1-01 プロローグー地球にて
100歳まで生きて人生をまっとうしたマジメな男。
なんの取り柄もない平凡なフツーの男で、若いころはTV ゲームが大好きだった。
その男はフツーに大学を卒業して、フツーに地方の町の公務員になって、フツーに一人の女性と結婚し、そしてフツーに家庭をもった。
そしてフツーの人生を送ったつもりの主人公。
一応、自分なりに“満足した人生”を送ったつもりだった主人公。
そして100歳の誕生日の日に寿命で安らかに死んだはずだのだが…
生前の善行により、異世界で二度目の人生を送れることになった。
それも、100倍能力を授かって。
ふたたび少年時代にもどった主人公は、異世界で冒険の旅をはじめる...
守護天使に尻に敷かれながら、エルフ、夜叉、ドワーフの美女たちとともに、
ラスボスのドラゴンを探して。
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本作品は『異世界行ったら100倍頑張る!』というタイトルで以前投稿したものを書き直した作品です。 独瓈夢
PROLOGUE
白い壁。白い天井。
天井の中央には白く長い蛍光灯がやわらかい光を放っていた。
ドアの反対側には広いガラス窓があるが、夜なので景色は見えない。
オレはベッドに横たわっていた。もちろん普通のベッドではない。両横に転落防止のためのベッドガードがある特殊なベッドだ。
そう、オレは病室にいた。
オレは病院のベッドで100歳を迎えようとしていた。
高齢者がよくなるように、オレは風邪をこじらせて肺炎になり、一週間ほど前に入院したのだ。
病室には老齢の妻(女は長生きだな…)や子どもたちや孫たちがいる。
オレは遺書の中で、「この老体の中で、何かまだ使えるものがあれば死んだ後は臓器移植に使ってくれ」と書き残しており、家族もそのことをよく知っている。まあ、100歳のジイさんの臓器なんてほとんど役にたたないだろうけど。
病室の壁時計が午前零時を指したとき、病室の明かりがふと消え、ドアの方にいた家族が誰かが入って来るために通路を開けた。
ドアから入って来たのは、ユウジ。5歳になったばかりのひ孫だ。ママに支えられて100本のロウソクが灯ったケーキをかかえた孫が病室に入ると
「「「「「「ハッピーバスデートゥーユー♪」」」」」」
期せずして家族全員がおなじみの歌をコーラスで歌い始めた。
当直の医者や看護婦も知らされていたのだろう、コーラスに加わっていっしょに歌っている。
「おじいちゃん、おめでとう!」
ケーキをテーブルの上に置いた孫がひ孫が言うと、家族もそれぞれお祝いの言葉を言ってくれた。
孫の中でもっとも美人のサユリがケーキを薄く切ってお皿に載せたものをフォークでとってオレの口に入れてくれる。
“ああ、オレはシアワセだ。これほどの果報者はいないだろう。もう何も思い残すことはない…”
口の中でとろけるケーキの味を感じながら、自分の命もケーキの味のようにとろけるように薄くなっていくのを意識のどこかで感じていた…
”ご臨終です…”
遠くで医者の声が聞こえた。
小説家を夢見ていいたオレ。
子ども時代から運動神経はあまりよくなく、体力もそれほどなかったので、スポーツは親父とキャッチボールをするくらいだった。
小学校、中学校、高校と問題なく進んだ。容姿はふつう。
高校生になって背は173センチになったが高い方ではない。スポーツは相変わらずダメなので野球部とかには入部したことがない。
唯一、好きだったのがTVゲームで、中でもDKシリーズの大ファンだった。
DKとは「ドラゴンキラー」、通称「ドラキラ」という名前でよく知られている大ヒットゲームで、ヒーロの少年がさまざまなクエストをクリアしながら旅を続け、仲間を増やしていって、最終的にはラスボスであるドラゴンを倒して世界を救う英雄となるゲームだ。
ドラゴンを倒すからドラゴンキラーという名前がついたらしい。
DKシリーズは1から最新版の12までやり込んだ。親もマジメに勉強をするオレの息抜きにとゲームソフトや対応ゲーム機を買ってくれた。
顔はまあまあ。頭はクラスで10位以内の成績なので悪い方ではないが、がんばって一番になろうなんて考えたこともない。あくまでもマイペースがオレのモットーなのだ。
高校卒業後は近くの私立大学に入って、卒業後は地方公務員になった。
数年過ぎて、ふつうに彼女ができて、両方の親から急かされるとふつうに結婚式を挙げた。
それからまた数年が経ち、子どもが生まれ、ローンで家も購入し、ふつうの家庭持ちとなった。公務員なので生活は安定していたし、嫁もあまり欲がないタイプなのでオレが貢ぐ給料内でうまくやりくりしてくれた。
