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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第九章 十一月十七日~さらわれた健壱 意外なる真相~

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32/36

 まだ布団の中で眠っている父さんへ書置きを残すと、まだ暗い東の空を一べつして、僕は家を出た。午前四時半、まだ始発電車も出ていない時間帯だ。

 なんとしても、石井さんの無実を晴らさねばならない。山浦先生からの伝言を耳に入れなければならない――。そう思うと、居ても立っても居られなくて、こうして朝早くに家を出ることになったのだが、正直なところ、行く当てはまるきり見当たらなかった。

 仕方なく、誰もいない駅前のコンビニへ入って、出たばかりの漫画雑誌を立ち読みしていると、ポケットの中で携帯が二度、短い間隔で震えた。ポケットからはみ出たキーホルダーをつかんでそっと引き抜き、画面を見ると、佐竹からメールが届いていた。


件名・無題

 早くにごめん。六時までに、学校に来てくれるか?


 たったこれだけの文面では、何が言いたいのかわからない。しかたなく、いったいなにがあったんだよ、と返信をしておいたが、いくら待っても返事が来ない。そもそも、ちゃんと読んでくれたのかさえ怪しいものだ。

 五冊目の雑誌を読み終えた頃になって、うっすらと人の波が駅前に現れ始めた。東の空も明るくなってきて、ちょっとだけ、佐竹のことが心配になった。

 ――そろそろ、行ってみるか。

 電車の動き出したのを見計らってコンビニを出ると、そのままメトロの改札へ駆け込み、いつものように新宿行きの快速電車に飛び移る。バスターミナルへ着いたばかりの夜行バスから降りてくる、眠たそうな顔の乗客たちをかすめながら学校へ向かうと、また、ポケットの中で携帯が震えた。やっと連絡が来たのか、と期待しながら画面を見たのはよかったが、あいにく、届いたのはソシャゲーの広告メールだった。

 アテがはずれたまま校門の前まで来ると、また、ぶるぶると携帯が震える。今度こそと思って開くと、佐竹からまた短い文面で「裏門にいる」とだけ書かれたメールが届いていた。

 ――おかしい。

 根拠のない奇妙な勘が、ローファーを履いた足を一歩、校門の前から退かせた。校舎の時計の差す時刻はまだ五時半過ぎ、約束にはだいぶ間がある。ちょっと、早すぎるような気がしたのだ。

 だがそれと同時に、もしかしたら夜遊びの帰りなのかもしれない、という佐竹らしい理由も浮かんできて、しばらく考えているうちに、とうとうそちらの方が勝ってしまった。それなら納得も行く、大した用事じゃなければ、その辺の喫茶店かハンバーガーショップで朝めしをおごってもらうのもいいな……と、僕は呑気に口笛を鳴らしながら裏門へと向かった。

 最初の事件以来、侵入経路と目された裏門には厳重な警戒が施してある。鎖で二重に巻いて、その上からビニールシートをかぶせたせいで、まるであそこが殺人現場のように見えるのが、生徒の間で不評だった。校舎の外周沿いに回って、その裏門へ出たが、肝心の佐竹の姿は見当たらない。ただ、どこにでもあるようなコンテナ付きの軽トラが一台止まっているきりだった。

 どこかのコンビニで用でも足しているのかな、と、勝手に考えながらコンテナへ背中を預けると、運転席の方から物の落ちる音と、もがくようなうめき声が上がった。慌てて窓ガラスを覗き込むと、帽子をかぶった白髪頭の運転手が、うつむいたまま胸元を押さえて苦しんでいる。

「おじさん、大丈夫ですか!」

 とっさにドアノブへ手をかけて、車の中にいる運転手へ手を差し伸べた、その時だった。いきなり胸ぐらをつかまれたかと思うと、喉ぼとけの辺りで青い光がまたたき、目の前が暗幕をおろしたように黒くなってしまった。


 それからどのくらい経ったのだろう。小刻みにゆすぶられていた体に、いきなり殴られたときのような衝撃が加わったのに目を覚ますと、耳へなじみのある声が飛び込んできた。

「高津、ダイジョブか?」

「佐竹? 佐竹なのか?」

「ああ、オレだよ。」

 明かりのない、いやに狭い空間の中で目が慣れるまで待っていると、ぼんやりと佐竹の顔が視界へ姿を見せた。そして、どうやらこれが軽トラックの貨物室の中らしいと気付くと、僕はあの時助けようとした運転手が一枚噛んでいるとわかって、悔し紛れに舌を鳴らした。

