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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第六章 十一月十一日~忘れられた同級生~

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 悠一さんが九州へ発ってから、四度目の朝が来た。ベッドから体を起こしてカーテンを引くと、雨の混じった風がガラスをしきりに打っている。晩から降り始めた雨は、未だに止む気配がない。

「――健壱、起きてるか」

 ノックの音にドアの方を向くと、背広姿の父さんが顔をのぞかせて、

「昨日言い忘れたんだが、ちょっと今日は帰りが遅いんだ。あんまり寄り道するなよ……」

「わかった。じゃ、気を付けて」

「おう、行ってくるよ。弁当、台所に置いてあるからな。じゃあ……」

 階段を降りる音、玄関のドアが開く音を見送ると、制服に着替えて、学校へ行く支度を始めた。

 朝食をさっと済ませて、出がけに郵便受けの中をのぞいた時だった。ふくれた大判の茶封筒に気付いて宛名を見ると、マジックペンの角ばった字で「高津健壱様」と記してある。

 差出人のところには「山藤悠一」とあった。

「なにかあったのかな……?」

 まだ時間があったので、居間へ舞い戻って包みをはがすと、中からカバーのかかっていない、クリームがかった色味の表紙をした新書判の本が転げ出た。

「――!」

 思いがけず目を落としたタイトルには、明らかに見覚えがあった。

 悪魔さま登場す。

 法条さんの発見した、事件の下敷きになっているらしい小説のことだが、まさか、こうして一冊の本になっているとは思わなかった。

「どういうつもりだ……?」

 慌てて、本と一緒に座卓の上へ飛び出した西洋封筒を破ると、丁寧な筆致の、悠一さんからの手紙が入っていた。


拝啓

 日に日に寒さの険しくなる昨今でありますが、高津様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。まずは、九州へ旅立ってからただの一度も連絡を入れず、ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。こちらは東邦書店ノベル部門の元編集者・小山田氏から当時の事情や作者に関する情報を得ることが出来、大いなる収穫を得て東京へと戻ることが出来そうです。

 さて、同封いたしました「悪魔さま登場す」の単行本にさぞや驚かれたことかと思われますが、これは二十数冊、テスト版として印刷された中から数冊を捜査資料としてご提供いただいたものの一冊です。高津さんからもご意見を伺いたいと思い、お送りさせていただいた次第です。

 仔細はまた、東京へ戻ってからお話したいと思います。近いうちに、また探偵社のほうまで遊びにいらしてください。短文乱筆失礼、では。

                        平成二十三年十一月 博多市にて 山藤悠一

                                          敬具



 ご意見を伺いたいこと……?

 いまいちピンとこなかったが、こうやって本が一冊手元に転がり込んできたおかげで、いい暇つぶしを手に入れた。戸棚の上にストックしてある包装紙の束から三越の紙を抜き取って、ブックカバー代わりに本をくるむと、僕は忘れ物がないかを再確認して、玄関を出た。

 午前の授業が全て終わって、件の新書を片手にのんびり、箸を弁当箱と口の間で往復させていると、デザート代わりにクリームパンをかじっていた弘之がこちらへやってきた。

「三越なんて本屋、あったっけ?」

「――これ、有り合わせなんだよ。新書なんて買わないから、こういうサイズのカバーがなくってさ」

 紐の栞を挟んで、左手で本を振って見せると、弘之はなるほどねえ、とひとり呟いてから、食べ終えたパンの包み紙を丸めてゴミ箱へ放り投げた。

「読書の邪魔しちゃ悪いな。ちょっと図書館でも行ってくるわ」

 弘之が内履きでべたついた床を踏んで、教室を出て行ったのを見送ると、改めて僕は、手元の小説へ意識を集中させた。

 「悪魔さま登場す」という小説は、いじめられっ子の主人公の女の子が、偶然手にした呪いの秘術書を片手に呼び出した妖魔「悪魔さま」とともに、今まで自分を不幸にしてきた人間に復讐を果たし、同じように苦しめられてきた友人たちをどんどん助けてゆく……という筋書きで、どこか少女漫画っぽい雰囲気の作品だった。小学生の頃、益美から勧められて少女漫画を借りていたことがあったから、こういうタッチの作品に抵抗はない。

 だが、作中で起きている復讐の方法が、ここまで起きている事件と同じ方法で、そこだけはどうしても、軽い気分で読み進めることが出来なかった。

 それに加えて、主人公がいじめっ子へと手を下すときに戸惑いのようなものがないところが気にかかった。こういう時はわずかでも、自分の行いに対する躊躇のようなものがあってもよさそうなのだが、それらしいものは微塵もない。そこだけがうまく飲み込めないまま、第二章を読み終えてから、本を引き出しの中へと放り込んだ。

 悠一さんがこれを送ってきた意図がいまいち読めないが、いい暇つぶしにはなった。それにしても、ここまで手の込んだテスト版を作っておきながら、どうして書店に並ばなかったのだろうか――?

 いくら考えても、答えが見当たらない。

「――まあ、いいか」

 ひとまず悠一さんの帰京を待つことにしよう。そう決めると、本を鞄の中へほうり込んで、ストーブの熱がうつったおかずへ箸をつけた。

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