2-24 夜叉娘の事情②
そして1年後。
モリ・イチシンとラヴァーナの間には、とてもかわいい女の子が生まれました。
ちょうどノブサラ将軍の家の庭には美しいランの花が咲いていたので、その子はランと名づけられました。
ランは母親似の肌の色がとても白い子で、髪は漆黒、目もふつうの黒い目でした。
ちなみに、お母さんのラヴァーナは青い目をして2本の細くて少し曲がった白いツノをもっていますが、ランにはツノはありませんでした。
ラヴァーナに女の子が生まれて、もっとも喜んだのはハナヤ夫人だったでしょう。
まるで自分の孫のように- 夫人には女の子の孫はいなかったのです- もう、それはそれは可愛がりました。
そしてランが3歳になったころから、ハナヤ夫人は、母のラヴァーナに満足にしてやれなかった“ヤマトナデシコ”教育をランにはじめたのです。
ランは呑み込みが早く、なんでも早くおぼえてハナヤ夫人をよろこばせました。
そして、ちょうどこの頃にランに流れる夜叉族の血が目覚めたのです。
たとえば、ランちゃんは3歳になってもまだ卒乳していませんでした。
ラヴァーナお母さんも、ランは初めての子どもなので可愛くて断乳などしなかったのです。
最初にそれが起こったのは、音楽の先生がピアノを教えていた時のこと。
小さな手で「さくら さくら」をピアノで弾いていたランちゃんが、
「しゅえんしぇい(先生)、おなかしゅいたー!」と言ったのです。
「ランちゃん、もうちょっとしたら休み時間になるから、もうちょっとガマンしてね?」
と先生が言いながら、窓の外で小鳥がチュンチュンと鳴いたのに気をとられて窓を見て、それからピアノの方を見るとランちゃんが消えていました。
「ランちゃん?!」
いつの間にランちゃんは部屋から出て行ったのでしょう?
ドアを開ける音も、閉める音も聞こえなかったのにランちゃんの姿は見えません。
ランちゃんは3歳といえど賢い子どもでしたから、きっとトイレにでも行ったのだろうと待ちましたが、5分しても10分しても帰って来ません。
先生は心配して、トイレを見ましたがいませんでした。
廊下に出ると、「ランちゃーん!どこー?」「ランちゃーん!どこー?」と言いながら家の中を探しはじめました。
その声を聞いたのがハナヤ夫人。
「あら、先生。どうなさいました?」
「あ、奥様。どうもお騒がせしてすみません。ランちゃんがピアノの部屋からいなくなったので...」
「えっ、ランがいなくなった?それはいつ?15分前?私も探すのを手伝いますわ。アヤー、スミー、タケー!」
家の中のお手伝いさんをみんな呼んで、小さなランちゃんを探しはじめました。
トイレにも、書斎にも、食堂にも、夫人の寝室にも、夫人の洋服ダンスにも、庭にもどこにもいません。
真っ青になった先生は、夫人といっしょにお屋敷からちょっと離れたところにあるランちゃんのお家に行きました。
コンコンコンコン と夫人はドアをノック。
「ラヴァーナさん、いらっしゃいますかーァ?」と先生。
ちょっとすると、ドアが開かれ、腕の中で眠っているランちゃんを抱えたラヴァーナさんが「?」な顔をして出てきました。
「あら、奥さま、それに先生。どうされました?」
「ラ、ランちゃん!... ウウウゥ...」
ホッとしたあまり泣き出した先生。
「ランがどうかしたのでしょうか?」
「いえ、なんでもないのよ。ママといっしょならいいわ。さ、先生、お家へ行きましょう。お茶でも入れて差し上げますわ」
気丈な夫人は、まだ泣いている先生の肩をかかえて屋敷へもどって行きました。
のちほど、ラヴァーナママと話してわかったことは、
