表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

聖女短編シリーズ

【コミカライズ】追放された聖女は、隣国で七人の聖女に出会う

作者: 榛名丼

 


「偽物の聖女、レインめ。僕はお前との婚約破棄をここに宣言する!」



 婚約者である王子に告げられたその言葉に――レインは呆然とした。


 王城の広間に突然呼び出された時は、何事かと思ったが……偽物の聖女? それに婚約破棄?

 王子の言っている意味が分からない。レインは戸惑いつつ王子と、王子の隣に立つ令嬢を見つめた。


 レインは平民の出身で、王都から遠く離れた村に住んでいたが、賢者の予言によって聖女の才を見出された少女だ。

 王城へと連れてこられたレインは、記憶にないほど小さな頃から王国のため祈りを捧げ、この国の平和を陰の立役者として支えてきた。

 だからこそ近年の王国にはひどい災害はなく、流行り病が蔓延せず、人々は飢えなかった。


 レインは聖女としての活躍を認められ、二年前に王子と婚約して幸せな日々を送ってきたのだ。

 それなのに――何故、今さら「偽物」などと呼ばれなければならないのだろう?


「王子。私は偽物なんかじゃありません、本物の聖女です」

「嘘を吐くな。本当の聖女は僕の隣に居る公爵令嬢、シロナだ」


 名を呼ばれたシロナは不安そうにしつつも、そっと王子に寄り添う。

 それに満更でもなさそうなだらしない顔つきになりながら、王子が続けた。


「そもそも、聖女ともあろう者が卑しい身分に生まれるはずがない。最初からお前は偽物だったのだ」


 王子の言葉にレインは絶句した。

 そんな卑しい身分の者を親元から引き離し、無理やり聖女に仕立て上げたのは王族なのに。

 沈黙するレインを王子は鼻で笑い、最後にこう言い放った。


「城から出ていけ、レイン。もうここにお前の居場所はないのだからな」




 その日、レインは有無を言わさず城を追い出された。


 手荷物はほとんど無かった。

 聖女は名誉職とされており、働きの報酬として賃金を得ることはできないからだ。

 今まで食事には困らなかったし、必要な物は支給されていたのであまり気にしていなかったが……まさか身一つで追放されるとは。


 レインは祈りの儀に用いる装束を奪われたので、質素なワンピースを身にまとっていた。

 それは彼女が村から連れ出されたときに着ていた端切れを使って、彼女自身が仕立て直したものだ。

 だが、レインの両親は既に事故で亡くなったと聞かされている。他に親戚なども居ないため天涯孤独の身だ。

 聖女として生活する以上、一日の大半を祈りに費やして過ごしてきたため城から出たこともほとんど無い。つまり、城外にも頼れる人はいなかった。


 暮れなずむ城下町は立ちすくむレインなどお構いなしに、楽しそうに賑わっている。

 しかしいつまでもそうしているわけにはいかなかった。まずは金銭を稼がなければどうしようもない。


 レインは覚悟を決め、目についた明るい光の中へと飛び込んだ。

 そこは大勢の労働者達で賑わう大食堂だった。

 食堂の中はきついアルコールと汗の臭いがした。

 しかし、それを上回るほどの肉の脂のにおいを感じて、野菜や魚を中心に摂ってきたレインは頭がくらくらした。


「ここで働かせてください」


 と頭を下げるレインのことを、忙しなく調理の手を動かしながら店主の男は見遣った。


「嬢ちゃん、こういう場所で働いた経験はあるのかい?」


 訳ありなのはどうやらすぐ見抜かれたようだ。

 瑞々しく日焼けしていない肌に、水仕事の経験のない両手を見れば、きっと一目瞭然だったのだろう。

 しかし門前払いはされなかった。何せレインという少女は驚くほど美しかったのだ。

 今も厨房を覗くようにして、客である男たちのいくつもの露骨な目線が彼女に注がれている。


 店主の男はそこで計算をした。

 訳ありの女をここで働かせることで起こる、メリットとデメリットの計算である。


「何でもやるか?」

「できることはやります」


 馬鹿正直に答えるレインの尻を、店主はばしっと軽く叩いた。


「痛!」

「客から注文を取ってこい。手が空いたら皿を洗え。ほら、さっさと行け」

「は、はい!」


 レインはそこで毎日必死に働いた。

 仕事といっても、聖女のそれとはまったく違うので最初は失敗ばかりだったが、必死に食らいついた。

 寝泊まりは店主の家の屋根裏部屋を借りて、夜の勤務が終わると薄い布にくるまり泥のように眠ったのだった。




 一ヶ月後、それなりの賃金を得たレインは城下町を旅立つことにした。

 食堂での毎日は辛いこともあったが、店主に別れの挨拶を告げるときは思わず泣きそうになった。

 店主は厳しいが時々、余った食材でレインにまかないを作ってくれた。常連の客は優しく、よく馬鹿をやってレインを笑わせてくれた。


「ゴホッ……そうか、もう行くのか。お前は騙されやすそうだから、気をつけてな」


 咳き込みながら店主はレインの頭を乱暴に撫でてくれた。

 はい、とレインは小さく頷いた。店主は最近身体の調子が悪いようだった。

 それでもレインは一人で旅立たねばならなかった。

 血色の悪い頬にそっとキスをして、レインは次の街へと向かった。




 日銭を稼ぎながら、レインは国の様々なところを巡り歩いた。

 今までは王城という狭い世界しか知らなかった聖女のレインにとっては、光り輝くような美しいオーロラも、闇の気配が色濃く満ちた裏通りさえも、何もかもが新鮮に映る。

