2-50 ドワーフ軍攻防史②
ガン将軍が『西部海岸の壁』と名付けた防衛ライン。
それは、魔軍がドワーフ国攻略で、上陸作戦をする可能性の大きい海岸線一帯に強固な防御ラインを築くことだった。
ガン将軍の命令によって、海岸線には魔軍艦船の接岸を防ぐ鉄製や木材製の障害物(対舟艇障害物)が500キロの延長にわたって設置され、海岸線から内陸に続く道にある橋には全ていつでも落とせる仕掛けを付けさせた。
さらに海にそそぐ大きな川の沿岸や内陸への道には何万という罠を設置し、また、事あれば貯水池の堤防の水門を開いて平地を沼化させたり、河口の堤防を破壊したりしてあたり一帯を泥沼化できるようにもしていた。
参考図:対舟艇障害物
魔軍は三百隻を超える大型船からなる大輸送船団でドワーフ国の西海岸に突如現れ、次々と長艇を海面に降ろし、魔軍兵士を海岸へピストン輸送しはじめた。
魔軍の上陸地が確認されるや、ラナ師団は計画通り、橋を落とし、水門を開き、川の堤防を壊し低地一帯を泥沼化した。
魔軍の兵員輸送船の多くは波打ち際に設置された対舟艇障害物に衝突して次々と沈没したり傾いたりして魔軍兵士を海に落とした。ようやく海岸に達することのできた魔軍兵士たちにはドワーフ弓兵隊が間断なく攻撃をし多くを倒し、矢弾幕を運よくかいくぐって突進してくる魔軍兵士は重装備のドワーフ歩兵が阻止した。
しかし、30万を超す魔軍の上陸部隊は人数の多さで次第にドワーフ軍の海岸防衛隊を圧倒し、徐々に内陸部へと侵攻していき、5ルートに分かれた魔軍大部隊が首都グラガスへの最短ルートをとるべく海岸山脈を上がりはじめた。
海岸山脈のある場所に設置された師団司令本部で、ラナ少将は伝令犬からの連絡を今か今かと待っていた。魔軍の上陸作戦が真夜中に始まってからもう2時間以上たっている。海岸防衛隊はたぶん壊滅しただろう。
“お前たちの死は絶対にムダにはせぬ...” ラナ少将は心の中で誓った。
「師団長!伝令犬が来ました!伝令犬が来ましたっ!」
外からドタドタと将校が鉄製の小筒に入った連絡書を手にもって走って入って来た。
「おう、見せろ!」
「はっ!」
小筒のフタをとるのももどかしい感じで中の連絡書を取り出し、開いて読む。
「よし。みんなここに集まれ!」
それからテーブルの上に置いてあった大きな作戦図を前に、5つのルートで海岸山脈を上がろうとしている魔軍部隊の個別殲滅のためのドワーフ軍部隊の配置を素早く決め、次々と命令を下した。
次から次へと担当将校が命令書を持って司令部を走って出て行く。
あわただしい時間が過ぎ、しばらくして各部隊から配置についたとの連絡があった。
それから1時間たったとき、ふたたび伝令犬からの連絡がり、魔軍の先頭部隊と戦闘に入ったとの連絡があった。
これはドワーフ軍がAルートと名付けたルートを上って来る魔軍部隊の補足殲滅を担っているドワーフA戦闘部隊からだ。それから次々とB戦闘部隊、C戦闘部隊、D戦闘部隊から戦闘に入ったとの連絡が矢継ぎばやに入った。
“海岸山脈での勝敗でドワーフ国の存亡が決定される”
ガン将軍はそう考え、海岸のドワーフ軍防衛ラインが突破されたあとで魔軍が進むと予想される海岸山脈の要所、要所に防衛のための塹壕、トンネルをあらかじめ作らせていた。
また、海岸山脈を越え首都方面に向かう道路― 山脈の傾斜が急なのでジグザグになっている― はいくつかあるが、それらもすべて数十ヵ所で封鎖できるようにしており、敵はかんたんに道路を進めないようにしている。
総延長にすれば何百キロにもなるそれらの第二の防衛ラインで、今、ドワーフ軍戦闘部隊はそれぞれ3倍の兵力をもつ敵と戦っていた。
各ドワーフ軍戦闘部隊の1万5千人に対して魔軍の各上陸部隊は6万人。
人数的だけに見れば敵は4倍で、ふつうで考えれば圧倒的にドワーフ軍の方が非勢のはずだ。
しかし、ドワーフ軍には絶対的に有利な条件があった。それはドワーフ弓兵隊だ。
通常の部隊編成なら、たとえば2千名の大部隊の場合、弓兵はだいたい500名ほどなのだが、魔軍迎撃戦用にガン将軍は麾下の全ドワーフ兵を弓兵として訓練させたのだ。
