2-52 ドワーフ軍攻防史④
ガン新総司令官が矢継ぎ早にドワーフ国軍本部司令部で命令を出し、司令部が蜂の巣をつついたようになっているころ...
ガン新総司令官からの緊急司令を受けたラナ将軍の新南部方面軍は、魔軍の先遣部隊が200キロ先に迫った地点で止まり、そこで海岸山脈での例にならって急遽、地下防衛ラインを築きはじめた。
ドワーフ国の南部は、西側に海岸山脈とつながる山脈地帯が幅300キロ以上でずっと続いており、東側は千キロ以上にわたって平野が続くドワーフ国の大穀倉地帯となっている。
ラナ将軍は、まず南部山脈でこちらに向かって進軍している魔軍部隊を食い止めることを考えたのだ。
ラナ将軍の兵たちは全員武器のほかに大きなシャベルとツルハシを持っており、防衛警戒にあたっている部隊以外は全員ブルドーザか掘削機のように地面を掘り、地下に入り組んだ防衛陣地を築きはじめた。
中央軍から派遣され合流した兵士たちもあるったけのシャベルとツルハシを持ってくるように言われていたので、合流とともにすぐさま地下陣地構築に加わった。
作業は二つのグループに分けられ、一つは魔軍を迎え撃つためのトンネルなどの構築。
もう一つはドワーフ軍のヒミツ兵器、軌道輸送車用のトンネルを掘り、軌道を設置するのが任務となった。
これはラナ将軍配下の元大隊長― 西海岸での戦いにおける戦功で師団長に昇格したロン少将が、1年前に首都グラガスから50キロのところにあるドワーフ国最大の工業集団の一角にある兵器製造工場を視察していたときに、工場内で重い材料を運ぶのに2本の軌道の上を移動する鉄製の台車を見て、兵員と補給物質の輸送に使える、と頭に閃いたものだった。
ロンは師団に帰るとラナ将軍にその案について話したところ、彼女も大変乗り気になり、父親のガン方面軍司令官(当時)に報告すると、即決で方面軍司令官の権限でグラガスから80キロの西部方面司令部の基地まで鉄箱製の軌道輸送車を走らせるための予算を申請、獲得して最初は地上だけを走らせる目的で輸送車を数十両製造させ、1年の工期で軌道を敷かせたのだった。
これがあったために、その一年後に魔軍の襲来があったときに、西部方面軍は迅速に兵員と補給物質の輸送をすることができ、魔軍を海岸山脈で撃破することができたのだ。
もっとも、軌道輸送車は軍用オンリーのヒミツ兵器扱いであったので、それがもたらした絶大な輸送効率アップについては秘密事項として軍のトップしか知らなかった。なので魔軍はその存在をまったく知らなかったのだ。
いつの世でも、どこの世界でも、最新鋭の科学発明は軍が最初に使用するものなのだ。
軍は製造コストなどまったく気にせずに開発・製造ができる。その後、軍事的緒元などをとった低コスト版が民間バージョンとして普及するのだ。
ラナ将軍は、この軌道輸送車を最大限に利用して、迅速な兵員移動によって4倍の兵力をもつ魔軍に勝利しようと計画したのだ。
かくしてドワーフ軍兵士たちは、鉱夫のように真っ黒になりながら、三交代の突貫工事で数百キロの延長にもなるトンネルを掘り、そこに築かれた地下陣地をくまなく縦横に繋ぎ、また後方の補給基地にまで届くトンネルを驚異的とも言える短期間で掘ったのだ。
そして、これもロン師団長のアイデアにより、ブラックドラゴン対策に、鉄製台車に大型の10連射クロスボウ砲を3基搭載した対空鉄箱も制作され、前線部隊にそれぞれ配備された。
有効射程高度300メートルにも達するこの新兵器は、ブラックドラゴンがパラライザーブレスを吐きつける30メートル以上の高度でも絶対的な威力をもつ優れた兵器だった。
矢の太さも重量も歩兵用のクロスボウの数倍あるため、ふつうのクロスボウならはじき返すブラックドラゴンの硬いウロコも貫くことができる。
この対空クロスボウ砲は地下に格納しておき、ブラックドラゴンが飛来し、低空で近づくと地下格納庫のフタを開けて軌道に乗ったクロスボウ砲の台車を地上にあげて3門の対空砲が連続して30発の鋼鉄製の矢じりをもつ矢が発射されるわけだ。