「――おい、いったいどうなってるんだ」

「わかんねえんだ。夜遊びの帰りに学校へ来て、一杯ひっかけたノリでぶらぶらしてたら、いきなり頭を殴られてよ。まだズキズキしあがる」

「なんだって。じゃ、このメール、お前が打ったんじゃ――」

 携帯を出そうとして、ポケットの中に何も入っていないことに気付くと、血の気がさっと引いてゆくのがわかった。

「佐竹、ひょっとしてお前、携帯をとられてやしないか」

 僕の質問に佐竹は一瞬ぎょっとしたが、上着のポケットを漁ってから安心したような顔で、

「よかった、こっちのは無事だぜ。これで警察を呼べば――」

 そう言いながら、スマートフォンのロックを解いて、電話をかけようとした佐竹は、失意のどん底へ落とされたような表情でこちらを向いた。

「やられた、SIMを抜かれてる。これじゃ、電話ができねえ」

「なんだって――」

 佐竹からスマートフォンをひったくると、確かに画面の右上に、「通信がありません」というマークと、SIMカードらしいアイコンにバツ印がかかっている。

「――全部の退路が断たれちまったらしいな」

 バックライトのぼんやりとした光で、すっかり諦めのついた佐竹の顔が明るみになった。

「なあ、高津。オレ達どうなっちまうんだろうな。このままどっかの山奥で、バラされちまうのかな」

「おいよせよ、縁起でもない……。でも、このまま何にもしないでボーッと構えてると、そうなるかもしれないな……」

 しばらく、じっとお互いの顔を見あってから、僕と佐竹は盛大なため息をついた。そこで初めて、蛍光塗料を塗った腕時計の針が目に入って、ちょうど今が十時過ぎらしいことに気付くと、空腹と疲労感が一気に押し寄せてきた。

「佐竹、なんか食べるものなんて持ってないか。オレ、朝めし食べてなくて……」

 すると佐竹は、ちょい待ち、と言って、教科書が入っているのかすら怪しい鞄を漁ってから、カロリーメイトとキャラメルの入った箱を僕の方へ差しだした。

「やるよ。パチンコの景品なんだ」

「ったく、悪いやつだなあ。――ありがたく、いただくよ」

 封を切ってカロリーメイトを放り込むと、乾いていた口の中へじんわりと生唾が染みてくるのがわかった。

「よっぽど腹が減ってたんだな」

「まあね。始発に乗ろうとして、早々家を出たから……」

 手の甲で唇を拭いながら言うと、佐竹は不思議そうな目で、なんか部活に入ってたっけ? とこちらを覗き込む。

「いやさ、ちょっと気になることがあったから、居てもたってもいられなくなったんだよ。――まあ、今はすごく後悔してるけど……」

「オレもだ。なんとなーく、軽いノリで夜の遅くまで遊んでたら、このザマだ。つっても、家に戻ったら戻ったで、お袋が疲れた顔して寝てるだけだから、辛くってさ……」

 今まで見たことのない、いやにしんみりとした表情の佐竹に、なんとなく察しがついた。どうやら、家庭の事情がややこしいようだった。

「――帰る家がそうだと、大変だね」

「……しゃーねえよ、家は選べないから。だから、今を精一杯、楽しんでるってワケさ」

「パチンコしたり、お酒を飲んだりするコトがかい?」

 ちょっと聞き方が悪かったような気もしたが、佐竹はなんとも思わなかったのか、痛いとこを突かれちまったな、と豪快に笑っただけだった。

 あとから佐竹が取り出した板チョコを食べ終えた頃、トラックの速度が緩やかに落ちて、前のめりになるのがわかった。どうやら、高速道路から普通の道へ乗り換えたらしい。

「そろそろ、どこを通ってるかわかるんじゃねえか。高速じゃあ、周りの音が分からねえけど、町ン中なら楽勝だぜ」

 チョコレートの銀紙を手で丸めながら、佐竹が余裕しゃくしゃくといった態度で、壁へ頭をあてた。同じように、僕も反対側の壁へ耳を近づけてみた。が、通り過ぎる車の音、信号の音はどこも同じようにしか聞こえなくて、判断材料としては乏しすぎる。

「ちきしょう、せめて外が見えれば楽なんだけどよぉ……」

 普通ならちゃんと運転席が見えるようになっている小窓は、あちら側からガムテープでふさいであって外の様子を伺うことが出来ない。

「見えないってのがこんなに辛いとは思わなかったぜ。これじゃあどこをどう走ってるのかわかりゃしねえ」

「本当だよ。高速を降りたら、なにかわかると思ってたけど……」

 愚痴を言いあいながら、壁から耳を離していたところへ、思いがけない音が飛び込んできた。

 いつも学校で聞いているものの何倍も大きい、年季の入った鐘から鳴り響くウェストミンスター・チャイムの音色――。

「ここ、銀座だ!」

 腕時計へ目をやると、ちょうど正午になったばかりだった。どういうルートを経たのかまではわからなかったが、東名道から銀座へ下りて、四丁目のあたりをうろついているのは確かだった。

「おい、確か銀座って言うと、探偵社のビルがないか」

「そうだよ! 佐竹、ちょっと待っててくれ」

 きっと探偵長なら助けてくれるはずだ。このわずかな望みにすべてを託そう。そう思い立つと、僕は区立図書館のカードを財布から取り出して、マジックペンで次のようなメッセージを書き添えた。


 これを拾った方は銀座のさつき探偵社までお届け願います。


 探偵長へ。軽トラックの中に押し込められてます。佐竹もいます。   高津


 時報が鳴り終わらないうちになんとか書き終えると、僕は扉に体重を目いっぱいかけて、うっすらと空いた隙間から、カードを外へ落とした。

「高津、今、何をしたんだ」

「SOSを送ったんだよ。――一か八か、誰かが拾ってくれるのを待とう。これでだめなら、死を覚悟するしかないよ」

 佐竹は目を見張り、ゆっくりと喉を鳴らして息を呑んだ。

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