①
二度目の殺人が起きて以来、学校の中が一段と辛気臭くなった。何か大きな物音のするたびに女子は悲鳴を上げるし、先生たちも、つまらないことで雷を落とすようになってしまった。
気が付かないうちに、被害者と直接の関係がない人間までもが、事件に巻き込まれているのだと思い知らされた。忘れようとしている、忘れたいと思っているから、かえって神経が過敏になって、つまらないことに騒ぎ立ててしまう。
かくいう僕自身もそうだ。だんだん、学校の中へいるのが苦痛になってしまった。
そしてとうとう、僕は人生で初めて、学校をずる休みしてしまった。新宿駅の改札をくぐった途端に、我慢して通うのが急に馬鹿馬鹿しく思えてしまったのだ。
弘之へ休むことを伝えてほしい、とメールを打って、携帯の電源を切ると、僕はそのまま、プランタンの階段を駆け下りた。
スプリングのよく効いたソファに腰を下ろして、置いてある漫画雑誌を普段の倍近い遅さで読みながら、一番安いモーニングセットのバタートーストとゆで卵、ネルドリップのコーヒーをゆっくりと味わう。そんなことをしているうちに、だんだん、改札で覚えたあの嫌な感じが薄れて、気分が晴れてゆくのが分かった。頭の上のスピーカーから流れるウィンナ・ワルツに合わせてテーブルを指で小突くうちに、僕は久しぶりに、満足のゆく、上質なひと時を味わった。
二時間ほどとぐろをまいてから、ボーイやウェイトレスの目を気にしてプランタンを出ると、とっくに十一時になっていた。
「――長々いるわけにもいかないしなあ」
外回りの保険外交員や、営業マンにまじって新宿駅前を彷徨してはみたが、どちらへ、なにをしに行けばいいのか、見当がつかない。
このまま学校へ行くのも、ちょっと気が重かった。――体調がよくなったから出てきました、と言ってみても、おそらく、あの殺気立った調子の先生たちは、誰も味方をしてはくれないだろう。
すっかり、袋小路へ迷い込んでしまった。
「このまま帰ろうかなァ……」
改札口へ踵を返そうとすると、聞き覚えのある声が僕を呼び止めた。
「――高津くん、じゃないの」
振り向くと、後ろには秋の日差しへ溶け込んでしまいそうな、石井さんの白い肌色をした顔があった。
「石井さんじゃないか――どうしてここに?」
「……学校にいるのが嫌になっちゃって。高津くんは?」
「僕もおんなじなんだ。改札出たとたんに、フラッと変な気を起こしてさ」
事情を説明すると、妙な間を一拍置いてから、石井さんは口元へ微笑を携えて、
「似た者同士、ってわけね。……ね、これからどうするの?」
「……何にも考えてないんだ。行くアテが思いつかなくって」
それを聞くと、石井さんはしばらく考え込んでから、
「ね、いいお店知ってるんだけれど、一緒に来ない? この前のノート、中途半端なところで終わっちゃってたし……」
そこで僕は、第二の事件のせいで、彼女の物理のノートが途中までしか出来上がっていないこ戸を思い出した。
「じゃ、そうしようか。案内、お願いできますか?」
「こちらこそ。マスターもきっと、喜ぶわ」
石井さんの後へ着いて、僕は昼前にしてはどこか寂しい、甲州街道の外れへ足を向けた。




