1-14 カイオ王子
カイオ王子とレオは、イザベルにある秘密を打ち明けます。
さて、その秘密とは?
「やあ、レオにイザベル。どうしたんだい、二人そろって城に来るなんて?」
カイオ王子は東屋の中に入って来て、イスに腰を下ろすと防具を取り外し、タオルで汗を拭きながら二人に聞いた。
カイオ王子は、ブラウン色の髪と目をもつなかなかのイケメン男子だった。
身長もレオより高い。彼は幼少の頃からレナート先生に剣術を習っていて、習ったことをいつもレオやイザベルに教えてくれていた。
イザベルは女の子のくせに、小さい頃からおてんばというか剣術とかアバンチュールが大好きな女の子だった。
「いや、なに、イザベルがカイオとも話したいと言うのでね…」
「イザベルがわざわざここまで来るくらいなんだから、深刻な問題なんだろうな」
汗を拭いていた手を止めるとカイオはレオの顔を見た。
それからイザベルの顔を見てニヤリと笑った。どうやらカイオ王子はかなりキザな性格のようだ。
「いや、実はイザベルがオレたちの秘密を嗅ぎつけたみたいで、仲間に入れてくれないとフェルナンド大神官様に告げ口するって脅しているんだよ」
「あら、私は何も脅してなんかいないわ。告げ口するって言っているだけよ!」
「どっちみち、同じことじゃないか!」
「そうか。まあいいじゃないか、ほかならぬイザベルなんだから、オレたちの短剣の邪魔はしないだろう?」
あっさりと仲間に入れるのを認めたカイオ王子。
「やったー!」
手をたたいてよろこぶイザベル。
「ま、こんなところでその話をしてもしかたない。“壁に耳あり障子に目あり”だからな。用心はしなけりゃな。オレの部屋に言って話そう」
そう言うと、防具とタオルを持って、先ほどオレたちが入ってきた入口とは反対側にある入口へと向かってスタスタと歩き始めた。レオとイザベルは後に続く。
通路ではほとんど誰とも会わない。
平時の城というのは使用人とか衛兵をのぞいてほとんど人はいない。
衛兵にしたって平時ならせいぜい30人くらいしかいない。使用人の方が断然多い。
その理由は、ふつうは誰も王様がいる城に攻め入ったりしないからだ。
戦があるときは、宣戦布告とかそれなりに手順を踏むことになり、それから貴族たちに呼集をかける。 それに応じて貴族たちは手勢 -ほとんど農民だが―を引き連れて馳せ参じ、おもむろに作戦会議とやらを行って、その作戦に貴族たちの同意が得られれば出陣する。
常備軍なんていうムダ金のかかる組織は通常誰も持ってない。そんなものは金の無駄遣いだし、世の中、平和であれば軍事力などという金のかかるものは最小限度でいいのだ。
中庭沿いの通路からふたたび薄暗い建物の中の通路に入り、左に折れ、しばらく行って右に折れていくつかのドアのある通路を進んでいった先には、衛兵が二人いる大きなドアがあった。
衛兵たちはレオたちを見るとすぐにドアを開けた。
「あ、すまなけど、誰かに昼食を三人分もってくるように言ってもらえないか?」
カイオはドアを通り抜けながら衛兵たちに言う。
「はっ、カイオ王子様。すぐに伝えます」
かしこまって返事をする衛兵。
腐っても鯛、第三王妃の三男であっても王位継承権はもっているから、衛兵たちもそれなりに敬う。
ドアを過ぎると左右に通路があり、カイオは右の方へどんどんと歩いて行って、とあるドアを開けて入った。
そこがカイオの部屋らしく、居間風の暖炉とテーブルセットのある部屋と寝室があるようだ。暖炉横の飾り棚の上に防具を置くとレオとイザベルにイスに座るように言ってから自分もイスを引いて座った。
「で… レオはどこまで話したんだ?」
「いや、話はほとんどしてない。まず、カイオがイザベルを仲間に入れるかどうかを決めてからと思ったから」
「そうか。それは正しい判断だったな!」
「正しい判断も何も、私はどんなことをしてでもその計画に加わるつもりよ!」
イザベルが早速口を出す。
「まあ、そう焦ることはない。さっきも言ったろう?イザベルなら信用置けるし、気心も知っているから仲間に入れることに問題はないって」
「ワオ!これで決まりね!」
手をたたかんばかりにして喜ぶイザベル。
(ノーテンキなのか、こいつは?)思わず、疑ってみるレオ。
「じゃあ、詳しく状況を教えなさいよ」
「オーケー。話は長くなるな。だからさっき昼飯を頼んだんだよ」
何事も用意周到なカイオ王子であった。
カイオ王子が話し、それにレオが補足する形でこれまでに起こったことがイザベルに説明された。
十日ほど前のこと、カイオとレオはいつも通り遺跡近くに行って狩りをしていた。
このあたりはレイナード山に近く樹海があるために、野生の動物も多く狩りに適している場所だった。
もっとも、遺跡や神殿の付近は聖地とされているので狩りはご法度だが、遺跡からもかなり離れた場所であれば誰も見ている者はいないので、問題はないと考えて二人はいつも通り狩りを続けた。