それに、下から登って来る魔軍は、上にあるドワーフ軍の塹壕やトンネルにうまく身をかくしてクロスボウを撃つドワーフ兵たちの格好の標的になるのだ。
かくして、魔軍の上陸部隊は地獄を見ることになった。
各ルートあたり1万5千のドワーフ弓兵が一斉にクロスボウ攻撃をするのだ。
斜面で身をかくすものはほとんどなく、進めば撃たれ、止まれば予想もしなかった場所からトンネルを通って出没するドワーフ兵たちにクロスボウで攻撃され、そのあとで盾でも鎧でも防ぎようのない巨大なアックスやモーニングスターで攻撃される。
反撃しようとしても、さっとトンネルの中に入って重いフタでふさいでしまう。
道路を進むことを選んだ魔軍部隊も、何十本もの横倒しされた大木や岩が置かれている道路を苦労しながら乗り越えたり、倒木や岩をどけようとしていると、ジグザグ道路の上側から一斉にクロスボウで射られて、たちまち魔軍兵士たちの死体の山ができる。
もっとも、死体の山といっても魔族は数分もすれば防具や武具だけを残して消えてしまうのだが。
数本あるルートを通って沿岸地帯から海岸山脈を登ろうとした魔軍部隊は幾千、幾万という防具や武具だけを残して殲滅され、道のない斜面を必死に登っていた魔軍部隊もやはり同じように無数の防具や武具だけを残して消えてしまった。
魔軍が海岸山脈を登りはじめて2時間もしないうちに大勢は決した。
ドワーフ弓兵たちに部隊指揮官も下士官も倒されてしまった魔軍部隊はパニックに陥り、恐怖から海岸山脈を駆け下りて逃げ始めた。
一つのルートを上っていた魔軍部隊の残兵たちが恐怖の叫び声を上げながら山を駆け下りる‐ その騒乱はほかのルートを上っていた魔軍部隊の残兵たちにも感染し、5つのルート全ての魔軍部隊が指揮官の命令など無視して一斉に駆け降りはじめたのだ。
それらの魔軍部隊残兵たちにさらに矢を射かけるドワーフ兵たち。
さらに消耗する魔軍部隊。ようやく山を下りることができたのは、わずか5万兵ほどであった。
魔軍兵士たちはふたたび、沿岸地帯を沼化したところや罠だらけの道を、またもや足を取られたり、罠にひっかかったり、川を渡るのにおぼれたりしながら這う這うの体で、長艇がある上陸地点まであと少し... というところににたどり着いた。
そこを突如出現したドワーフ騎兵隊に襲撃された。
ドワーフ軍は、伏兵として騎馬隊2万5千名をあらかじめ数千人づつに分散して沿岸地帯に隠しておいたのだ。屈強なドワーフ馬に乗ったドワーフ騎馬隊は、これも全員弓で武装しており、射程範囲に入った魔軍残兵たちを次々に仕留めていく。それでも生き残った敵は槍やアックスの餌食となった。
そして、この時、沖に投錨していた魔軍の大型船から次々と火が上がりはじめた。
魔軍の輸送船は全長60メートル以上という大型帆船で一隻に千人の魔軍兵士を積んで来たのだが、それらが次から次と炎を上げて燃えはじめたのだ。
沿岸部で必死に長艇目指して逃げようとしている魔軍残兵たちが見たのは、暗い沖合に停泊している輸送船が夜の海を真っ赤に照らしながら燃えている信じられないような光景だった。
よく目を凝らして見ると、魔軍の輸送船は海上から炎を吹きつけられているようだった。
全長60メートルの大型船といっても木造船なので、炎を吹きつけられるとすぐに炎上する。
輸送船団は大混乱に陥り、錨を切って逃げようとしたり、錨をつけたまま操船しようとしたりしてさらに混乱が増した。炎上する船が別の船に衝突し、衝突された船に火が燃え移って炎上する。
たちまちのうちに沖合は灼熱地獄と化した。船は轟轟と燃え、乗組員たちは海に飛びこむが、つかまろうとする船の部品も燃えている。沈没する船の渦に吸い込まれたり、おぼれたりして、そこでも大量の魔兵が死んだ。
そして、この時、海岸山脈で迎撃戦をくり広げたドワーフ軍の兵士7万5千人が、ラナ将軍の命令で、鬨の声をあげてなだれうつつように沿岸部の魔軍残兵目がけて突撃をはじめたのだ。
