3-25 ミューロィナの青春④
虎族将軍ガドゥンガンは、武器が使えなくなったのを見ると大声で吼えました。
そして次の瞬間、唸り声を上げて大きく跳躍して鋭いツメで若者に襲いかかりました。
誰もが、「終わった!」と思い、女性の観客の中には目を瞑ったり、手で覆ったりした者もいました。
ガ―――ン!
金属音が大きく響き、虎人将軍が30メートルほど後ろへ吹っ飛びました。
「え?」
「何が起こったの?」
「剣が当たって... 剣がプレートアーマーに当たって撥ね飛ばされたのよ!」
「えっ? ミュー、あの大剣が当たったって... でも、ガドゥンガン将軍、死んでないわよ?」
「たぶん剣の柄を当てたんだと思う」
「そ、そんなこと出来るのかよ?」
ほとんどの者が何が起こったのかまったくわかりませんでした。
人族の若者と試合をしていた将軍たちや観衆に見えたのは、ガドゥンガン将軍が若者に襲いかかろうと走り出した、思った時に「ゴーン!」と大きな音を立てて後ろへ派手に吹っ飛ばされたことだけでした。虎族将軍は闘技場に伸びたままです。胸のプレートは大きくへこんでいるのが見えました。
ガドゥンガンはビクとも動きません。
死んでしまったのでしょうか?
ザワザワザワ......
観衆のざわめきます。
しかし、地面に倒れたガドゥンガン将軍は血を流していない。
気絶しているのか、またどこか骨が折れて動けないのか、はたまた打撃で内蔵が破裂とかしているのかわかりません。
なにか若者が将軍たちに言って、それを聞いた象将軍ディアドコイがなにか大声で叫んで若者に突進して行くではありませんか?!
ディアドコイ将軍に踏みつぶされる!
と、また女性の観客の中には目を瞑ったり、手で覆ったりした者もいました。
オオオオオオオ――――!
観衆のどよめきに目を開け、覆っていた手を外した者たちが見たのは―
ディアドコイ将軍の巨体は、なんと若者の頭上に抱え上げられていたのです!
どうすれば3トン近い象族将軍の重い体を、あの体重が60キロもないような人族の若者が持ち上げることができるのでしょう? 誰もわかりませんでした。
「ちょ、ちょっと――っ、ナニ、あの人族の戦士?」
「すっごく力あるじゃない?」
ジャグリナやリッパルナたちもあんぐりとかわいい豹口をあけたままです。
「どうやったら、あのバカでかい象将軍を持ち上げれるんだ?」
パンサー隊の男の子たちも騒いでいます。
そして高く持ち上げられたディアドコイ将軍は降参しました。
ワワワワワオォォォ――――――――ン
コロシアムはもうスゴイどよめきでした。
レーオ、レーオ、レーオ、レーオ、レーオ、レーオ!
観衆のコールがやむことなく続き、ゼリアンスロゥプ大王も若者の勝利を認めました。
- ∞ -
コロセウムでの試合が終わってミューロィナたちはパンサー部隊の宿舎に帰りました。
宿舎では、ヘラウディナ隊長はゼリアンスロゥプ大王が勇者たちを歓迎して開く晩餐会に出席するという話を聞きました。勇者たちへの待遇も格段に良くなり、宿泊は国賓なみの特別貴賓用御殿だということです。
そしてその夜、消灯時間も過ぎ真っ暗な寝室のベッドで、ミューロィナたちは昼間コロセウムで見た試合の興奮で眠れずにヒソヒソ話をしていました。
もっとも、豹族は夜目が利くので真っ暗でもまったく構わないのですが。
「あの人族の若者も娘も普通じゃないわよ!」
「私たちだって、せいぜい5メートルの高さしか飛べないのに...」
「あの若者は50メートルは飛び上がっていたわ!」
「あの娘だって、どうして消えたり現れたりできるのよ?」
「魔法使いかしら?」
「まっさかー!」
“でも... あのレオとかいう若者、カッコよかったわ…”
リッパルナとジャグリナが、まだヒソヒソ話しに熱中しているのを、半分上の空で聞きながら、そんなことを考えて、なぜか自分があのレオという若者のそばで戦士たちや将軍たちと試合をしている姿を想像しました。
なんとなく、そんなあり得ないことを想像― いや、これはもう妄想ですね― して、なぜか顔が熱くなるミューロィナでした。
“真っ暗でよかったわ。明るかったら、顔が赤くなったのを見て、リッパルナとジャグリナに何と言ってからかわれるかもわからないもの…”
豹族が夜目が利くといっても、暗い中で顔が赤くなったのはわからないのです。
ミューロィナが静かにホッと安心したとき...
