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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第八章 十一月十五日~疑惑の中の旅立ち~

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 悠一さんの帰社を待って行われた佐竹の聴取は、事件の捜査に大きな足跡を残す形となった。まず、佐竹自身が第三の事件の被害者・田代と昨夜遅くにゴールデン街の深夜喫茶で会合のために会っているということ。そして、ここまでの見立て殺人の被害者となった三人が東学連の幹部格であり、彼らを含めたメンバーの指示によって佐竹のような下っ端が動いていたこと。さらには、その三人がそろって同じ学習塾に籍を置いていたということが明るみに出ると、悠一さんは渋い表情を見せてから、猫目さんに塾への問い合わせを行うように命じた。

「――いや、佐竹さん、よくぞ話してくださいました。おかげで、真犯人の逮捕まであと一歩、というとこまで近づけましたよ。ときに、あのお三方が狙われるような理由に、心当たりはありませんか」

 テープレコーダーを挟んで向かい合わせに座ると、悠一さんは手を組んだまま、じっと佐竹を見つめた。佐竹は言いたいことを洗いざらい吐けたおかげか、かなりリラックスした様子で、

「そういや、ちょっと小耳にはさんだことがあるんだけど……あの三人が発案して、ずいぶん大掛かりなヤマを張ったことがあったらしいぜ」

「大掛かりなヤマ……?」

 悠一さんの隣に控えていた仁科さんが首を傾げると、佐竹はそれがよう、と前置いてから、

「なんでも、オレたちにとって脅威になりそうなやつをちょっといたぶって、おとなしくしちまおうってハラだったらしいんだけど……あんまり乗り気じゃなくって、オレはなんにも噛んでないんだ」

「――脅威になりそうな、っていうのは、組織の運営にとって? それとも、企画をしたあの三人にとって? どちらかわかるかな……」

 手帳を片手にメモを取っていた悠一さんの問いに、佐竹は手を宙へ上げて、わからない、というジェスチャーをしてみせた。

「これ以上は、もうオレから言えることはねえよ。サツの不良狩りで、ずいぶん知ってるやつがいなくなってるから……」

「――ま、君の余罪はいずれ明るみに出ると思うが、捜査協力の功を認めて、警視庁も多少は大目に見てくれるんじゃないかな。過剰な期待は禁物だけど……」

 そこまで話を終えると、悠一さんはテープレコーダーを止めて、電話をかけていた猫目へどうだった? と声をかけた。

「――いやあ、ビンゴでした。飛び級をしていた神崎や田代と一緒に、村山も、同じクラスに籍を置いていたようです。集合写真と名簿を送ってもらえることになりましたよ」

「そうか……。なにかわかることがあるかもしれないから、いちおう調べてみよう。仁科くん、佐竹さんをうちの車でお送りしてくれ。ひょっとすると、犯人がそこら辺をうろついているかもしれないからね……」

 悠一さんが心配そうな表情を浮かべると、佐竹もつられて不安な顔色になった。それは、田代の手配したボールペン型の飛び出しナイフを銃刀法違反の角で没収されたせいでもあったが、自分があの連続殺人鬼の歯牙にかかる可能性があることを極端なまでに恐れているのが大きかった。

 佐竹が部屋を出たのを見送ると、残された僕は、悠一さんと猫目さんへ、第三の事件の現場の様子を詳しく尋ねることにした。

「やっぱり、あの小説通りの見立てで殺されていてね。右足を荒縄でくくって、ニレの木の太い枝から逆さづりさ。直接の死因は出血多量による失血死なんだが、その原因を作ったのが、これとおなじ型のナイフでのめった刺しなんだ。かわいそうに、服の上からわかるほどの刺し具合でね、遺体の下にどす黒い血だまりが出来てたよ」

 佐竹の残したナイフの刃を出したり引っ込めたりしながら、悠一さんは犯人に対する憎悪の情をありありと目に浮かべている。

「それにしても、ここまで証拠がそろっているのに犯人が分からないっていうのは、どういう了見なんでしょうね。なんとなくでも、身内にゃああいつが犯人なんじゃないか、っていう見当がつきそうなモンですけど……」

「そこを調べるのが、オレたち探偵の仕事なんだ。――それより例の写真、まだ届かないのか」

 悠一さんが録音テープをケースへ入れながら聞くと、猫目さんは手を打って、

「ああ、あれですか。さっき、ゆうパックの追跡をしてみたら、もう銀座本局へ着いてるようですよ。それこそ、噂をしてたらそのうち届くんじゃないですかね」

 例の写真、という言葉に、ひょっとして例の文芸誌の記事のことじゃありませんか、と声をかけてみると、

「ええ、そうなんです。元のデータがすぐに見当たらなかったそうなんですが、紙焼きにしたものが残っていたそうなので、それをお願いしたんです。さすがにあの印刷じゃあ、いくら目を凝らしたってわかりませんからね……」

 確かに、あの粗い印刷ではだれが写っているのか判然としない。ここはひとつ、大元の写真が届くのを待ってみることにしようと、しばらく探偵長室のソファへ腰を下ろしながら、コロンバンのアップルパイを相方に紅茶を楽しんでいると、ノックの音に続いて、佐竹を送ってきたらしい仁科さんが、大判の封筒二通を片手に、部屋へ入ってきた。