あの日、居間で編み物をしていたラヴァーナさんが、ふと人の気配に顔をあげてみると、
ドアのところにランちゃんがいて
「ママ―、おなかしゅいたァ!おチチちょーだい!」
と言って駆け寄って来て、膝の上に乗っかってラヴァーナママの上着の前をさっさと開けてお乳を飲みはじめたとのこと。
ラヴァーナママも“あら、この時間はまだピアノのお時間なのに、先生が用事かなにかで早く帰ったのかしら?”と思いましたが、あまり気にもせずにランちゃんにお乳をあたえたとのこと。
ランちゃんは10分ほどお乳を飲んで、すやすやと寝てしまい、それからしばらくしてハナヤ夫人と先生が家に来たそうです。
わが娘に、瞬間的に場所を移動する能力があると知ってもラヴァーナママは少しも驚きませんでした。夜叉族には、ときたまそんな能力をもつ者が生まれることを知っていたからです。
ハナヤ夫人も屋敷の者も、そのうちにランちゃんの瞬間移動能力になれてしましました。
ただ、能力が能力ですので外の人間には口外しないこと、ランもその能力を屋敷の外では使わないことを約束させられ、その問題は忘れ去られてしまったのです。
でも、ランは週末などにひとりで郊外などに出かけて、瞬間移動の訓練をしていました。
そして、彼女は念力- 物に手を触れずに動かせる能力- を持つことも発見しました。
念力能力についても、瞬間移動の訓練をしていることも、ラヴァーナママにはかくさずに話していました。娘と母親は、いつの時代でもどの種族でもよく話し合うものなのです。
ハナヤ夫人のおかげで、立派なヤマトナデシコとして育ったラン。
年頃になった彼女の美しさは、若い頃のラヴァーナママに負けないほどの美しさだとイチシンパパは言って、美しくなった娘を見るたびに相好をくずしていました。
そして、あの悪夢のような日が来たのです。
ランが16歳になったとき、すでにノブサラ将軍は亡くなっており、父の跡を継いでヤマト国軍の司令官になったのはノブノブ様でした。父のノブサラ将軍がミッッデンランジアですべての種族との共存共栄路線を打ち出してから数十年。
先のノブサラ将軍がミッッデンランジアの人族国をまとめるために作った人族連合は、ノブノブ新将軍の二人の息子- ノブサジ人族連合議長とノブハシ人族連合軍総司令官- によって管理されていました。
そのため、オダ・ノブノブ将軍は、ヤマト本国の軍司令部にあって、約100年前にヤマト国の北部にあったエルフの国を占領した魔軍の攻撃に備えていたのです。
魔王は油断ならない。
魔王のエルフ国占領がどういう目的で行われたにせよ、ミッッデンランジアですでに大いに勢力を拡大している魔軍が、いつ、イーストランジア北部のドワーフ国や南部のヤマト国に侵攻して来るかもわからないのです。
そして、それは突然、誰もが予期した形で始まり、誰もが予期せぬ形で終わったのです。
2年前、魔軍は突如、夜陰に紛れてエド湾より上陸しました。
ノブノブ将軍は、当然、それを予測していて、首都近くの海岸線には強固な防衛ラインを敷いていましたが、首都の防衛を任されていたアケチ・ハニー・ヒデ首都防衛軍司令官が魔王に懐柔され、
「魔軍エド湾に上陸」という報告を「オットセイかアザラシが上陸したのを見間違えたのだろう」
と無視し、魔軍の上陸を許してしまったのです。
そのために首都防衛軍もヤマト軍も適切な防衛対策がとれず、防衛軍はほとんど戦わずして魔軍に殲滅されたのです。そして、この時の戦いでランの父 モリ・イチシン中佐も戦死してしまいました。
また、アケチ・ハニー・ヒデ少将は、ノブノブ将軍への連絡を担当していた司令部将校を殺してノブノブ将軍に魔軍侵攻の報告が送られるのを阻止したのです。
