3-22 ミューロィナの青春①
ジャバリュー・キャニヴォル少佐の豹族部隊は、あまりにも魔軍部隊を深追いしすぎました。
気がついた時には、ほかの獣人族軍の部隊から離れ、退路を塞がれていたのです。
豹族部隊は、その無類の高速移動と隠密行動を得意とすることから、獣人族軍の中でも虎族部隊と並んで精鋭部隊との評価が高い部隊でした。
ジャバリュー部隊長の指揮のもと、一糸乱れぬ隊形で魔軍の軍用犬ヒエーナにも嗅ぎつけられないように風下から攻撃する奇襲戦術で、向かうところ敵なしの最強部隊だったのです。
連戦連勝― たぶん、それがジャバリュー部隊長にも部下たちにも、過剰な自信をあたえたのでしょう。
気がつけば― 引き返すことも出来ず、追跡していた魔軍部隊は反転攻勢に移っており、両サイドからは隠してあったと思われる魔軍弓兵の射る雨のように降り注ぐ矢で、身を隠す森もない草原で豹族兵たちはバタバタと倒されていきました。
魔軍は南ゾオル海から大軍を上陸させ、海に面した首都ゾオルをまたたく間に占領してしてしまいました。
しかし、ゾオルを魔軍の手に渡したのは、ゼリアンスロゥプ大王の考え―深謀遠慮でだったのです。
ゼリアンスロゥプ大王は、ミィテラの世界最強と言われたトロール軍があっけなく魔軍に破れ、トロール戦士に次いでミィテラの世界で2番目に強いと言われた鬼人族軍さえも首都ガジーマを失ったという情報を得ていました。
そして魔軍の大艦隊が南ゾオル海に向かっているとの知らせを受けたとき、無理をしてゾオルを守って多くの兵を失うより、ここは一旦、魔軍にゾオルを占領させ、それから反攻作戦を開始することを決めたのです。
もちろん、首都ガジーマには20万の部隊を置き、徹底死守するように命じました。
これは魔軍を欺くための、言わば“捨て駒”だったのです。
魔軍はエレシュキガル将軍の率いる第二軍団の200万を超える大軍で上陸しました。
一週間の激戦の後、第二軍団はゾオルを占領。鬼人族軍の首都防衛隊はその1/3、実に7万人を失うという大損害を受けて奥地へ後退しました。
そして、態勢を立て直し、勝手知る自国の領土内でゲリラ戦術― 主にブラックドラゴンからの攻撃を受けない夜間に― で獣人族国の奥地まで戦線を広げた魔軍を攻撃し、魔軍の兵站を断ち、魔軍部隊を孤立させ個別殲滅しはじめたのです。
それとともに、獣人族国北東部― オムルカル湖の東一帯の地域での対魔軍作戦を人族国連合軍と共同して実施しはじめました。
獣人族国の北東部は、人族国連合のズッコケランド~アングラランド~ノランウェイ諸国と国境を接しており、これらの人族国においても魔軍との激しい攻防戦が行われており、魔軍を西側からは人族国連合連合軍が攻めることにより、東側からは獣人族軍が攻撃することで戦略的に優位に立とうとする作戦でした。
人族国連合軍は比較的装備も良く、兵力も多い― 人族の人口はほかの種族と比べても格段に多いのです― こともあって、戦力不足気味の獣人族軍にとってもメリットが大きかったのです。
一方、人族国連合側にしてみれば、戦力は多ければ多いほどいいのです。とくに獣人族軍は強いので評判でしたから。
獣人族軍は戦士の数は少ないのですが、戦士1人の体力と身体能力は人族兵士の数倍~数百倍(種族による)ですので、或る程度の戦力部不足は戦士の戦闘能力でカバーできるのです。
「ジャバリュー部隊長、退路は塞がれ、北側と南側からは魔軍弓兵部隊、前方からは逃げていた魔軍部隊がもどって来ています!」
部下の中隊長が肩に矢が刺さったままジャバリューに報告に来ました。
「わかっている!くそっ、逃げていた魔軍部隊は、この場所に我々をおびき寄せるための囮だったか!」
見ると、退路を遮断した魔軍の主力は騎兵隊です。ざっと見ただけで千騎以上はいそうです。
しかも北と南の弓隊の前方には槍隊が控えているようで、槍の穂先が日の光を浴びて輝いています。
そこを強行突破しようとすれば、槍隊の餌食になるのは目に見えています。
前方から反転し攻勢に転じて迫って来る魔軍部隊は、重装歩兵と軽装歩兵の混合部隊で、重装歩兵が前面に横隊を作ってこちらに向かっています。その数、約2千名。豹族部隊よりも数倍多い人数です。
「よし!全員に伝えろ。我々はあの前方から迫っている混合歩兵部隊を突破する!」
「えっ?し、しかし、部隊長、もどって来るあの魔軍部隊は重装歩兵で守られています...」
「よく見ろ。重装歩兵は最初の2列だけだ。その後ろは全て軽装歩兵部隊だ!」
「は... あ、わかりました!早速伝えます!」
グワァ――アアア!グワァ――アアア!
