③
家の前で車を降りて、二人にお礼を言うと、僕はもうろうとした意識のまま、明かりのついていない家の鍵を開けて、部屋のベッドの上へ倒れ込んだ。机の上にラップにくるんだおにぎりと、インスタントのカップ味噌汁が魔法瓶と一緒に置いてあったが、とても食べるような気分にはなれない。
正直なところ、裏切られたような気分だった。
ある日突然、平穏な日常に幕を閉じる羽目になったと思っていた神崎の人生に、どこか後ろ暗い事情が隠れていたという衝撃は、あまりにも大きすぎた。
神崎が不良グループの関係者……?
あの、いつだってほほえみを絶やさなかったあの神崎が、あんな野卑な奴らと一緒に……?
信じられない、というよりは信じたくない、と言った方が正しかった。うつぶせになったまま、枕へ顔を沈めるうちに、だんだん鼻先が湿ってゆくのが分かった。
――神崎。きみはいったい、何をしていたんだ……?
尋ねたところで答えてくれるわけもない。そんなことはわかっている。それでも、僕はそう思わずにはいられなかった。
それからしばらく、枕を濡らしながらうつぶせになっていると、制服の上着へ入れっぱなしになっていた携帯が震えだした。そこで初めて、今の時間が十一時過ぎであることに気付くと、ポケットをあさって、発信元も確かめないまま電話へ出た。
「あ、高津くん? ――こんな時間にごめんなさい」
電話の相手は、石井さんだった。そういえばこの前、学校をさぼった時に連絡先をもらったのだった。
「いや、大丈夫だよ。で、どうかしたの?」
「実は、高津くんにお願いがあるの。――今度の土曜日の朝、早い時間になるんだけど、上野駅まで一緒に来てもらえないかしら」
「上野駅? どっか、出かけるの?」
僕の問いに、石井さんは少しためらったような息遣いを電話越しにしてから、
「そうなのよ。本当は、先生の口から発表してもらう予定だったんだけど……。わたし、しばらく休学することになったの」
「休学……」
なにかあったの、と尋ねるのは野暮な気がして、そうなんだ、と軽く受け止めると、石井さんもそれで安心したのか、
「でね、しばらく群馬の親類のところへ身を寄せることになったんだけど、荷物が大きくなりすぎちゃって、一人じゃ運びきれないのよ。それで、運ぶのを手伝ってほしくって……」
「なるほど、そういうことだったのか。いいよ、別になんの予定もないし」
断る理由も見当たらないので、簡単にOKを出すと、石井さんはいきなりごめんね、と丁寧な口調で詫びるように感謝の念をこちらへ伝えてきた。
「詳しいことは明日、学校で話すわ。じゃあ、今夜はこれで……」
電話が切れると、僕は放り投げたままの鞄を手に取って、明日の時間割を見ながら教科書やノートを詰め込みだした。石井さんの声を聞いたおかげで、さっきまでの暗い気持ちが少しだけ楽になったのはありがたいことだった。
明日の支度を済ませ、パジャマに着替え、ふと、ラジオでも聞いてから寝ようとスイッチへ手を伸ばすと、また携帯がぶるぶると震えだした。見ると、今度は「メールあり」という表示が、青白い光を放ちながら輝いている。
――予定に変更でも出来たのかな。
石井さんだろう、と見当をつけてメールを確認すると、送り主は悠一さんだった。件名には「今日はお疲れ様でした」とあって、添付ファイルと一緒に、少し長いメールがしたためてあった。
件名・今日はお疲れ様でした
高津 さま
山藤悠一です。今夜はご友人方共々、いきなり警視庁へとお連れする形になってしまい、申し訳ありませんでした。本来、日を改めてご連絡すべきところではありますが、急を要するため、写真を添えてメールをお送りさせていただきます。
本日の午前中に、先だってお訪ねした九州在住の元編集者の方から、生前に住田さんが参加されていた都内の文芸サークルが発行している同人誌「さくら」の献本が何冊か送られてきたのですが、その中にある人物を写した写真があることが判明いたしました。
と、いいますのは、ある号に住田さん達同人による座談会の記事が載っているのですが、彼女の付き添いということで参加されたご友人の方がほんの少しだけ、写真の隅に写っているのです。どうやら時期から見て、第三高校の生徒さんと見て間違いないようなのですが、今度の事件の解決につながる手がかりをそのご友人がお持ちでないとも限りません。
予算の関係のため、あまり鮮明な印刷ではないとのことですが、もしこの写真に写っているお方に心当たりがありましたら、お手数ですが探偵社かわたしの携帯電話までご一報をいただければと思います。
山藤 拝
追伸
同時進行で、「さくら」の編集部へ写真の原版を貸し出してもらえるよう交渉を行っております。お心当たりの方の写真がありました場合は、ページ数と何行目にあるかを添えて、折り返しご連絡をいただけると幸いです。
事件に関係があるかもしれない人が写っている――。その言葉に少し胸の奥がざわめくのを覚えながら、添付ファイルを開く。すると、確かに不鮮明な、それこそ学級だよりといい勝負の刷り具合をした座談会の記事が、見開きで写してあった。
なんとか十字キーを動かして、端の方から拡大しながら文章と写真へ目を通してみたが、該当する箇所に写っているのがそもそも住田さんなのかも怪しいレベルで困ってしまった。
ただ辛うじて分かったのは、住田さんの左隣に写っているその付き添いの友人というのが、肩の手前で切りそろえたボブヘアをした女の子らしい、ということぐらいで、顔の辺りが白とびを起こしているせいで、その他の人相の区別はまるでつかなかった。
――せめて、元の写真があれば早いんだけどなあ。
携帯を机の上へ置いて、部屋の明かりを消すと、僕はそのまま、冷えた布団の中へ潜り込んだ。