「今そこで、バイク便と郵便カブのお兄さん方から受け取ってきたんですが、例の写真とかじゃありませんか」

 その一言に、悠一さんはソファから離れて封筒を受け取り、乱暴に封を切ると、中身を机の上へ広げた。

「なるほど、これだけ鮮明なら大丈夫だ。――健壱さん、ひとつ見てはもらえませんか」

 文芸同人誌「さくら」の座談会の模様を写した写真を手に取り、一つ一つ、それこそ穴が開くほどにじっと見つめながら調べているうちに、ある写真に目が留まった。

 それは、本誌にも載っていた住田さんを写した写真で、あの荒い印刷などと比べ物にならない鮮明さで、生前の彼女の屈託のない笑顔がとらえてあった。だが、問題はその隣に写っている、誰だかわからないままだった付き添いの友人にあった。

 フラッシュを強めに炊いたせいでかなり白飛びを起こしているが、なんとか人相の判別はついた。どこかけだるげな瞳に白い肌、そして、肩で切りそろえたボブヘアの黒髪……。

「ゆ、悠一さん!」

 隣に写っていた付き添いの友人の正体に気付いて大声を上げると、悠一さんたちが何事かと僕の方へやってきた。

「あっ、この写真……。たしか、当日いらしていたという、付き添いの方でしたね。やっぱり健壱さん、お心当たりがあるんですか」

 心当たりがあるどころの話ではなかった。つい数時間前、僕はこの少女と話し、お茶を飲み、特急列車へ乗り込むのを見届けてきたばかりではないか――。

「ゆ、悠一さん、この子、今朝がた会って来たばかりなんですよ」

「なんですって、で、今はどちらに……?」

「それが今朝、上野駅で高崎行きの特急へ乗り込むのを見送ってきたんです。だから……」

 体の至る所から力が抜けて、血の気が引いてゆくのが分かった。写真の中で、住田茉理の隣で微笑む石井留美の顔が、今朝見た姿と重なって、しきりと脳裏に瞬いた。


 上野・水上間沿線一帯の探偵社支部に、捜査員の派遣命令が出されたのはそれから間もなくのことだったが、正直なところ、石井さんが見つかるとは思えなかった。

「列車が上野を出たのが六時半。乗り換え地点の新前橋へ着くのが七時五十八分。で、そこから先、上越線の鈍行が出るのが三十七分後の八時三十五分、到着は四十八分後……。午前のうちには水上駅のホームへ降り立っていることになるけれど……」

 ポケット判の時刻表へ赤鉛筆を走らせながら、悠一さんは乗り換えなどを含めたルートを推察している。その隣では、天眼鏡を握った猫目さんが、塾から送られてきた集合写真と名簿、そして例の同人誌の編集部から送られてきた、石井さんと住田さんのツーショットをしきりににらんでいた。

「――やっぱり、こりゃあ同一人物ですよ。どうやら、石井留美という少女が、今度の事件において重要なウェイトを占めてんのは間違いないようですね」

 手招きされて近づくと、猫目さんは僕の手に、座談会の写真と塾の集合写真を天眼鏡ごと握らせた。しぶしぶ、レンズ越しに集合写真のほうを覗き込むと、いやおうなしに亡くなった三人、そして、石井さんと住田さんの顔が右の眼へ飛び込んできた。

「ね、写ってるでしょう。――しかしまあ、因果なもんですねえ、第三の事件の起きた朝、群馬に向けて出立したって言うのが……」

「猫目さん、あなたまさか、石井さんが犯人だって思ってらっしゃるんですか」

 少し力んで声をあげると、猫目さんはぎくりとした目でこちらを向いて、

「そ、そんなつもりで言ったんじゃありませんよ! ただ……」

「ただ……なんだっていうんですか。言ってみてくださいよ」

「ただ、犯人とまではいわなくても、重要参考人であることには変わりはないだろうなあ、と思うんですよね、彼女……」

 重要参考人。少なくとも、その肩書だけは免れないだろう。田代の殺害時刻は昨晩十一時前後という話だったから、仮に彼女が犯人だったとしても、不可能ではないわけだ。

 だが、そうなってくると一つ腑に落ちないことがある。そっと身を隠せばいいものを、どうして彼女は僕へ荷物持ちを頼んで、わざわざ上野駅まで見送りに来させたのだろうか。

 まあいい、いずれ鉄道沿線の支部や警察が、なんとか彼女を見つけ出して、真実を明らかにしてくれるだろう。それまではただ、連絡を待っているのが一番安全なはずだ。

「悠一さん、僕、そろそろ帰りますね。なんだか、疲れちゃって……」

 帰り支度をしながら声をかけると、悠一さんは手を止めて、無理もありませんよ、と温かいまなざしをこちらへ向けながら、

「朝から事件に一枚噛んでいたら、そりゃあ疲れもしますよ。――これ以上は毒になりかねませんから、お送りしましょう」

 ネクタイを締めなおしてソファから立ち上がると、悠一さんは車のキーを右手の人差し指へからげ、僕の背中を左手で押しながら部屋を出た。

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