豹族特有の叫び声で部隊の全員に命令が伝えられました。
それまで矢の雨から身を守ることだけに必死だった豹族戦士たちでしたが…
部隊長からの命令を聴くと、一斉に前方から向かって来る魔軍の歩兵部隊目がけて疾走し始めました。
部隊長からの命令は絶対です。
なおも降り注ぐ矢のために、疾走する豹族戦士たちが何人も何十人ももんどりうって倒れます。
それにも構わず、豹族戦士たちは時速80キロを超える猛速度で走り続けました。
「ギョっ!」
「!」
「気が狂ったか?」
魔軍の歩兵部隊は袋の鼠と思われた豹族部隊が、まるで奔流のように平原の中を突っ走って迫って来るのを見て、自殺攻撃だと思いました。
「敵が来るぞ――っ!重装歩兵隊、敵を一匹も通すな―――っ!」
魔軍歩兵部隊の指揮官が大声をあげました。
豹族戦士たちの衝突に備えて、重装歩兵たちは盾を構え直し、足を踏ん張りました。
急速に豹族戦士たちが迫って来ます。
「来るぞ!」
「来る―っ!」
誰かが言いました。
ババババ――――っ!
ババババ――――っ!
ババババ――――っ!
何と豹族戦士たちは、重装歩兵隊の上を飛び越え、4列目の軽装歩兵隊の上に襲いかかった!
ギャっ!
グェっ!
ガハっ!
ギェーっ!
豹族戦士たちの短槍で革製の胸当てを貫かれて血まみれになって倒れる軽装歩兵たち。
最初の敵を倒した豹族戦士は、その勢いのまま突進を続けました。
短槍を抜く時間も惜しいのか、咆哮をあげながら両手にショートソードをもって、軽装歩兵たちの急所― 顔面を切り裂きながら突進します。
すぐに二陣、三陣、四陣と豹族戦士たちが続きます。
魔軍の歩兵部隊は大混乱に陥りました。
それでも槍や剣で必死で防ごうとする魔軍兵士たちによって、豹族戦士たちも少なからず倒されますが、それを乗り越えて後から後から豹族戦士が軽装歩兵隊の中に斬りこみます。
グワァっ――!グワアアア!グワァっ!――グワアアア!
(とにかく東へ向かって突き進め!)
ジャバリュー部隊長自らが、大声で咆哮し、命令を出します。
この歩兵部隊を突破出来れば、あとは迂回してでも友軍のところへ帰れるのです。
雑魚の軽装歩兵などと戦っているヒマはありません。
とにかく血路を開いて!前へ!前へ!
ジャバリューは後方にいて部隊のほとんどが血路を開いてはるか前方に見える森へ向かっているのを見ると、彼を守るために残っていた十名ほどの戦士たちに合図して歩兵部隊に向かって疾走を始めました。
その時、彼らの後を追って来た魔軍弓隊の放った矢が彼の背に刺さったのです。
「グっ!」
「部隊長っ!」
「俺はだいじょうぶだ。行くぞ!」
「はっ!」
ダダダダ――――っと走って、その勢いでもって重装歩兵隊の上を飛んだ―
つもりだったのですが…
何百人もの豹族戦士たちに頭の上を飛びこされた重装歩兵たちは、2列目の重装歩兵たちが、倒れている軽装歩兵を踏みつけて後退していたのです!
そして、ジャバリューたちは、運悪く待ち構えていた重装歩兵たちの前に着地してしまったのでした。
重装備の魔軍兵士たちを跳ね除けることも、分厚い鎧を短槍で貫くことも出来ずに、 ジャバリューとともに跳躍した部下たちは重装歩兵たちの格好の的になってしまいました。
ズバッ!
「グハっ!」
ジャバリューも脇腹を重装歩兵から突かれました。
“これまでか…”
激しい痛さの中で、それでも数人の部下が自分を守って必死に戦っているのが翳みはじめた目にはいました。
先に魔軍の歩兵部隊を突破した豹族戦士たちが無事に森の方に向かって駆けて行くのを見て…
「む? あれは?」
部下の豹族戦士たちと入れ違いに、すごい土埃を上げて迫って来る騎兵隊が見えたのです。
「新手の魔軍騎兵隊か... 万事休すだな...」
ジャバリューがそう思った時、部下たちがうれしそうな声で叫びました。
「ヤマト軍だ!」
「ヤマト軍の騎兵隊だ!」
「助かったぞ!」
プアアアア――――!
プアアアア――――!
奇妙な音が聞こえ、「突撃―――っ!」とヤマト軍の指揮官の声が遠くから聞こえて…
ジャバリューは気を失ってしまいました。