狙いはビアード。細くて長い4本の足をもち、白い斑点模様がある動物で、成獣はメスで1メートルから1.5メートルの体長で体重は80キロくらい。
雄になると頭に立派な角をもち、体長は2メートル近くになり、体重も150キロ近くになるが、その肉は美味で町の肉屋でも高価な肉として売られているほどだ。
ビアードは臆病な動物であり、発達した嗅覚や聴覚で人間の接近をいち早く感知し逃げ出すため、狩りをするには風下から木や岩などを利用して身を隠して近づいて弓矢で撃つか、剣やナイフで仕留めるしかない。狩りの対象としては、中々難しい獲物だ。
レオとカイオは、すでにファイゾンと呼ばれる野鳥を2羽仕留めていた。
尾羽の長い全長60センチくらいの緑色の鳥で、1キロほどの重さがあり、地鶏にちょっと似ているが、味はもっと濃厚で、滋味が強く地鶏よりも数倍うまい。
丸焼きでもいいし、鍋物にもいい。こちらも高級肉で一羽あたりからとれる肉の量が少ないため、ビアード肉より高く販売されている。
2羽あれば、レオとカイオで一羽ずつ分けられるので十分なのだが、今日は二人とも大物であるビアードを仕留めることを狙っていた。
二人が森の方を見ながら歩いていたとき、そいつは急に森の中から飛び出してきた。
1メートル以上もある立派な角をもつ雄ビアードだった。
しかし二人とビアードの距離は80メートルほどあった。この距離的では、弓で一発で仕留めるのは難しい。
二人に気づいた雄ビアードはさっさと逃げ出すだろうと思われた。
だが、その雄は逃げ出すのをためらっているようだった。
次の瞬間に雄ビアードがとった行動は理解できないものだった。
なんと雄は森から出てきて二人の方にトットッと進んで来たのだ。
カイオとレオは一瞬、目を見合わせた。
自分から進んで獲物になろうというビアードをみすみす逃すほど二人は甘くない。
カイオは矢をつがえ、弓を大きく引くと絶対に外すことのない射程に雄ビアードが入るのを待った。
レオは大きなナイフを手に迂回して、もしカイオが一発で仕留めそこなった場合、雄ビアードに飛びついて喉を掻っ切るつもりで身を低くして接近していった。
雄ビアードがカイオに50メートルほどの距離まで近づいたとき、雄が出てきた藪の中から別のビアードが出て来た。
「?」
「?!」
意表をつかれた二人が、新たに現れたビアードを見ていると、そのビアードが出て来た藪から、もう一頭ビアードが顔を出した。
そのビアードの顔は小さく、顔の茶色の部分に白い点々模様が入っていた。子ビアードだ。
危険な人間がいるという危険な状況をよく理解できないのか、子ビアードは、雄ビアード(おそらく父親だろう)のあとを追うように森から駆け出した。
それに気づいた母親と思わしいビアードが、子ビアードの後を追って駆け出そうとしたが、後脚を引きずっている。
どうやらこの三頭は家族のようで、脚をケガしている雌ビアードとか子ビアードをプレデーター(レオとカイオのことだ)から守ろうとして、お父さんビアードがプレデーターに自分に注意を向けさせようとわが身の危険を顧みずに出てきたらしかった。
状況が飲み込めたカイオは
「ダメだ。オレには、こいつを殺せないよ」とレオに言った。
「だね」レオも同意した。
「じゃあ、しかたないから雄ビアードを家族のもとに返すために、脅しに矢をスレスレに射ったら?」
「よし、そうしよう!」
カイオはあらためて弓を構え直し、矢が雄の体に当たらないように、そして十分脅かせれるように狙い定めて矢を放った。
シュッ!
音を立てて放たれた矢は、雄ビアードの立派な角にカツッとかすって森の中に消えた。
同時にレオが「ワッ!」と大声を出す。
角に矢が当たった音とレオの大声に驚いた雄は、反転すると一目散に森を目がけて走り、そこにいて同じように驚いていた雌と子とともに森の奥へ逃げていった。
「ふーっ」
「やれやれだな」
苦笑いをする二人だった。
「もう、今日はこれくらいで切り上げて帰ろうか?」
レオは、少し残念な気持ちでビアードたちが消えて行った森の方を見ながら聞く。
「そうだな。引き上げるとするか」
カイオは答えたが、彼の足は帰る方向とは反対の、今ビアードたちが逃げていった森の方へ向かっていた。
「おいおい、ビアードを狩るのはやめたんじゃなかったのかよ?」
「ああ、狩るのはやめたけど、矢は惜しいから回収するよ」
(やれやれ、王子さまとは思えないくらいケチだな…)
矢が飛んでいったあたりの森に入り込んだカイオ王子がいつまで待っても出てこない。
しかたがないのでレオも森に近づいていった。
「おーい、カイオ! どうしたんだよ?早く帰ろうぜ。それともまた別のビアードでも現れたか?」
森の中に入ると15メートルほど先の木立の間にカイオの姿が見えた。
なにをしているのか、しゃがみこんでいる。
「どうしたんだ。大きい方でももよおしたか?」
「いや、そんなんじゃないよ。ちょっと興味深いものを見つけたんだ」
「興味深いもの?」