そして、すべての準備が整った頃- 20日ほど後- に、ガン総司令官の推測通りに、8つの侵入ルートに分かれて進軍していた魔軍が、南部山脈ルート軍(3つの魔軍部隊が合流)、 中央ルート軍(2つの魔軍部隊が合流)、そして東部平野部ルート軍(3つの魔軍部隊が合流)と3ルートに分かれ、それぞれ45万、30万、45万という大兵力でもって、ドワーフ国の首都目指して進軍しはじめたことが判明した。
ドワーフ国防軍の作戦本部では作戦の都合上、それぞれの魔軍を『山脈「M」ルート軍』、『中央「C 」ルート軍』、『平原「P 」ルート軍』と名付けた。
ガン総司令官の作戦本部では、Cルート軍とPルート軍を迎え撃つのは、それぞれ予備役兵で増強された中央軍の30万と東部方面軍の35万とし、これらの両軍団はラナ将軍の南部方面軍にならって内陸深くのところに難攻不落の防衛ラインを構築し、防衛に徹させることがガン総司令官より命令された。
内陸深くのところに防衛ラインを築かせるのは、魔軍がそこに至るまでに時間をかせぎ防衛ラインを充実させるためでだ。
ドワーフ中央軍もドワーフ東部方面軍も、国民総戦士令で招集された女性兵士や若年兵士まで使って、防衛ラインまでの数十キロの幅の地帯に西部方面でラナ将軍がやったような罠を数十万も設置し橋などをすぐに落とせるようにしたり、いつでも道路に障害物を置いて封鎖できるようにした。
そうして魔軍Cルート軍とPルート軍を食い止めている間に、精強なラナ将軍の南部方面軍でもって魔軍Mルート軍を捕捉殲滅させたのちに東部へ転進させ、Cルート軍とPルート軍をドワーフ中央軍とドワーフ東部方面軍との共同作戦でもって包囲殲滅するというのがガン総司令官の作戦であった。
ラナ将軍の精強ドワーフ軍が手ぐすね引いて待っているとは夢にも思わない魔軍のMルート軍は、南部山脈地帯に突入した。
そして、そこで起こったのは、数ヶ月前に西部沿岸と海岸山脈で起こった悪夢のくり返しだった。
道路は封鎖され、道路わきを進軍すると多数の罠に引っ掛かり多くの魔軍兵士が武具・防具だけを残して消えていった。山脈の麓に着くまでには泥沼化した低地で足を取られ、堤防を壊した川で流され、ここでもかなりの魔軍兵士が消えていった。
そしてようやくドワーフ軍の防衛ラインに達したころ、魔軍指揮官はブラックドラゴン200匹をドワーフ軍の防衛陣地に送りこんだ。
しかし、ブラックドラゴンたちはパラライザーブレス攻撃をかけようと低空からせまったところを、突如、地下壕から出現した対空クロスボウ砲によってかたっぱしから撃ち落とされはじめたのだ。
1時間もしないうちに半数以上のブラックドラゴンが撃ち落とされ、生き残ったブラックドラゴンもその多くが矢傷を負っており、ドワーフ防衛陣地への空からの攻撃は失敗に終わった。
しかたなく、地上軍だけで山脈を超えるべく進軍を開始した魔軍Mルート軍は、ドワーフ軍の皆兵弓兵化によるドワーフ軍兵士のクロスボウ攻撃によって、数時間で10万以上の大損害を出すという悲惨な事態となってしまった。
Mルート軍指揮官は事態の深刻さに驚いて、いったん全軍を麓の平原にまでもどしたが、すると今度はドワーフ軍30万が横隊陣列で突撃してきたのだ。
ドワーフ軍の逆襲を予想していたMルート軍指揮官は、あらかじめ前方に配置してあった魔軍弓兵隊に攻撃を命じた。魔軍弓兵隊もクロスボウを装備しており、通常であればこれほど驚異的な戦闘部隊はない。
しかし、ラナ将軍は魔軍の魔軍弓兵隊対策に、麾下のドワーフ軍に盾部隊という、最前列で敵のクロスボウ攻撃から友軍を守る戦術を考案し、クロスボウ対策をしていたのだ。
この盾部隊はハガネでできた縦横150センチの分厚い盾を前に掲げ、後列は前列の盾兵への上からの矢の攻撃を防ぐという隊列をとった。いわば古代ローマ軍のファランクスのようなものだった。
盾部隊に守られたドワーフ軍兵に魔軍弓兵のクロスボウはまったく利かなかった。
魔軍弓兵隊に近づいたドワーフ軍の横隊陣列は、最前列が少し背を低くすると2列目がクロスボウで一斉射撃をするという戦術を使い、たちまち魔軍の弓兵隊を全滅させてしまった。