 そうする内に国のあらゆるところを巡り終わったので、レインは船で隣国に渡ることにした。




 三日間の船旅の末、レインは隣国へと辿り着いた。

 船酔いもせずに地面に降り立ったレインは颯爽と歩き出す。


 港町に目もくれず、いくつもの町や村を歩いて。

 ――やがて、目の前に鬱蒼とした森が現れた。


 まるで何者かに誘われるように、レインはふらふらとその森へと入った。

 森の中は思いがけず明るく、見たこともない草や木が生えていた。

 お腹が空いたレインは針のように尖った葉の木が落とす赤い木の実を、毎日頬張って過ごした。

 時には、あちこちから虫や鳥の声がしてレインを楽しませた。

 レインはスキップをするように森を散歩した。星の光が差し込まない夜だけ足を止めて、木の根の隙間に入り込んで一夜を明かした。




 そんな日々が続いたある日、レインは森の中に小屋を見つけた。


 小屋はキノコのような屋根をした可愛らしい造りで、一目で気に入ったレインは迷わず扉をノックした。

 しかし返事はなかった。レインは何度か呼びかけてから、そぅっと扉を開けた。


「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」


 レインは驚いた。小屋の中には住人の姿があったのだ。

 数は七人。そして全員が皺のある老婆の顔をしながら、歩くことを覚えた子供くらいの背丈をしている。


「あなた達は……?」

「私達は、精霊。でも今は聖女と呼ばれているの」

「七人の聖女、よ。おとぎ話で聞いたことがあるかしら」


 七人の聖女。確かにその話は聞いたことがある。

 レインの生まれた国の隣国――つまりこの国では、人間と精霊の間に古くから親交があったという。

 人間達を愛した精霊は、国の守護者として七人の同胞をこの地に残すことにした。


 レット。オーレン。イエロ。グリーム。フルフル。インディ。パールプ。


 それぞれそう名乗った七人の聖女の名は、レインも知っていた。

 彼女達七人が祈り続けることで、この国は永き平和を築き上げているのだ。

 畏敬の念を持って見遣ると、聖女達はそんなレインにせがんだ。


「ねえ、あなたの話が聞きたいわ」

「私達、ときどき町に出て仲良しだった人間の子孫と遊んだりするのだけど、でもずっと繰り返しているとちょっぴり退屈なのよ」


 その様子がまるで無邪気な子供のようで、レインは笑った。

 それからレインは自分の身の上話を聖女達に語って聞かせた。

 素晴らしい聖女達を見下ろしたくはなかったので、七人には席についてもらい、自身は地べたに座り込んで話すことにした。


「……そして私は偽物の聖女だと、王子に婚約を破棄され、城から追放されたのです。それから私は、食堂で働きながらどうにかお金を稼いで…………」


 レインの話を聞きながら、何人かの聖女はぐすぐすっと鼻を啜った。涙をこぼす者もいた。途中で居眠りをする者もいた。

 夜も更けた頃、ようやく話を終えたレインを、聖女達は押し寄せるようにして抱きしめてくれた。


「ああ、何て可哀想なレイン」

「ここに来たからにはもう大丈夫。あなたはずっと幸せよ」

「私達と一緒にいつまでも暮らしましょう、聖女レイン」

「……ありがとうございます」


 レインは涙を流しながら熱い抱擁を受け止めたのだった。




 それからしばらくは平和な日々が続いた。


 七人の聖女との日々は退屈しなかった。何せ彼女達にとっての常識は、人間のレインにとってはだいたい非常識である。

 魔法を使って野山を光の速度で走り回り、森いっぱいをツリーのように飾りつけ、動物達に人間の言葉を与えては、毎日のように大合唱をした。

 ときどきは森から出て、人間の暮らす街や村で楽しく過ごす。人々はみんな歓迎してくれたし、新たな聖女として加わったレインのことも温かく受け入れてくれた。


 しかし、そんな日々はいつまでもは続かなかった。




 ある日、レインが子供に読み聞かせる絵本を手作りしていると、小屋の扉が乱暴に叩かれた。

 何事かと聖女達と顔を見合わせる。レインは軽く頷くようにして、自分が客人を迎えることにした。


 扉の先に立っていたのは――


「た、た、助けてくれ! レイン!!」


 レインは驚きのあまり口元を覆った。


「王子……?」


 そこには変わり果てた姿となった王子――レインの元婚約者であるその人が立っていた。

 小屋になだれ込むようにして倒れた王子の身体は、恐ろしいほど真っ赤に染まっている。

 尋常ではない様子に聖女達もざわつく。


「その人はどうしたの?」

「何があったの?」


 口々に言う聖女達の声に反応してか、王子はどうにか身体を持ち上げたが……その口元からはまた、赤い血が吐き出された。

 きゃあ、と悲鳴が上がる。平和な国で暮らしてきた聖女達は、近年誰も血というものを見たことがなかった。


「どうして私の居場所が分かったのですか? それにその怪我は……」


 狼狽えながらレインは訊いたが、王子は錯乱した様子だった。


「しょ、しょ、瘴気だ。我が国を瘴気が覆っているんだ」

「瘴気って、あの瘴気?」

「ちょちょいっと祈れば、簡単に払えるじゃないの」


 七人の聖女が揃って首を傾げると、口元を拭いながらもどかしそうに王子が言い募る。


「駄目だったんだ。シロナの祈りではとても防げなくて――彼女は瘴気にやられて死にかけている。それで僕がここまで来たんだ。もう動ける人間は、我が国にはほとんど……父上も、母上だって亡くなって……でも隣国に新たな聖女が現れたと聞いて、もしかしてレインかもしれないと、ここまで必死に」


