2-56 ドワーフ陸軍兵器廠①
翌日、カイオ、イザベルとモモはグラガス市郊外にあるドワーフ陸軍兵器廠を見学していた。
ドワーフといえば鍛冶職人のイメージがあったが、ここでは幾棟もの工場が立ち並び、その間を軌道台車が資材や部品などを積んで行きかっていた。工場の屋根には煙突が何本もならび、もくもくと黒煙を吐き出している。
「さあ、まずはこの建物から見てみましょう!」
にこやかに言って一行を案内しているのは、モモの叔父であり、兵器廠長官であるボンバロ・ダルドン・バンディ、通称ドンさんだ。
父であるガン総司令官や姉であるラナ将軍とは似ても似つかないスマートな物腰で、腰も低くサービス精神旺盛な、いわば商人風なドワーフだ。
ラナ将軍とミナ少将は、南部方面の作戦についてドワーフ国軍総司令部で参謀たちと作戦会議があるので来てないが、ロン少将はいっしょに来ている。
その建物の中には高い炉があり、ドワーフたちが火石と呼ぶ燃える黒い石を燃料として鉄が製造されており、炉から出る溶けた液状鉄を使って、武器や防具などがドワーフ職人たちによって生産されていた。
「これをレオに見せたいなァ...」
カイオが熱気と騒音で圧倒されそうな生産現場をみながらつぶやいた。
「ホント... レオとアイミちゃんは今頃何をしているのかしら...」
「私もレオさんとアイミさんに早く会いたいです...」
とモモが言ったとき、なんだか建物の入り口あたりが急にあわただしくなった。
作業服を着たドワーフ職人たちが右往左往し、警備のドワーフ兵らしい者たちが大声でなにやら叫んだり、喚いているようだが、鉄製武器を鍛練しているハンマーの音や、焼きを入れるときに出る蒸気が噴き出る音などの雑音が大きくて何を叫んでいるのかわからない。
なおも見ていると、十数名のドワーフ兵士や兵器廠の職員らしい者たちがこちらへ走ってきた。
息を切らせながら口々に喚いている。
「ドン長官、ドン長官、たいへんですー!」
「ドン長官、そ、空から!」
「二匹、空き地に降りましたー!」
「二人乗って...!」
それを聞いたカイオとイザベルは走り出した。モモもいっしょに走り出した。
すぐあとにドン長官とロンやほかの者が続く。
ドワーフ陸軍兵器廠 製鉄工場群
建物の外へ出たみんなが見たものは…
兵器廠の広大な空き地にいたのは、あたりを威圧するような巨大な白いブラックドラゴンだった!
それも二匹。
そして、その上に乗っているのは、なんと、たった今、三人が噂をしていたレオとアイミともう一人の黒い髪の美少女だった。
「やあ!」
「こんにちは。カイオさんにイザベルさん!」
「はじめまして!」
茫然と白いブラックドラゴンと三人を見つめるドワーフたち。
「あのー... 悪いけど、兵隊さんたちに、オレたちは魔族じゃないし、この二匹もブラックドラゴンだけど危険なブラックドラゴンじゃないので誰にも危害を咥えないから、クロスボウを下げてくれるように言ってくれる?」
「ハッ ハッ ハッ ハッ!そうですか。あなたたちがカイオ殿とイザベル殿のお仲間の勇者、レオ殿とアイミ殿でしたか!」
レオとアイミがカイオによってみんなに紹介されたあとでドン長官が愉快そうに笑いながら言う。
「あ、こちらはヤマト軍のオダ・ノブノブ将軍の娘さんのモリ・ランさんです。」
「モリ・ランです。よろしくお願いいたします。お二人のご活躍はレオ様とアイミさんからよく聞いています!」
「おお、オダ・ノブノブ将軍のご息女ですか!オダ将軍ご高名はドワーフでも有名です。私は兵器廠長官のドンです、よろしく!」
「あ、ボクは カイオ=イングラム=ゴッドスペッドです。よろしくお願いします。」
「私は イザベル・キャロル・ローズブレイドです。よろしくね。そしてこちらは、ダルーシ・モモッタ・ロウ・バンディさん。新しく私たちの仲間になった娘よ。モモって呼んであげて!」
「モモさんか!これからよろしくね!」
「モモさん、アイミです。よろしくお願いいたします。」
「私もお仲間にいれてもらってまだ間もないので、新入り同士、よろしくね!」
「はい。よろしくお願いします!」
「まあ、こんなところで立ち話をしていても仕方ないので、事務棟に移ってそこでお話しましょう!」
ドンがそつなくみんなを応接室へ誘う。