さらにアケチ少将は、魔軍との戦いで起きた大混乱を利用して、配下の息のかかった部隊に魔王がオダ・ノブノブ将軍に成り代わっているとウソをついてオダ将軍の屋敷を襲わせたのです。
「敵はホンノウジにあり!」
裏切者アケチ少将の命令により、千名の兵士が夜のエドの街をオダ屋敷目指して走りました。
深夜であったこともあり、高級住宅エリアであるホンノウジ区の一角にあるオダ屋敷では、みんな寝入っていましたが、ラヴァーナは夜叉族の感で“屋敷に危険がせまっている”と察知し、わが娘ランを起こし
「あなたは、どんなことをしてでも大恩あるオダ様一家をお救いせねばなりません!」
とランを屋敷に走らせ、自分は薙刀をもって、すでにアケチ少将の手勢が塀を乗り越えて侵入しているところへ走りました。
敷地には、すでに数十人のアケチの兵が侵入していて、玄関や裏口から屋敷内へ侵入しつつある兵もいます。ランは瞬間移動でノブノブ将軍の寝室へ移動しました。
そこでは、すでに異変を感じた将軍が愛刀を手にドアへ向かおうとしていましたが、そのとき、ドアが激しく叩かれました。
「魔王はここか?!おとなしく出てくれば命だけは助けよう。こちらはアケチ司令官の部隊だ、早く戸を開けろ!」と廊下からアケチの兵たちが怒鳴ったのです。
「あなた!私がドアで食い止めている間に、ランといっしょに逃げて!」
ノブノブ将軍の奥様、ノヒメ夫人がドンドンと蹴られるドアを背に叫びました。
「ノヒメ奥さま、私が将軍さまといっしょにお逃げさせます!」
ランが言うか言わないかのうちに、ドアが数本の槍で貫ぬかれました。そしてノヒメ夫人もドアごと刺されました。
「ラン... 将軍様 を... おね... がい...」
それがノヒメ夫人の最後の言葉でした。
ランは夫人が刺されたのを見て激高するノブノブ将軍に近づき、
「将軍さま。もうどうすることもできません。私と逃げてください!」
と将軍を押しとどめ、念力でドアを壁ごと外側へ吹っ飛ばしました。
ドアの外にいた将校と兵士数名が、重傷を負って廊下に倒れています。
その者たちの持っていた槍や刀を念力で持ち上げ、それを廊下にいた兵士たちめがけて飛ばして一人残らず倒しました。
そして寝室にもどると、明りのついたランプを窓のカーテンにぶっつけ、火がついたそのカーテンを念力で家具やじゅうたんの上にまき散らしました。
たちまち火が部屋を覆いはじめます。
ランは、ラヴァーナママが、すでに死んでいることを知っていました。
最後にもう一度、部屋を見回すと、ランはノブノブ将軍の体を抱き、瞬間移動で屋敷の裏山へ移動。
そこから何度も瞬間移動を使って- ランの瞬間移動は移動距離が数百メートルなのです- 安全なヤマト国南部の山岳地帯を目指しました。
アケチ少将は、ノブノブ将軍が屋敷でノヒメ夫人とともに死んだと思いました。
しかし、焼け焦げた屋敷跡で見つかった真っ黒に焼け焦げた男はノブノブ将軍に背恰好の似た下男だったのです。
ランのおかげで命拾いしたノブノブ将軍は、南部の山岳地域で魔軍との長い戦いをはじめることになったのです。
ヤマト国の王家一族は、軍とは独立した命令系統をもつ近衛隊司令官の英断で、首都防衛軍司令官アケチからの待機命令を無視して、深夜であったにもかかわらず、近衛部隊に守らせて血路を開き、無事に王家一族を、幸運にもノブノブ将軍がランに連れられて避難したのと同じ南部の山岳地域に避難させることができました。
ノブノブ将軍は、王家一族が無事だったことに涙を流してよろこび、事態が少し落ち着いてから王家一族を、もっとも安全だと思われた南方のエゾ島へ送り届けたのでした。