 瘴気というのは、地の底から生ずるとされる淀んだ毒気のことだ。

 冥界から死者が嘆く吐息が毒を孕み、生を謳歌する人間の心身を害すものとされており……それを防ぐのは、聖女としての最も重要な役割である。


 レインは優秀な聖女だったため、一切の瘴気を問題なく退けてきた。しかし後を継いだシロナは、どうやらそうはいかなかったようだ。

 あの国に他に聖女は居ない。それで、一国の王子は護衛もつけずに隣国まで渡ってきたのだろう。

 レインはどう答えたものか戸惑ったが、両隣を囲む聖女達の目は険しい。

 目の前の人物が何者なのか、さすがに全員が気づいたようだった。


「王子様。あなたは都合の良いことを言っているわ」

「レインのことを偽の聖女だと追い出したのはあなたでしょう」

「身勝手すぎるわ。困った時だけ助けろなんて、レインの気持ちを蔑ろにして!」

「それは、そうかもしれないが……でも……」


 泡交じりの血を吐きながら、王子は掠れた声音で言い放った。


「僕は、シロナのことを――心から愛しているんだ」


 七人と、一人の聖女はポカンとした。王子が何を言い出したのか分からなかったのだ。


「彼女も僕のことを愛してくれていた。シロナが聖女の務めを終えた後は、僕らは国民に祝福され幸せになるはずだった。それなのにこんな酷いことになって……」


 七人の聖女が同時にレインを見て、首を横に振る。

 しかしレインの決意はそれで決まった。


「……分かりました、王子。私が国に戻りましょう」

「本当か!?」


 興奮した王子はまたしばらく苦しげに血を吐いた。

 その背中を擦ってやりながら、レインは言葉を続ける。


「ただし、瘴気を浄化した後はすぐさまこちらに戻ります。その後は金輪際、ここには来ないでください」

「あ、ああ。分かった、それでいい」

「それと最後に一つ」

「……な、何だ?」

「シロナ様のことを、守ってあげてください」


 王子は嗚咽を堪えながらレインの言葉に頷いた。


「では、まずは王子の傷の手当をしましょう。王子が死んだら、シロナ様が悲しみますから」


 七人の聖女はとうとう堪えきれずに涙を流した。レインの寛容さと美しすぎる横顔が、彼女達の心を打ったのだった。




 レインが国に戻り、祈りの儀を行うと、一日と経たず国を覆っていた瘴気は晴れていった。

 傷つき、苦しみ続けた国民達は、再び朝日が拝めたことに感謝の念を捧げた。だがレインの希望により、表向きは瘴気はシロナが晴らしたということで国民に伝わった。

 王子とシロナは、恩人であるレインに何度も頭を下げた。


「僕達と国民を助けてくれたことに本当に感謝しているよ。君にどうお礼したらいいか」

「レイン様、私はひどい誤解をしていました。あなたこそが本物の聖女だったのに、ああ、いったい何て謝れば……」

「レイン、僕達は君に償いたい。どうかこの国に残ってはくれないだろうか……?」


 それらの言葉にレインは笑顔で首を横に振った。

 それから傷ついた二人の頬に口づけをした。二人は泣き笑いしながらそれを受け入れていた。




 やるべきことを終えたレインはまた颯爽と隣国へと戻った。

 そこでは七人の聖女がお祝いの準備をしてレインを迎えてくれた。


「お帰りなさい、レイン!」

「ああ、待っていたわ私達のレイン!」

「本当はあなたについていきたかったのだけど、ごめんなさいね」

「私たちはこの国を離れられないものねぇ」

「今日はお祝いしましょうね、レイン」

「そう、お祝いよ。朝まで歌って踊りましょう」

「森の動物達も待ちかねているのよ」


 レインは目を丸くして訊いた。


「まぁ、何のお祝いですか?」