それからは、目を覆うような一方的な殲滅戦となった。
逃げ惑う魔軍兵士に容赦なくアックスを叩きつけるドワーフ兵、モーニングスターで魔軍兵士を盾や鎧ごと吹っ飛ばすドワーフ兵。
近接戦で圧倒的に強いドワーフ兵の威力をいかんなく発揮した戦いとなった。それでも逃げる魔軍兵士の背には、これも各ドワーフ兵が主な武器とともに常にもっているクロスボウの矢が襲いかかった。
必死で逃げようとする魔軍兵を追うドワーフ兵。
またもや沼地にぬかりこんだり、罠にかかったり、川でおぼれたりして多くの魔軍兵士が消えていった。
そのとき、両翼からドワーフ騎馬隊2万5千騎が襲いかかった。
今回も騎馬隊は山の麓の地下壕にかくれていて突撃の合図をまっていたのだ。この騎馬隊の攻撃で魔軍はMルート軍指揮官と将校をほとんどなくし、命令系統のまったくなくなった魔軍は大混乱の中で総崩れとなった。
後方の司令部にいたアサグ軍団長のもとに伝書カラスによる《Mルート軍、ほぼ全滅》の知らせが届いたのは10時間後だった。
アサグ軍団長はドワーフ国侵略軍の三分の一を失ったことに大へんおどろいた。
すぐ魔軍司令部に報告し、善後策を要請した。それに対する魔軍司令部の回答は、
『Mルートは現状を維持せよ。早急に援軍の検討をする。Cルート並びにPルートはそのまま当初の作戦にしたがって既定のルートを進軍し、ドワーフ軍と遭遇すればこれを速やかに排除すること』というものだった。
アサグ軍団長は頭をかかえた。
「現状維持も何も、Mルートにはロクな兵力も残ってないのだ!このままではドワーフ軍は南部方面から反攻してくるぞ。至急、こちらで対応策をとらなければ」
とため息をつきながらつぶやいた。
しかし、現場の軍団長の判断は速い。グズグズしていては、中央ルートを進軍中の魔軍と東の平原部を進軍中の魔軍は、強力な兵力をもつドワーフ南部方面軍と中央軍ならびに東部方面軍に包囲されてしまう。
しばし思考したあと、アサグ軍団長は次の命令を出した。
「中央ルート魔軍は10万を南部方面に至急送りこみ、残った兵力で現在位置で強固な防衛ラインを築くこと。東の平原ルート魔軍は同じく20万を南部方面に至急送りこむこと。こちらも現在位置で強固な防衛ラインを築くこと。中央ルートおよび平原ルートからの兵力が南部に到着次第、新規に北部攻略軍団を構成し、ヴァルガル将軍を指揮官として任命する」
ヴァルガル将軍はアサグがミッッデンランジアで戦っていたころから、ずっと第一線で戦って来た指揮官で頭脳明晰で現状分析の上手な魔軍幹部将校だった。現在は平原ルートの45万の兵力を任せている。
“ヴァルガルなら、この事態にうまく対応してくれるだろう...”
一方、ラナ将軍はガン総司令官の計画にそって、中央軍と東部方面軍と協力して魔軍のCルート軍とPルート軍を包囲すべく兵力を東へ動かそうとしたが、Cルート軍とPルート軍がそれぞれ南部に増援の兵力― それもかなりの兵数を送りこんだとの情報を得て、包囲作戦の延期をガン総司令官に進言した。
ガン総司令官は、すでにCルート軍とPルート軍が堅固な防衛ラインを構築しつつあるとの報告も偵察隊から受けていたのでラナ将軍の進言を受け入れ包囲作戦をいったん中止することにした。
「敵の司令官もさすがだな。こちらの考えを読んですぐに対策を打ったか!」
ガン総司令官は苦笑しながらぼやいた。
ラナ将軍はMルート軍が敗走したので東進を止め、方向転換して南に進み、ドワーフ軍前線を100キロ南下させ、そこに新たに防衛ラインの構築を急いだ。
アサグ軍団長はその報告をブラックドラゴンの偵察隊から受けたが、南部方面の敵がドワーフ軍の中でも精強を誇る軍だと知り、また自軍の再編がまだ十分ではないとの認識から当分の間は静観することにし、その間に第七軍の再編と防衛ラインの構築に力を注がせた。
こうして、ドワーフ戦線は魔軍にとってもドワーフ軍にとっても長い膠着状態に入ることになったのだ。




