④
住田茉理と知り合った経緯を話し終えると、僕はワイシャツの下がすっかり汗で湿っているのに気付いて、ブレザーを脱いでソファへとかけた。悠一さんと猫目さんはしばらく、僕の方を向いて黙り込んでいたが、ローテーブルの上に置いたカセットレコーダーを止めると、深々とため息をついた。
「どうやら、あの小説と今度の事件とのつながりは、かなり濃密なもののようですね」
悠一さんはカセットテープをケースへ入れると、机の引き出しへしまい込んでから、部屋中に充満した熱気を逃がそうと、窓を開け放った。
銀座のビルの合間をただよう風が、僕たちの髪を撫でつけるように部屋の中を吹きまわった。おかげでいくらか体の熱が抜けていったのはよかったが、今度は逆に体がうっすらと冷えてきてしまった。
「もともと住田さんがいた学校と、事件が起こった学校が同じ第三高校であるとなると、今度の事件は広域調査ではなくて、彼女が元いた場所、つまり、高津さんの周辺を探った方が早いかもしれませんね」
自信満々に語る悠一さんを横目に見ながら、僕は事の動きの早さについていけず、ただただ戸惑っていた。
悠一さんの言葉を額面通りにとってしまえば、僕の知っているやつが犯人かもしれない、ということになる。ただでさえ、学校中の空気が悪いのに、こんなことが明るみになったら、とんでもないことになってしまう。
「でも探偵長、そうなってくるとアレはどうなるんですか。ほら、神崎さんの殺害現場から見つかったあのバッチ。鑑定書だと、バッチに付着してた繊維は制服のものと完全一致、ってことだそうじゃありませんか。しかも、神崎さんが着ていたブレザーのフラワーホール下に、あきらかにバッチがはまっていたようなひっかき傷が見つかったし……」
猫目さんの指摘に、悠一さんはそれが問題なんだよ、と、不機嫌そうな顔をしてみせた。
「そうなってくると、あのバッチはいったいどういう意味を含んでくるのか。それがわからないことには、学校内部に犯人がいる、っていう見立てもまだまだ脆いしなあ」
まだまだこの事件には追及の余地があるらしい、と、二人の顔を見ながら腕時計へ目を落とした時だった。けたたましい音を立てて悠一さんのデスクの上で黒電話がなったので、慌てて受話器を取ると、
「探偵長、捜査一課の関刑事からお電話です。――あら、もしもし?」
「悠一さん、外線です。関刑事からですよ」
交換手の声に驚いて、送話口を押さえたまま呼びかけると、悠一さんは一瞬ぎょっとしてから、
「えっ、関さんから……?」
僕から受話器を受け取って、繋いで、と交換手へ命じると、悠一さんは送話口を握りしめた格好で、デスクの上を指で小突きながら相手が出るのを待った。関刑事のいる捜査一課とつながると、
「あ、もしもし、山藤です。……ええ、昼過ぎに。科捜研からの鑑定書もいただきました。……えっ、ちょ、ちょっと待ってください。それ、本当ですか? ……なるほど、そういうことでしたか……。わかりました、すぐに向かいます」
乱暴に受話器を置くと、悠一さんは鼻息荒く、
「猫目、出かけるぞ」
「なんかあったんですか」
猫目さんが尋ねると、悠一さんは拳銃の手入れをしながら、
「ほら、さっきニュースで、渋谷で風営法違反の一斉摘発があったって言ってただろ? ――あれの現場で、例のバッチが箱入りで見つかったんだそうだ」
「それ、来る前に電光ニュースで見ましたよ」
あの速報が一連の事件に関係があるとは思わなかっただけに、僕を襲った衝撃はかなり大きかった。
渋谷と言えば、神崎を最後に見かけた場所でもある。いったい、あの場所に何があるというのだろう?
「悠一さん、僕もついて行っていいですか」
好奇心が抑えきれずに、同行したい旨を伝えると、いつもなら二つ返事でOKを出す悠一さんが今日に限って、
「ごめんなさい、今夜はちょっとダメなんです。――最寄りの駅までお送りしますから、ひとまず一緒についてきてください。猫目、拳銃持ったか」
「ええ、持ってます」
そこで初めて、二人の顔が今まで見たことのないような険しい表情であふれていることに気付くと、僕は意思をひっこめて、探偵社を後にした。