「もちろん、レインが我が家に帰ってきたお祝い!」


 レインは嬉しくなって一人ずつの聖女と抱擁を交わした。


「それとね。あなたが留守の間に、この国の王家の使者がやって来たのよ」

「えっ。王家の方が?」

「そうなの。どうやらあなたを、第一王子の花嫁さんにもらいたいみたいなの」

「私を花嫁に?」

「そうよ。あなたの気高い美しさは、今や我が国じゃ知らない人もいないんだからね」


 思いがけない幸運に、レインは顔を赤く染めた。


「私、こんなに幸せでいいんでしょうか……」


 そう呟くと、七人の聖女はにっこりと微笑んでくれた。


「もちろんよ! 可愛いレイン!」


 ……でも、と聖女の一人が首を傾げた。


「お隣の国ではどうして急に、人を殺すほどの瘴気が噴き上げたのかしら?」

「そうよね。聖女の祈りが弱いからって、そんなことになるなんて」

「私も不思議に思っていたわ。ねぇレイン、どうしてなのかしら?」


 そう訊かれたレインは、可愛らしく小首を傾げた。


「さぁ……」


 その数日後。

 凜々しく素敵な第一王子に娶られ、レインはいつまでも、幸せに幸せに暮らしたのだった。





































 レイン・ブラック――それが私の名前。


 私は幼くして王城へと連れてこられ、その日から聖女として務めることを余儀なくされた。

 毎日毎日繰り返し、何が何だか分からず祈りを捧げる日々。守るべき人々の顔も知らないのに、そんな誰かのために祈り続けてきた。


 そんなある日、私は王子に出会った。

 あの日の胸の高鳴りを、今でもよく覚えている。

 王子は私の手を取って、そっと口づけて……幼さの残る声でこう言ったのだ。


「可愛らしい聖女レイン・ブラック。君の祈りが、僕達のことを救ってくれているんだね」


 たぶん、一目惚れだったのだと思う。同い年くらいの男の子にそんな風に大切に扱ってもらえたのが、たまらなく嬉しくて。

 それからもレインは努力を続けた。守るべき人々の顔は知らないままだったが、王子の顔を思い浮かべると祈りの日々も辛くはなかった。

 やがて優秀な聖女であるレインは王子と婚約を結ぶことになり、レインはその日死んでもいいと思えるくらいに嬉しかった。


 しかし、あの日――そんな幸福は足元から崩れていった。



「偽物の聖女、レインめ。僕はお前との婚約破棄をここに宣言する!」



 ……何故、そんな酷いことが言えるの。


 今までどれほどの思いで国に尽くしてきたと思っている。

 今までどれだけの想いであなたを愛してきたと思っている。

 それなのにレインは裏切られ、捨てられた。必要ないと追い出されたのだ。

 その日、レインの心は決まった。


 王子に、この国に復讐をする。

 しかし、そう生ぬるい物では済まさない。自分を捨てたことを最悪の形で後悔させてやる。


 レインはまず城下町の大衆食堂に入り込み、そこでしばらく勤めることにした。

 その次は隣町に行き、しばらく滞在し、その次はまた隣町へ。

 何の興味もない景色を眺めながら、次々といろんな場所を転々とした。


 何故か? 理由は単純である。

 祈りの真逆――吐き散らす呪詛を、王国各地に効率よく広げるためだ。

 瘴気を呼び寄せる祝詞を鼻歌のように唱えながら、レインは国中を旅行した。


 もはやこの国にとってレイン自身が毒であった。

 分厚い聖女の皮の下に仕込まれた大量の呪詛は、もはや王城からシロナがどんなに祈りを捧げようと無意味なほどに強力だった。あるいはシロナがレインの行方を追っていれば、別だったかもしれないが。