誰かが廊下を歩いて来る音が聴こえました。
豹族の聴力はとても優れているのです。
「ヤバっ!舎監のロムジョン舎監よ!」
「早く、寝たふりをしよっ!」
ギイイ…
ドアが開けられました。
「フフン。寝たふりをしたって、ワシの耳はフシ穴ではないから、お前たちのヒソヒソ話はよく聴こえたぞ?」
ロムジョン舎監は真っ暗な部屋にはいると、ギロっとベッドで寝たふりをしている若いパンサー隊員たちを見回しました。
ロムジョン舎監は、獣人賊軍の軍曹として前線で魔軍と戦い、戦闘で片腕を失ってからここで舎監としてパンサー隊員の面倒を見ているのです。
ちなみに片腕を失った戦いで曹長に昇進していて、階級的にはミューロィナたちは見習い士官なのですが、ここでは彼女たちは“訓練生”なので、舎監の方が上なのです。
「まあ、おまえたちが消灯のあとで、いくらおしゃべりしようが、恋人の似顔絵を見て甘い夢を見ようがワシは一向に構わんのだがな!...」
そう言うと、舎監はコツコツとミューロィナのベッドまで来ました。
「ミューロィナ、ヘラウディナ隊長からの命令だ。10分以内に着替えて自分の荷物をもって玄関に行け。迎えの馬車が待っている。武運を祈る!」
「えっ? 武運を祈るって、何か特殊任務ですか?」
「ワシは隊長から命令されたことを伝えているだけだ。詳細はあとで訊け!」
そういうと、クルっと背を向けて出て行きました。
「ちょ、ちょっとミュー! 何よ、今のは?」
「知らないわよ、リッパルナ!」
「秘密任務ー?!どこでー?」
部屋の中は大騒ぎです。夜中に隊長命令で宿舎を出るなんて、任務に決まっています。
「何も知らないってば、ジャグリナ!」
さっさとパンサー隊の軍服に着替えながら、ミューロィナも混乱していました。
最小限の着替えをバッグに詰め込んで手に持つと、リッパルナとジャグリナをハグして別れを告げて玄関に走りました。
玄関の車寄せには1台の黒塗りの馬車が停まっていてました。
でも、窓には黒いカーテンがかかっていて中に誰かいるのかどうかわかりません。
馬車のドアの前にいた将校がドアを開けてくれました。
馬車の中にいたのは...
ジャバリューパパでした!
