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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第九章 十一月十七日~さらわれた健壱 意外なる真相~

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 救急車の中で毛布を被って暖を取っていた僕と佐竹のところへ、悠一さんと猫目さんが姿を見せたのは、石井さんとマスターの乗ったパトカーが学校を出て行ってから、数分ほど後のことだった。

「具合は悪くありませんか? よかったらこれ、飲んでください」

 差し出された缶コーヒーをお礼を言ってから飲むと、体の内側がゆっくりと温まってゆくのが分かった。

「――それにしても、ご無事で何よりでした。このカードが探偵社に持ち込まれてから、気が気じゃなかったんですよ」

 扉の隙間から投げた図書館の貸出カードを出してみせると、悠一さんはそれを僕の制服の胸ポケットへそっと差した。

「さっそく検問を仕掛けようと思ったんですが、相手がそんな簡単に捕まるようなやつとは思えない。そこで、誘導するような形で検問を行ったんです」

「誘導するような……?」

「ええ。おそらく、検問の情報を耳にしたら、犯人はそこから逃げようと進路を変えるはずだと思いましてね。で、そうやってどんどん進路を変えさせて時間稼ぎをしつつ、Nシステムで怪しい動きをする軽トラックを探していったんです。でもまさか、最後にここへたどり着くとは思いませんでしたね」

 そこまで説明してみせると、猫目さんが鼻の下を人差し指でさすってから、

「犯人は最初の現場に戻ってくるってぇのはマユツバだと思ってたけど、どうもそうとばかりは限らねえらしいですね。いい勉強になりましたよ」

「――しかし、この終わり方だけはなんとも、歯切れが悪い感じがしますね」

 そう言うと、悠一さんは救急車のボディに背を預けたまま、じっと月を見つめた。

「妬みが恨みを呼び、その恨みが三人を殺めた……。――学校の他に居心地の良い場所を見出すことが出来ていれば、そんなものは生まれなかっただろうし、こんな結末を迎えることもなかったでしょうね」

 加えて、猫目さんが不機嫌そうな口ぶりで、

「成績いい奴をいたぶって自分の点があがりゃあ、苦労しねえっての。だいたい、それが分かってねえ奴が多すぎるんだよ。それよりも、他になんか得意なことでも伸ばしたほうが、ずーっと人生楽しいと思うんだけどさあ、だーれもわかってくれないの。サビシイぜ」

 まァいまさらどうしようもねえけどさ、と、吐き捨てるように言うと、猫目さんは悠一さんの肩へ手をかけて、ひとまず、一件落着ですね、とねぎらいの言葉をかけた。

「――あとは警視庁との合同で、事件の総まとめをすりゃあオシマイです。これが済んだら、どっか温泉にでも行って、ハネ伸ばしましょうよ」

「そうだな……」

 これまで幾つもの事件を解決へ導いてきた二人の背中が、少しだけ哀愁を帯びて見えたような気がした。

「にしても、どえらい一日だったな。おかげでしばらく、夜歩き朝帰りは出来そうにないぜ」

 飲み終わったコーヒーの缶を手のひらで転がしながら佐竹が言うと、猫目さんが軽く肘鉄を入れて、

「これに懲りて、とっととまともな学生になれよな。オフクロさん、心配して警視庁まで来てるんだぜ」

「ま、マジっすか。――参ったなあ」

「なにが参ったな、だよ。こっちゃ事件を追っかけるのにてんてこ舞いだったんだぞ……」

 あんなに陰惨な事件が結末を迎えた直後とは思えない、和やかな空気がその場を包み込もうとしていた、その時だった。アスファルトを蹴り上げるような足音に目をやると、一人の巡査が息せき切ってこちらへ駆け寄ってきた。

