2-34 エルフ少女の冒険④
偵察隊が到着した海岸から元エルフ国の首都アルフヘイム― 今は魔都カーマダトゥーと魔軍は呼んでいる― までは100キロほどの距離があります。強行軍で歩いても四日ほどかかる距離です。
ここは魔王の本拠地のそばなのです。魔軍の警戒もたいへん厳しいはずです。
ギブがオオカミ化して先頭を歩き、聴覚、嗅覚を使いながら、魔軍の警備隊に気をつけながら進みました。途中で数度、魔軍の警備隊と遭遇しそうになったので迂回して避けました。
ブラックドラゴンもひっきりなしに上空を飛び回って怪しいものがいないか監視していますので、上陸してからはずっとアイミのステルス魔法をかけっぱなしです。
魔軍の大きな駐屯地もありました。
調らべると魔軍の大きな駐屯地は魔都カーマダトゥーを囲む形で5つ配置されており、各駐屯地には1万から2万の兵士がいるはずだとドワーフ戦士のゴメヌが説明しました。
ドワーフ軍は、このイーストランジア北部で魔軍と戦火を交えており、戦いで捕虜となった魔軍兵士などから情報を訊き出していたので、魔軍の事情に詳しいそうです。
偵察とゴメヌから得た情報などから考えると、魔都の周囲には少なくとも7万から8万の魔軍が防衛軍として配備されているということがわかりました。
これらの兵力のほかにも、ドワーフ族国と戦っている前線にも、また、その後方にも何十万という魔軍兵力が配置されていますので、同盟軍が本当による魔都を攻略する場合はスピード重視の戦略をとるしかないだろうというのが戦士たちの一致した意見でした。
多くの犠牲を出しながらも偵察隊による魔都カーマダトゥーの防衛体制調査が終わりました。
しかし、偵察隊には、キュィポラから“是非”と依頼されたもう一つの重要な任務がありました。
それは魔法陣の最高権威カイヒャク師が長年の研究の末に作り上げた―カイヒャク師のライフワークとでも言える― 異世界との交流ができる魔法陣“ゲート”の状況を調べることでした。
このゲートが作られたことにより、エルフたちはこの世界はミィテラだけでなく、別の世界もあるということを発見できたのです。
ブラックドラゴン
魔法陣の最高権威カイヒャク師が長年の苦労の末に作り上げた異世界との交流ができる魔法陣“ゲート”。このゲートにより発見された世界は『テラ』とその世界に住む人たちから呼ばれていました。
テラの世界には人族だけしか住んでいませんでした。これはエルフったちにとっては驚きでした。
「なぜ、テラの世界には獣人族やドワーフ族やトロール族や鬼人族がいないの?」
「魔族もいないわ?」
「それはいいことだけど...?」
さらに、もっと驚くべきこともわかりました。
それはテラの世界には魔素がないということでした。
なので、エルフたちは体に蓄積している魔素を使い切ってしまうとテラの世界では魔法を使えなくなるのです。
魔素は、ミィテラの世界にもどればまた補充できるので問題はありませんし、テラの住人たちは魔法を使えないのですから、彼らを驚かせたり刺激したりしないように、エルフたちは極力魔法を使わないようにしました。
テラの発見は、当分の間エルフたちだけの“秘密”ということになりました。
そうでなくてもミィテラの世界には魔族という恐ろしい種族がいますので、彼らが魔法を知らないテラのことを知ったらどんな事をするかわからなかったからです。
魔法を教えなかった― 教えようもなかったのですが― 代わりにエルフたちは、彼らの信じるエテルナール教をテラにもたらしました。
カイヒャク師が作ったゲートは一方通行でしたので、最初にテラに来たカイヒャク師は、テラの世界ですぐにミィテラの世界へもどれるゲートを設置しました。
それはテラの年代では1万年から五千年ほど前に起こったことでしたが、テラの時間の流れる速さとミィテラの時間の流れる速さには大きな違いがあったため、ミィテラのエルフたちにとってはわずか百年ほど前に起こったことでした。
カイヒャク師のおかげで、ゲートによる二つの世界の間での双方移動が可能になり、エルフたちも大挙行き来することが出来るようになりました。
テラに最初にやって来たカイヒャク師が居をかまえた場所は、その国の人族たちが“神聖なる山”と呼んで崇めていたレイナード山という美しい円錐形の死火山の麓でした。
新しい世界でのエテルナール教の布教に意欲を燃やしたエルフたちは、レイナード山の麓に神殿を建設しエテルナール教をテラの人々に広めはじめました。
それまでのテラの住民はかなり野蛮で、欲のための争いが絶えず、年長者は敬われず、盗み、殺人、詐欺などが横行していました。テラの世界は大いに乱れていたのです。
そこに創造主エタナール様の教えを信じ、その戒律を守ることで、エゴイスト的な感情や行動を自制することを覚え、他人との協調・共存を貴ぶことをエルフたちから教えられた人族たちが現れ始めたのです。
テラの世界における人族のエテルナール教徒数は、最初は少人数でしたが、エタナール様を信んじ、戒律を実践することで諍いや揉め事が目に見えて減りはじめたことから信者が次第に増えはじめました。
ついには為政者たちまでがエテルナール教徒となるにいたり、彼らはエテルナール教の教えを根本として善政を敷くようになり、法令を作り、治安を維持し、犯罪者を厳しく罰するようになり、社会も次第によくなっていったのでした。
しかし、ある時からほとんどのエルフたちが聖域― エタノール神殿とそれを含む地帯― から姿を消してしまいました。
