①
ずるずると学校を休み続けて、三日が経とうとしていた。ベッドの上で漫画週刊誌を読みながら、すっかり耳なじみになった正午の時間帯のラジオをぼんやり聞いていると、どの放送局も数十分に一回の割合であの事件のことが話題に上る。扱わないのはきっと、NHKの第二放送と木場美沙緒の番組ぐらいかもしれない。ラジオがこれならテレビも同じ具合で、どのチャンネルをいじっても、ワイドショーにニュースに、この手の話か、内閣総辞職の懸念の話題ばかりでまったく面白みがない。ACのコマーシャル攻めになった春先といい勝負だ。
しばらくラジオをつけっぱなしにしていると、机でケータイ電話がぶるぶると震えた。近寄って発信元を見ると、弘之からだった。
「――もしもし?」
「おう、健壱。今、ヒマか?」
相変わらず、とぼけた調子の弘之の声に安心しながら、どうせ暇だよと返すと、
「それはいいんだけど、みんな心配してるぜ。――神崎が死んだ次に、健壱まで死んだらどうしよう、って、女子のやつらが怖がってるんだ」
「お、オレまで?」
予想だにしない答えに面食らっていると、弘之は声を細めながら、
「山浦がお前を気遣って、休んでる理由をハッキリ伝えなかったんだ。そのせいで、変な尾ひれがくっついちまってるんだよ……」
ただでさえ億劫になってた学校へ、ますます行きづらくなってしまった。
「……うわー、辛いなあ。どのツラ下げて学校行けばいいんだよ」
「知らねえよ。落ち着いたんなら、タイミングを見て早く戻って来いよ。健壱がいねえと、昼休みがつまんねえぜ。じゃあな」
言いたいだけ言ってしまうと、弘之は一方的に電話を切ってしまった。昔からそういうやつなのはわかっていたが、こんな時にこれをやられると、ちょっと癪に障る。
周波帯をAMからFMへ切り替えると、どこかの局でフュージョンジャズの特集を組んでいた。しばらくそれをBGM代わりに、懸賞コーナーの商品一覧をのんびり眺めていると、玄関先で呼び鈴が力なく鳴った。
「今行きまーす……」
と、のどの手前まで出そうになって、慌ててひっこめる。
――もしかして、外は取材の人でグッチャグチャ……?
恐る恐る、レースカーテン越しに道路の様子を確認する。無駄な心配だった。いつの間に来たのかわからない、黒い年代物の乗用車が一台、止まっているきりだ。
――いったい誰だ?
もしかするとハイヤーかなにかだろうとも思ったが、そもそもやってくるような親戚には心当たりがないし、それならちゃんと父さんから連絡がありそうなものだ。
「……行くか」
考えていても仕方がない。ひとまず、チェーンをつけた状態で出ることにしよう。
そっと階段を降りて玄関まで出ると、すりガラスのはまったドアの前に、二人分の人影が見えた。背丈はちょうど僕と同じぐらいだから、万が一変な絡まれ方をしても大丈夫だろう。
「……はい、どちらさまでしょうか」
ピンと伸びた鎖の真下からそっとのぞき込むと、紺のブレザーと、金ボタンがちょうど視界の真正面にあった。
「――こんにちは。突然お邪魔をして、申し訳ありません。高津健壱さんのお宅で、間違いありませんか?」
上品な声に思わず目線を動かすと、整った顔立ちの、さっぱりとした印象を与える少年が一人、そこに立っていた。
「は、はい。……僕が、高津健壱ですが、どちらさまで……?」
かがみ腰から普通の姿勢へ戻すのを待って、相手はポケットからアルミニウムの名刺入れを出して、一枚を僕のほうへと差し出した。白地に縦書きで記されていたのは、次のような名前と肩書だった。
私立探偵
(株)さつき探偵社 代表取締役
山藤悠一
「さつき、探偵社……?」
いったい、なんの冗談だろうと思った。私立探偵、しかも僕と同じ年頃の相手が……?
「――探偵長、こりゃあ、胡散臭いって風に思ってる顔みたいですね」
山藤悠一と名乗った相手の後ろから、音とトーンがそろって低い声が飛び込んできた。見ると、学生服を着たやや色黒の、どこか穏やかな、けれども根はやんちゃそうな顔立ちをした少年と目が――決して、敵意があるようなまなざしではなかったけれど――合った。
「こら、よさないか。すいません、お気を悪くさせて……」
「あ、いえ、そんなことは……。ちょっと待っててください、今、チェーンを外します」
そっとドアを閉めて、鎖を外すと、僕は来客用のスリッパを出しながら、
――この人たちは、悪い人じゃあなさそうだ。
新しいお茶っ葉をしまってあったっけ、などと呑気なことを考えながら、僕は二人を家に招き入れることにした。