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探偵社の車に分乗して東京駅へと向かう道中、僕は後部座席で、悠一さんから事のあらましを聞くことになった。
「あのあと問い合わせてみたら、『悪魔さま登場す』に関する情報が、東邦書店のライトノベル部に一切残っていなかったんです。どうも、震災後の大規模な人事異動が原因らしいんですが、そんな中で唯一得られた手掛かりが、担当していた編集さんが引退して九州にいるらしい、ってことだけで……」
「なるほど、それで九州まで出張、ってわけなんですか」
都内で全部完結していると思っただけに、これは盲点だった。
「――と、いうような話はさすがに、あの二人には聞かせられないからね。悪いけど、後ろの車へお乗りいただいたってわけさ」
猫目さんが後部ガラスの方へ指を指しながら、ちょっとおどけた顔を見せる。
「まあ、それはそれとして、機会があったらまた遊びにいらしてください、とお伝え願います。日頃出入りする顔ぶれとは違って、話していると元気がもらえますから、こちらとしてもうれしい限りです」
「すいません、お手間を取らせて……」
話の流れから察して、二人はいきなり電話をかけ、そのまま探偵社へと押しかけたようだったから、頭を何度下げたらいいかわからない。ただひたすら、悠一さんへ頭を下げるしか術がなかった。
官庁街を抜けて、復元工事の真っただ中の東京駅・丸の内口のロータリーで車を降りると、僕たちは東海道新幹線の改札口へ向かった。山手線に比べて、かなり閑散とした印象を受けるプラットホームへ上がり、清掃が済んだばかりの「のぞみ」の前まで来ると、悠一さんは見送りの僕たちを前にして、笑顔を浮かべた。
「じゃあ、行ってきます。仁科くん、留守の間は頼んだよ」
「お任せください。なにかありましたら、すぐにご連絡を……」
仁科さんが背筋に力を込めて、四十五度きっかりにお辞儀をする。つくづく、真面目を絵にかいたような人だと思った。
「お二人とも、気を付けて行ってくださいね」
益美が不安な面持ちで声をかけると、猫目さんは鼻の下を人差し指でこすってから、
「なあに、大丈夫だよ益美ちゃん。探偵長にゃオレがいるからね……」
「何言ってるんだ、僕がいないと頼りないくせに」
いいところを見せようとした猫目さんは、悠一さんに痛いところを突かれたのか、駅弁の折を持ったままむくれてしまった。
「じゃあ、僕らはそろそろ乗り込むよ。仁科くん、ひとまず高津さんたちを頼んだよ」
「はい。では、お気をつけて……」
構内に鳴り響く発車のベルに急き立てられるように二人が乗り込むと、ゆっくりと自動ドアが閉まった。
「行ってらっしゃい!」
窓の向こうで手を振る二人へ、弘之が喉を張りながら懸命に腕を振る。悠一さんも何か言ったようだったが、ガラス越しでよく聞こえないまま、「のぞみ」はじりじりと動き出して、あっという間にホームから出て行ってしまった。
「……行っちゃったなあ」
弘之がうっすらと見えるテイルランプへ目を凝らしながら、思いのうちをぼそりと口にした。
「――探偵長は二、三日ばかりあちらに滞在なさるとおっしゃっていました。その間、なにかありましたら、銀座の探偵社までお電話ください」
「よろしくお願いします。――また何か、変な事件が起きなければいいんですけどね」
益美の言葉に仁科さんは、善処します、と言うと、
「さあ、そろそろ出ましょう。あまり遅くまでいると、親御さんたちが心配なさるでしょうから……」
「じゃ、帰りもよろしくお願いします。――健壱、行こうぜ」
いつの間にか歩き出していた弘之の声に我に返ると、僕は慌てて、改札口に戻る階段へと駆けだした。