残ったエルフたちは百人もいなかったのですが、彼らは大勢のエルフたちがいなくなったことについては多くを語ろうとせず、それまで通り神殿での務めを続けていましたが、エルフはあまり子どもが出来ないこともあって次第にその数は減って、二百年ほど前に最後のエルフが亡くなってしまったそうです。
ただ、エルフたちの中には、人族と結婚をして家族をもった者もいたので、人族とエルフのハーフも少なからず生まれ、そのエルフたち血を引く子孫は、現在に至るまでエタノール神殿で神職についているとそうです。もちろん、神職に就かずふつうの仕事に就いたエルフの子孫たちもいるそうですが。
それが、アイミたちエルフが代々聞かされてきたエルフの歴史であり、最初にテラにやって来たエルフたちが、テラという異世界があることを魔王に知られないように“極秘”にした理由も知っていました。
今回の偵察隊の任務はたいへん困難な任務になるとみんな知っていましたが、それでもキュィポラが“是非”と依頼された異世界へのゲートの状況も、魔王とその配下の魔軍に異世界への侵略をさせてはならないというエルフたちの強い思いがあったからです。
そのために、偵察隊はさらに危険を冒してゲートのある聖堂の近くまで来ましたが、そこに着いたときはすでに夜になっていました。
そして、なんという運の悪さでしょう、聖堂まであと一歩というところで、魔軍の巡回警備隊の軍用獣ヒエーナに発見され、魔弓兵たちのボウガンによる先制攻撃でエルフ神衛士オーノル、トロール戦士バボルとドワ―フ戦士ゴメヌが倒され、偵察隊のリーダーの魔法士タムルが電撃魔法サンダーアローで反撃し、魔弓兵を倒したものの、魔軍の警備隊長の衝撃魔法を食らって絶命してしまったのです。
魔軍の巡回警備隊は偵察隊の風下から接近してきたのでギブも気がつかなかったのです。
今までつらい時も、苦しい時も、みんなを心から支えて来てくれたリーダーの魔法士タムルが、敵の魔法で目の前で死んだとき、アイミは絶望から思わず叫んでしまいました。
その叫び声に引き寄せられたヒエーナたちが一斉にアイミを襲おうとしましたが、ガブの素早い攻撃でヒエーナたちはすべて倒しました。
しかし、数十人の魔軍巡回警備隊兵士に囲まれてしまったアイミとガブの命は風前の灯火と思われましたが、魔軍の警備隊長は、なぜエルフたちが聖域にいるのかを訊き出すためにアイミを生け捕りして捕虜にしようとしていたところ...
バサバサバサっ、ズン!
ちょっと離れたところでハデに音を立てて木の枝が折れ、何か大きなものが落ちて来たような音がしたんです。
「ギェ?!」
「ガガウ?」
「ガグッ?」
半数ほどの魔軍兵士が音のした方に駆け出そうとしました。
その時、聖堂の方向から叫ぶ声が聞こえました。
「(レオーっ)!」
「(オーイ!)」
そして、誰かがこちらへ向かって走って来るのがわかりました。
魔軍の警備隊兵たちはすぐに二手に分かれて、20人ほどが声をあげて近づいて来る侵入者たちの方へ向かい、残りの魔兵10人がアイミとギブを囲みました。
魔軍兵士たちの誰何する声が聞こえました。
「ギギー?!(何だお前たちは?!)」
「グゴォー?(こいつらの仲間か?)」
「ギェギェグァーっ!(いっしょにやってしまえ!)」
警備隊兵士の声が聞こえたかと思うと、それはたちまち金属のぶっつかる音と魔軍兵たちの悲鳴が聞こえてきました。
「ギエーッ!」
「ギャッ?!」
「アギェー?!」
なんだか激しい戦闘が始まったようです。
そして今、アイミとギブが魔軍兵士に囲まれている場所に、突然、何者かがバッタのように十数メートルほど飛んで来たのです!
その男― いえ、よく見るとまだ若い少年のようでした― は、手にはとても大きな剣を持っていました。
アイミはその小さな口から心臓が飛び出しそうにおどろきましたが、すぐにメイスを構えました。
そしていつでも詠唱を唱えれるように身構えました。
ギブもいまにもその少年に飛びかかろう身構えました。
が...
「(あ、だいじょうぶだよ、オレは君たちを助けに来た!)」
澄んだ目をした人族の少年は念話で話しました。
一方、魔兵たちは、突然の飛び入りにとても驚き、
「ギェ?」
「グギェ?」
「ギギー?!」
と一瞬騒ぎましたが、すぐ少年を攻撃しようとしました。
しかし、次の瞬間、アイミは何が起こったのか見えませんでしたが、少年の姿がふっと消え、一陣の風が吹いたような気がしたあとに、前にいた魔軍兵士たちはみんな真っ二つに切られて転がっていたのです!
後ろにいた敵も、少年が攻撃をしたのと同時にガブが飛びかかり、迅速な攻撃で全員倒しました。
少年のなんという強さでしょう! なんという速さでしょう!
アイミはエルフ戦士などでかなりの剣の使い手を知っていますが、目に見えない速さで、それも数人を一度に倒す剣士なんて見たことも聞いたこともありません。
アイミはあまりにも速く物事が進んでいくため、何が何だかよくわからず、まだ心がドキドキしていました。
突然飛び込んできた少年は澄んだ目でアイミの顔をしげしげと見て
「えっ、エルフぅ?」と、とても驚いているではないですか!
それだけではありません。
当の本人のアイミを前にして
(かわいーい! 胸がもっと大きければ完全にオレ好みだったのだが... こんなかわいいエルフ少女に逢えるなんてツイているぜ!)
と心の中で考えていることをダダ洩れさせているではありませんか?!