「パパァ?」
馬車がガラガラと車輪の音を響かせながら夜の街を走り出しました。
「やあ、ミューロィナ、休んでいるところをすまなかったな!」
「任務って、パパのお仕事の手伝いなの?」
「いや、大王様からのご命令だ」
「ええっ? 大王様の―――っ?」
今日の昼、コロセウムで遠くから見たゼリアンスロゥプ大王の姿を思い浮かべました。
「今日、コロセウムで戦った勇者殿たちは、明日、鬼人族国へ向かって出発される。おまえはどこまで知っているか知らんが、勇者グループには、テラという別世界から来たという人族の若者三人と、今日、戦士たちと戦ったヤマト国の娘、ドワーフの娘、それにエルフの魔術師がいるらしい...」
「ほかにもいるの?」
「うむ。獣人族国に来た勇者たちと同じ任務で、人族国連合とトロール王を訪問するらしい」
「それで、こんな夜中に私を起こして、何をさせるつもりなの、パパ?」
「おまえに、レオ殿たちといっしょに勇者として旅をして、彼らを手伝ってやって欲しいのだ...」
「.........」
ミューロィナは、かわいい口をポカンと開けてパパの顔を見ていました。
「どうした、ミューロィナ、まだ寝ぼけているのか?」
「パパ... 今、“勇者として旅をして”って言わなかった?」
「ああ。言ったが、それがどうした?」
「ゆ、ゆ、勇者としてって、どういうことよ――っ?」
「だから、あの若者たちと同じように、勇者としてだよ」
「ええええええええ――――――っ!!!」
「そんなのは私の任務ではありません!」と断ったのですが、「大王様からの直々のご命令だ!」の一点張りで取りつくシマもありませんでした。
そして将官用の宿舎で久しぶりにパパと一夜を過ごし、朝になると簡単な朝食を急いですませると、ジャバリュー将軍はミューロィナをともなって、勇者たちが宿泊しているという特別貴賓用御殿へ馬車で向かいました。
ミューロィナは特別貴賓用御殿なんてはいったこともありません。
門にいた衛兵が馬車につけられている将軍旗を見て、急いで門を開けて敬礼します。
勝手知った足取りでどんどん御殿の中を歩くジャバリューパパのあとを早足でついていくと、御殿のメイドさんたちが朝食をもって行ったらしいカートを押して部屋から出て来るのに会いました。
開いたままの立派なドアから、部屋の中で話している声が聴こえます。
「こんな豪勢な朝食ははじめてよ。」
「私も。ドワラン国王様も毎朝、こんなの食べているのかな...」
「それにしても、よくこれだけ人族の好むご馳走を作ったものだな」
ジャバリューパパは部屋の中にはいります。
ミューロィナも続いてはいりました。
中には、昨日、コロセウムで見たランという娘とレオという若者、それにもう一人、青い目に短い金髪の娘がいました。
たぶん、その金髪の娘が、ジャバリューパパの言っていたドワーフ族の勇者なのでしょう。
でも、ドワーフにしては... 体が細すぎます。
ドワーフって、タルみたいに太くて、髪は黒とか茶色で、目も茶色がふつうなのですが。
“ドワーフで人族並みに細くて、金髪で青い目? “こんなドワーフって見たことないわ?”
ミューロィナと目が合うと、体の細すぎる青い目で金髪のドワーフ娘はニコっと笑いました。
なんだか、とても感じのいい女性です。
でも、なんだか身なりとか、動作などにどこかピシッとしているというか、キリっとしているというか、軍人みたいな感じだな...とミューロィナは思いました。
なぜならミューロィナも、獣人族の将校としてどこに行っても恥をかかないように、そして獣人族軍将校のレベルは低いと見られないように、パンサー部隊で教育係の教師にみっちりと食事のマナーや礼儀作法を叩きこまれたので、同じような空気をその金髪のドワーフらしくない娘が漂わせているのに気づいたのです。
「お気にいって頂けたようで、大王様もきっとよろこばれることでしょう!」
ジャバリューパパは、勇者たちに愛想よくあいさつをしています。
「みなさん、おはようございます。昨夜はよく休むことができましたか?」
「おはようございます!」
ミューロィナもあいさつをしたのですが、緊張していたのでしょう、あまり声が出ませんでした。
「おはようございます、ジャバリュー将軍!」
「おはようございます。はい、よく休めました。」
「おはようございます。」
勇者たちも、礼儀正しくあいさつをします。
「あ、これは私の娘のミューロィナ・キャルニヴォルです。ミューロィナ、みなさんにあいさつをしなさい。」
ジャバリューパパに言われて、ミューロィナは名前を言いました。
「はじめまして。ミューロィナ・ゾネンブルーメ・キャルニヴォルです。」
そして... 感じました…
レオという若者が...
自分を凝視していることを。




