。
フィラメラちゃんは、ミューちゃんより10歳年上のお姉さんで、面倒見のいい豹人少女でした。
ミューちゃんもフィラメラお姉さんが好きで、「フィラねえたん」と呼んで甘えていたので、マリヒメママが「二日だけフィラお姉さんの家に泊まってくれる?」と言ったとき、「わーい、やったー!」と飛び上がってよろこんだほどでした。
そしてトラジェディーが起こったのです。
マリヒメママを乗せた馬車がジャバリューパパがいる前線に向かう街道で、ブラックドラゴンの襲撃を受け、乗っていた人はみんな死んでしまったのです。もちろんマリヒメママも。
ジャバリューパパはマリヒメが来るということを知りませんでした。
マリヒメママはサプライズでパパを訪問して驚かせようと思ったいたからです。
マリヒメがもっていた所持品から、彼女がジャバリュー連隊長の妻だと判明し、現場に駆けつけた獣人族の将校が急ぎジャバリューに伝令を送って知らせました。
魔軍との激戦の渦中、前線司令部をブラックドラゴンに急襲され戦死した旅団長に代わって指揮をとっていたジャバリューは、変わり果てたマリヒメの姿を見て大いに嘆き悲しみました。
そして戦死した旅団長の後任が到着すると、すぐマリヒメママの遺体をともなって町に帰り、ミューロィナといっしょにマリヒメママを埋葬しました。
フィラちゃんのご家族の好意により、ミューちゃんはフィラちゃんの家で面倒を見てくれることになりました。
実はタケダ少将― 昇進していました― は、マリヒメを失くしたジャバリューに、「マリヒメの妹のユリヒメを後妻に娶ってはどうかね?」、と葬儀のあとで言って来たのですが、ジャバリューは固辞したのでした。
ミューロィナは12歳で中等教育を終えると、すぐに獣人族陸軍の幼年学校に入学しました。
ママのマリヒメは自分と同じ看護師の道を進むことを勧めまていたのですが、ミューロィナは戦士になって、ママの敵を討ちたかったのです。
中学校では、ミューロィナの特殊な身体能力― 運動能力もそうですが、豹族の女性の中に稀に肌の色を変化して周りの色と同じ色にできる能力“カメレオンスキル”が者がいて、ミューロィナもその特技をもっていたのです― のためもあって、14歳になったときに精鋭部隊である『パンサー部隊』に入隊することを勧められました。
パンサー部隊は豹族だけの部隊で、もっとも優秀な戦士がそろっていました。
主な任務は偵察、後方攪乱、暗殺などの隠密行動です。とくに女性隊員はカメレオンスキルができるので特に重用されました。
ママを失った悲しみを乗り越え、1年にわたる厳しい訓練を受け、実戦部隊に配置されるのを待っていた時に、獣人族国をひっくり返すような出来事が起こったのです。
なんと、あの恐ろしい、ママの敵であるブラックドラゴン― それもさらに大きいくて白い色のやつ― に乗って“勇者”だと名乗る人族とドワーフの若者3人がやって来たというのです。
それもゼリアンスロゥプ大王に会いに来たと言うのです。
パンサー部隊の宿舎でもその噂で持ち切りでした。
「何よ、“勇者”って?」
「話しでは、とても若い子たちですって!」
「わたしたちと同じくらいの年の子たちだって!」
「ウッソー、信じられないわ」
「勇者って、私たちとどこが違うの?」
「なにか、大王様に親書をもって来たって話よ!」
「ひと目見てみたいわね」
「腕試しの試合をしてみたいな!」
そして昼過ぎになって、さらに驚くことが起こりました。
なんと、その“勇者”たちと獣人族の戦士代表がコロセウムで試合をするというのです!
「パンサー隊は、全員、コロセウムでの試合を見学に行く!」
パンサー部隊の隊長ヘラウディナが隊員全員に命令しました。
ヘラウディナ大佐は無類のバトル好きなのです。
パンサー隊員たちにとっては願ってもない機会でした。
そういう訳で、ミューロィナもほかの隊員仲間たちとコロセウムに行ったのです。
「ヤバっ、パパが審判だ―っ!」
ミューロィナが、闘技場の真ん中にいるジャバリューパパを見て驚きました。
「本当だー!あれ、ミューのパパよ!」
「えーっ、あのイケメンな豹顔将軍? カッコいいわね!」
「もう、リッパルナもジャグリナもあまり騒がないでよ。恥ずかしいわ...」
そして“勇者”の代表として勇猛で有名な獣人族戦士たちと戦うのは…
なんと華奢な体の人族の若い娘でした!