「あのー... オレ、こういうのとても興味あるから、みんなには応接室に行って休んでいてもいいけど、オレは誰か説明してくれる人といっしょにこの工場を見学させてもらいたいんですけど...」
「ほらね、ボクが行っただろう?」
カイオが片目をつぶって言う。
「じゃあ、私は応接室に行かせてもらうけど、カイオとモモちゃんはどうする?」
「工場の中は音がうるさくて話ができないから、ボクもいっしょに応接室に行くよ。」
「私はレオさまといっしょにまた見て回ります!」
「じゃあ、応接室で待っているわ。」
「はい!」
モモはレオたちと工場見学をすることにした。
モモはレオたちを知らないので、いっしょに歩いて少しでもよく知ろうとしているのだろう。
ドン長官は、秘書― と言ってもドワーフの男性職員だが― に応接室にいるカイオとレオに飲み物などを出すように指示してから、レオのところへもどって来た。
「どうもお待たせしました。それでは早速、兵器廠をご案内します。」
「お手数おかけします。」
兵器廠の建物の中を巡りながら、レオはドンと工場責任者のグラさんの説明を受けつつ、質問などをしている。
「鉄の材料は何ですか? どこから持って来ているのですか?」
「鉱山でとれる鉄石を馬車や船で輸送しています。」
「鉄を作るのに必要な炭はどこから持って来ているのですか?」
「炭はドワーフ国の森林からです。火力に必要な火石はこれも火石鉱山から輸送しています。」
ドワーフたちは、石炭のことを“火石”と呼んでいるとレオはわかった。
「輸送には馬車や船を使っているんですか?」
「はい。それより輸送量の大きいものは軌道輸送車しかありませんが、これは現在のところ軍用専門となっています。」
「軍事用だけ?」
「それに軌道輸送車は人力です。」
「人力?... あとで見せてもらってもいいですか?」
「はい。別の建物で軌道といっしょに生産していますので。」
「この炉に空気を送りこむふいごの動力はなんですか?」
「この建物の裏に運河があり、そこにある風車を使って送っています。」
ざーっと2時間ほどかけて見て回ったレオ。
アイミもランも何もわからないのでだまってついて歩くだけだったが、モモはレオの質問とドン兄やグラさんの答えを興味深く聞いていた。
自分も軍人であり、祖父、母、長兄を軍人にもつ彼女は、軍需産業というものに大きな関心をもっているのだ。
軍需産業や産業そのものの発展、拡大は先の西部海岸の戦いや南部山岳地帯での戦いを見てもわかるように、それをもつ国を強くする。
本部棟の応接室にもどって、出された冷たい飲み物で喉をうるおしていたレオに、ドン長官が聞く。
「レオ殿、カイオ殿、イザベル殿。わがドワーフ国の兵器廠をごらんになって、何かお気づきになられたことなどありましたか?」
カイオとイザベルは首を横にふった。
「いやァ、ボクもイザベルもこういう事はあまり詳しくないんですよ。軌道輸送車に驚いたくらいですから...」
「軌道輸送車ですか。あれはロン少将のアイデアを具体化したものなんですが...」
「それなんですけど...」
とレオが口を開く。
ドン長官、グラ工場長、モモがレオの口元を見る。
「なんで、軌道輸送車は人力なんですか?スチームエンジンとかないんですか?」
「ドワーフ族人は力が強いし、疲れを知らない...」
グラさんが理由を話しはじめたのをさえぎってドンが聞いた。
「すちぃむえんじんとは何ですか、レオ殿?」
カイオもイザベルも初めて聞く言葉だった。
「ほら、ヤカンなどに水を入れて沸騰させると、フタを持ち上げる力を応用した動力ですよ。」
「えっ、もう一度おっしゃってください、水を密閉した容器に入れて熱を加えたときに発生する蒸気を使った動力ですか?」
「さすが兵器廠でお仕事をされているだけありますね。その通りです。その蒸気をパイプなどで送ってバルブを動かすことで動力にするのですよ。水車の水の代わりに蒸気を使うと思えばわかりやすいでしょう。」
「ヤカンの沸騰した水の力を利用するなんて考えたこともなかった!」
「そ、それはスゴイ考えだ!」
「長官!」
「うん、すぐにポチ課長や技術者を集めて開発室にレオ殿をお連れして、具体的にどんなものかよくお聞きするのだ!」
兵器廠、いや、ドワーフ国、いや、ミィテラの世界にとって技術革命は、この日に始まったと言えよう。
しかし、この時点では誰一人として、その重大さに気づいたものはいなかった。