しかし分別つく歳になっても、オレはゲーム以外の趣味であった小説で生計を立てたいという夢をアキラメ切れてなかった。だが家族持ちが安定した収入のある生活を捨て、売れるかどうかわからない小説家になるなどという無茶な冒険をする勇気はとてもなく、悶々とした生活を送っていた。
そんなある日、友人たちに南アジア旅行に誘われた。
嫁に話すと「気分転換に行ってらっしゃい」と即オーケーされた。
たまにはダンナなしで息抜きでもしたいのだろう…
旅行と言っても、一介の地方公務員なので豪勢な旅行などできるはずがない。
友人たちも似たり寄ったりの経済状況だったので、格安エアラインを使って行くことにし、南アジアのその国では安上がりな三流ホテルに宿泊することにして予算を低く抑えることにした。
12時間以上エコノミークラスの窮屈なシートに座り続けたあと、ようやく目的の国に到着した。
空港のビルから出たとたん、40度を超える灼熱の暑さに身体がバターのように溶け出すのではないかと驚きながら、なんとかエアコン付きのタクシーをつかまえることができてホッとした。
予約していた三流ホテルに向かわせ、チェックイン後、ホテルの部屋に荷物を放り込むとオレたちは早速街に繰り出した。
この国は乞食や路上生活者がすごく多い。
それに街を歩いていると、すぐ子どもたちに囲まれる。
別に日本人がめずらしいからではない。彼らにとってはジャパニーズもチャイニーズもコーリアンもすべてオリエンタル人で、お金をねだれるいいカモなのだ。
まとわりつく子どもたちに「アイム・ノーマネー」と怪しい英語を言いながらさっさと逃げ出すこともすぐおぼえた。
翌日の夜、友人たちはどこから情報を仕入れて来たのか知らないが、夜の店がある界隈に行く相談をしていた。オレはそんなところは興味ないので誘われたが断った。
友人たちが意気揚々と出かけたあとで、ホテルに一人いても仕方がないので、安くてうまい地元料理でも食べようとレストランを探すためにホテルを出た。
右に曲がったり、左に曲がったりしてしばらく歩いていると、いつの間にか十数人の子どもたちに囲まれていた。この国の子どもにはチンピラはいないし、人通りも多い場所なので危なくはないが、いつものパターンで少々ウンザリしてると、一人の少年がオレの後ろに回り、尻ポケットに入れていたサイフ(小銭しか入ってなかった)を抜き取りそうになった。
少年の手をすぐに払いのけ、とられないようにサイフを取りだして高くかかげ、「ゴー・アウェイ」と言って追い払おうとした。
その時だった。
ふと“オレはわずかなお金を守るためにこんな無様な格好をしている。オレはこの程度の人間でしかないのか…”と自分の生き方に冷水を浴びせかけられたような衝撃を受けた。
考え直して、サイフに入っていたコインを一枚ずつ、すべて子どもたちにあたえた。子どもたちはワーワー言ってよろこび、コインをもらった子はすぐ走り去って行った。
すべてのコインをあたえ終わった時、子どもたちの群れから10メートルほど離れたところに一人の金髪で色の白い少女がいるのが目に入った。
翡翠色の目をしたその少女は、はだしだった。彼女はじっとオレのことを見つめていた。
年は8歳くらいだろうか。この国の人はふつう黒っぽい髪をしているけど、なぜかその少女は金髪だった。
肩まであるその金髪は何日も洗ってないようで少し煤けているようだった。
顔も手足もやはり多少汚れている。彼女はほかの子どもたちにくらべて色が白い。
白い肌の人が多いと言われるその国の北部あたりから家族といっしょにやって来たのだろうか?
ほかの女の子たちのようにワンピースみたいなのを着ていたが、ノースリーブのワンピースもやはり整備工場で使い古したウエスのように汚れていた。
その少女はどうやらコインをもらえなかったようだが、なぜか物欲しそうな顔はしていなかった。
ただ、それだけのことで、オレはあまり気にもとめずにホテルの方角に向かって歩き始めた。子どもたちにコインを全部やってしまったので、ホテルに帰ってカバンから金を出さないと夕食代もなかったからだ。
子どもたちも、“もう、もらえるものは何もない”とわかったのか、誰一人として後をついて来ない。まったく現金なものだ。
しばらく雑踏の中を歩いていると、ふと誰かに後をつけられているような気がしてふり返って見ると、あの金髪の少女が5メートルほど後ろにいた。
オレは彼女の方へふり返り、手を横に振って「もう、お金はいからお家に帰りなさい」と日本語でやさしく言った。すると少女は(やさしく言われたからか)何を勘違いしたのか、とっとっと近づいて、「ギブミー!」と小さな手を出して声でねだった。
(そんなカワイイ顔してギブミーとか言われても何もないんだよ…?)
ふたたび手を横に振ろうとしたら、少女はオレが首から下げているペンダントの紐を指さして言った。
「ソレヲクダサイ」
それも日本語で!