「や、山藤探偵。たった今、二人を護送中のパトカーから連絡が入りまして……被疑者二名、降車の際に監視役の巡査から拳銃を奪って、自殺を図ったそうです」

 指から力が抜けて、缶コーヒーが地面へと落ちる。アスファルトの上に淡い茶色をした水たまりが広がってゆくのを、僕はうつむきながらじっと見つめていた。

 護送される間際に、僕の方を向いて彼女の発した言葉が思い出される。

 ――ごめんね、高津くん。ちゃんと、落とし前はつけるから。

 あれは刑を甘んじて受けるという意味ではなくて、自分で命を絶つという意味だったのか。どうして、そのことに気付いてやれなかったのだろう。

「それで、今二人はどこへ」

「最寄りの警察病院へ担ぎ込まれたそうですが、生死不明で……」

 耳鳴りのような音が意識を支配する中で、うっすらと悠一さんと巡査のやり取りが聞こえてくる。

「健壱さん、これから猫目と、警察病院へ行ってき――」

「……僕も、連れて行ってください」

 息をついて出た一言に、その場の空気がざわついたが、かくいう自分が一番驚いた。

「健壱さん、でも……」

「――確かに、人は殺したけど、クラスメイトに変わりはないんです。だから、だから……」

 感情が昂って、どんどん視界がにじんでゆく。そのうちに、悠一さんは僕の両の肩へ手を乗せて、

「行きましょう。……なんていったって、クラスメイトの一大事ですからね」

 いつもと変わらない、にこやかな悠一さんの顔に、とうとう涙腺が崩壊してしまった。ひとしきり泣くと、僕たちは一路、警察病院へ向けて出発したのだった。


 警察病院へついてすぐにもたらされたのは、脳幹へ銃弾を撃ち込んだことによる、マスターの即死の知らせだった。

「思い残すことがなかったのか、かなり幸せそうな死に顔でしたよ。――で、もう一人の方なんですが……」

「いったい、石井さんの容体はどうなんですか」

 薄暗い夜の病院の、手術室前の廊下で、僕は悠一さんや猫目さん、ついてきた佐竹と一緒になって、白衣姿の医者へ詰め寄った。

「……正直なところ、かなり危険な状態です。出血多量の状態で運び込まれて、今、輸血をしながらオペをしていますが、場所が場所なだけに、かなりリスクは高いですね」

「――まさか、心臓のそばにでも撃ち込んだんじゃありませんか」

 悠一さんの言葉に医者が目をそらす。

「元々、あまり体が丈夫ではないお方のようなので、手術がうまくいったとしても、明日の日の出を無事に迎えられるかどうか……」

 力の抜けた口ぶりに、僕や佐竹、猫目さんは険しいまなざしで医者をにらんだが、悠一さんはいたって平穏な顔で、目の前の現実を受け止めようとしているようだった。

 それから数分ほどして、廊下の奥から二人分の足音がけたたましく近づいてきた。見ると、関刑事と墨山警部補が、顔の至る所から汗を滝のように流しながらやってきたところだった。

「山藤探偵、ホシは……」

「今、手術中です。心臓の手前で弾丸が止まっているそうですが……」

 長椅子に腰を下ろしていた悠一さんの言葉に、墨山警部補はソフト帽を脱ぐと、隣に座って重い溜息を吐いた。

「マスコミに情報が漏れたらしくて、どえらい騒ぎになってる。三高事件犯人、逮捕さる、ってな具合で……」

「世間は怖がる側から、事情を覗き見る側へシフトチェンジってわけか。明日の新聞や、週刊誌は手のひら返しの論調になるんだろうなァ」

 壁に背中を預けながら、猫目さんが冷ややかな口調で愚痴る。もっともだとは思ったけれど、どういう反応をしたらよいのか分からず、ただ頷くより他なかった。


 それからどのくらい経ったのだろう。ブレーカーでも落ちるような音に振り向くと、それまで赤々と輝いていた「手術中」のランプが消えて、手術室の戸が静かに開いた。そこから現れた、緑の手術着のあちこちを真っ赤に染めた医師の姿に驚いていると、そのうちの一人がマスクを外して、

「――手術は成功です。朝になれば、麻酔が切れて目が覚めるでしょう」

 その後ろから出てきたストレッチャーの上で、石井さんが酸素マスクの内側をうっすらと曇らせているのに気付くと、僕と佐竹は互いの手を取り合ったまま、安堵感からその場にへたり込んでしまった。彼女が病室へ運び込まれ、無事にベッドへ入ったのを見届けると、僕たちは待合の長椅子へ腰かけて、関刑事の買ってきた自動販売機のお茶やジュースを選んで、めいめいのどを潤した。

「ひとまず、一件落着ってわけか。探偵長、よかったですね」

 猫目さんが額の汗をハンカチで拭きながら言うと、悠一さんは背もたれに体を預けたまま、ほんとうだ、と疲れ切った顔いっぱいに笑みを浮かべた。それからすぐに、緩めていたネクタイを締めなおすと、悠一さんは咳払いをしてから、

「関刑事、墨山警部補。お疲れのところと思いますが、プレス向けの対応を始めましょう。今の段階で公表できることを先に出しておかないと、あらぬ尾ひれがつきますから……。そちらで出来るところから、お願いできますか」

 それを聞いた二人は嫌な顔一つせず、わかった、と返事をしてから、該当する部署への連絡を始めた。しばらく、コーラの缶をつまんだままぼうっとその様子を眺めていると、悠一さんが僕や佐竹の方を向いて、

「健壱さん、佐竹さん。警視庁で親御さんがお待ちです。送っていきますよ」

「――じゃ、お願いします」

 事件の幕が静かに降りた夜のことだった。


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