数時間後、朝日が差しはじめた中でドワーフ軍に降伏した4千人ほどの魔軍残兵たちが見たのは、大船団のあった沖合の魔軍輸送船の残骸がくすぶっている海上に浮かぶ五百隻近いドワーフ海軍の小型快速艇だった。
これらの快速艇は火筒という、ドワーフ軍のヒミツ兵器を積んでいた。それは長さ150センチほどの鉄筒で、鉄筒の根元に松脂、硫黄、生石灰、小石大の火石(石炭のドワーフ語)などをミックスしたものを詰め込んだ鉄缶を装填し、それに火縄で着火し敵に向けて液状火炎を噴射するというものだった。
射程距離こそせいぜい20メートルほどと短いが、火石が木造船の船窓を破ったり甲板に落ちるとそこから燃え広がるというやっかいな兵器だった。
ガン将軍は友人であるドワーフ軍海軍提督にたのんで、火炎筒を備えた快速艇を用意してもらっていたのだ。
かくして魔王のドワーフ国侵略作戦は、ガン将軍の見事な作戦と、ラナ将軍をはじめとする部下たちの決死の戦いで大勝利に終わったのだった。
ドワーフ国への侵略と同時に、ヤマト国にも30万の魔軍侵略部隊が上陸したが、例のアケチ首都防衛軍司令官の裏切りによって首都エドはあっけなく陥落してしまった。
首都エドを占領したあと、魔王はヤマト全国を征服すべく、順次魔軍部隊を送り込んで来た。
エド占領直後に40万人、その一ヵ月後にさらに50万の魔軍をヤマトに送りこみ、先に上陸していた30万とあわせて合計兵力120万の第七軍- 指揮官バメロス軍団長- を形成し、ヤマト国軍を南部に追い込みはじめた。
魔王はドワーフ国の最初の侵略作戦が失敗に終わっても少しも動じることなかった。
しかし、最初の失敗を教訓として、ドワーフ国の侵略には時間をかける作戦に変え、2か月間かけて魔軍の占領下にある元エルフ国の港にドワーフ国侵略の主力となる第七軍を上陸させた。
第七軍の兵力120万を率いるアサグ軍団長は、ドワーフ国侵攻作戦を計画するにあたって、前もって当面の敵であるドワーフ軍南部方面軍の防衛体制などを詳細に調査させた。
ブラックドラゴンに偵察員を乗せて上空からドワーフ軍防御陣地の様子を綿密に調べさせたり、魔軍デモーン部隊の隠密班をドワーフ防衛ラインを超えて侵入させ、ドワーフ軍兵士を生け捕りにして魔術を使って南方ドワーフ軍の防衛体制などを聞き出した。
アサグ軍団長は、ミッッデンランジアで長年戦った経験のある有能な司令官だった。
情報収集の結果判明したのは、ドワーフ軍南部方面軍の司令官は2ヵ月前に上陸作戦を見事に阻止した西部方面司令官ほどキレモノではないということだった。
魔軍に対する防衛体制は通常の地上陣地と塹壕によるもので、兵力も国境ラインではわずか15万と少ない。後方には40万の兵力をもつ中央総軍が控えているが、距離もあるし、油断しきっている。
速攻で攻めればイケルとアサグ軍団長は考え、即、侵攻を決断した。
まずはブラックドラゴンの大群に先制攻撃をさせ、防衛ラインのドワーフ軍兵士をマヒさせたあとで侵攻を開始した。
120万という圧倒的数量の前にドワーフ軍防衛線はほとんど全線にわたってまたたく間に崩壊し、突破されてしまった。
実は、魔軍が元エルフ国の国境に集結しつつあるという情報や、ブラックドラゴンが頻繁に防衛ライン上を偵察していること、前線のドワーフ軍兵士が数名行方不明になっており、どうやら魔軍に捕らえられたらしいなどという情報はドワーフ国防軍本部にまで届いていたのだが、当時の国軍総司令官のドワ・ギス・ジン・カーン元帥はまったく気にしなかったのだ。
「そりゃ魔王のいやがらせじゃ。彼奴は2ヵ月前にガン大将― 魔軍上陸作戦を阻止したことで中将から昇格した― にコテンパンにやられたから腹いせに挑発しとるんじゃ」
と言って取り合わなかった。
ガン将軍は、その情報を国防軍本部参謀室の友人から聞いて、すぐさまカーン総司令官に手紙を出し、至急、魔軍迎撃作戦を立て、防衛体制を強化すべき進言したが、「アーハッハッハッ! ガン将軍は心配しすぎだ」とこれも耳を貸さなかった。