 少しずつ地の底から沸き上がる瘴気に侵される人々の顔を眺めながら、レインは国を発った。


 行き先は最初から決めてあった。隣国の七人の聖女を頼るのだ。

 思った通り、七人の聖女の力は弱まりつつあった。人々の信仰は少しずつ、しかし着実に薄れていたのだろう。

 だから何をするにも、七人は一緒に行動しているに違いなかった。そのおかげで、レインが燃えるような憎悪に囚われていることに気づく者は居なかった。

 だが七人と過ごす日々は、思いがけずレインの心に平穏をもたらした。

 いっそこのまま、全てを忘れて暮らしてもいいかもしれない……そう思うほどに。



「た、た、助けてくれ! レイン!!」



 そんなことを考えていたとき、王子は再びレインの前に姿を現した。

 一年ほど前にレインが蒔いた種は見事すぎるまでに萌芽し、王子達を苦しめ蹂躙していたのだ。

 嘆き苦しむ彼の姿を見て、レインは確かに迷った。

 しかし――


「僕は、シロナのことを――心から愛しているんだ」


 迷いは、一瞬にして破壊し尽くされた。

 愛。愛している。

 愛しているなどと……レインは一度だって、王子に言われたことはなかった。


 むしろ彼は婚約してから、次第に遠ざかっていった。

 レインの耳にはひっきりなしに、貴族令嬢のシロナと親しくしているという彼の噂が入ってきた。

 この国では決して珍しいことではないと、レインも理解はしていた。もともと、強い魔力を持つ聖女を国に結びつけておくための婚約に過ぎなかったのだと。

 だけど、だけど……


「彼女も僕のことを愛してくれていた。シロナが聖女の務めを終えた後は、僕らは国民に祝福され幸せになるはずだった。それなのにこんな酷いことになって……」


 レインは眩しいものを見るように、彼の姿を目を細めて見つめる。


 ああ、それでこそ――最低で最悪な、私の愛した王子です。



 レインは望まれたとおり、彼の国と国民を救った。

 死人は大勢出たが、婚約者のシロナが一命を取り留めたので王子は大喜びだ。

 喜ぶ彼とシロナに見送られ、レインはまた七人の聖女が待つ森へと戻ってきた。

 なぜかというと、数年以内にお隣の国は、今度こそ瘴気に呑まれて滅びるからである。



 でも、王子。これが私の心からの愛なのです。


 花婿と花嫁の二人に残した呪いは、二人が神に誓うその日に噴水のように噴き上がることでしょう。

 その白いタキシードが真っ赤な血に染まり上がる日のことを――私も今から、楽しみにしていますね。






「……やっぱり、この絵本はボツね」


 レインは描き上げた絵本を読み返して、ふぅとため息を吐いた。

 近くの村の子供たちにおとぎ話をせがまれたので、ではこんな話はどうかと思ったが……我ながら子供への絵本向きではないだろう。

 レインは全てのページをびりびりに破いた。しかしそれでは足りないかと、念入りに魔法で焼き尽くした。


 そうしている間に、人知れず笑みがこぼれた。


「私が魔女(ニセモノ)だと気がついたのは、結局あなただけだったわね。本物の聖女シロナさん」








今回は童話チックな雰囲気を意識した短編を書いてみました。

好み丸出しの話になりましたが楽しい! 短編は思いついたネタで気軽に書けるのが良いですね。


普段は長編の悪役令嬢物を連載しております。下にリンクを貼っておりますので、興味がありましたらそちらもぜひ宜しくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【七人の聖女 コミカライズにてアンソロジー収録決定】
七人の聖女カバー
【単話配信中】え? 姉じゃなくて私が聖女だったんですか?
私が聖女カバー
【単話配信中】私は悪役令嬢だそうですので、婚約者は妹に譲ることにします
だそうですのでカバー

新連載→ 最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!
― 新着の感想 ―
[一言] うまい。
[一言] 前半が童話として編集した文章で後半が本音なんですね。 そしてキスした相手から呪詛が広がる… 正しく『口は災いの元』なんですね。
[一言] え、えええレインさん?レインちゃん!?表向きは優しかったのに…シロナちゃんは本当の…えええええ絵本は実話…?魔女っ、魔女…っレインちゃん…ブラックだぁ…(?)シロナちゃんのこと好きになっちゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