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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第四章 十一月四日~音楽室の殺人 情報屋・法条保美現る~

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 コンクリートがむき出しになった法条さんの家の、ビリヤードランプが一つぶら下がったきりのダイニングで、耐熱グラスに入ったオレンジエードを飲んでいると、カーテンの向こう側にある書斎からかれこれ五分ほど流れ続けていたプリンターの音が急に止まった。

「――終わったぜ、探偵長」

 分厚いコピー紙の束をテーブルの上へ置くと、法条さんは悠一さんが持ってきた三越の包装紙をはがして、中身を取り出した。包みの中から出てきたのは、箱に入ったバーボンだった。

「わかってるなあ、探偵長。オレは、仕事終わりのこの一杯のために生きてるんだ」

 テーブルのそばにある食器棚から、紫がかった江戸切子のグラスを取り出すと、法条さんはバーボンをなみなみと、その中へ注いだ。そして鼻先で香りを楽しむと、その中身を勢いよく口へと含んで、飲み下してしまった。

「――はあっ」

 酒臭い息があたりに匂って、たまりかねた猫目さんが、

「法条ッ、せめてもうちょっと飲み方ってもんがあるんじゃないか」

 だが、法条さんは謝るでもなく、カミソリを思われる眼差しで猫目さんをにらむと、

「ネコは黙ってろ。それに、呼び捨てが出来るのは探偵長だけだぜ。おまえ、いつの間に出世したんだ」

 怒りの矛先があらぬ方向へそれてしまい、猫目さんは不機嫌そうに、音を立ててエードの残りを口へ含んだ。

「まあ、それはそれとして、だ。法条、新しい情報が入ったっていうのは、この前のバッチの件か?」

 悠一さんの問いに、法条さんはいや、違う、とカブリを振った。

「あいつのほうが面倒なんだ。ああいう趣味のを専門に扱ってそうな店のPCへハックをかけてみたが、そういう図案の発注はここ二、三年の間にはないそうだ」

「二、三年ってえと、ないも同然じゃないか!」

 猫目さんが嚙みつくと、法条さんは黙ってろ、と一喝して、

「おそらく、ホームページやPCを持たない、こじんまりとしたところで作っているんだろうな。今度は電話帳相手の調査になりそうから、あとは探偵社へ返しておくよ。集まった資料、よかったら売るぜ――」

 下卑た笑いを浮かべながら

「いや、今回はいいよ。で、お前さんがさっきまで印刷してたこれは、いったい何なんだい?」

 テーブルの上に置かれた紙束を指して、悠一さんが尋ねると、

「こいつかい。おそるべき、悪魔の手鞠唄さ」

「悪魔の手鞠唄って……まさか!」

 意味が分かったのか、悠一さんは慌てて紙束をめくり始めた。そのまましばらく、悠一さんはページを手繰っていたが、やがて手を止めると、大きくため息をついてから、近くに置かれたソファの上へ横になった。

「――なんてこった。こいつは見立て殺人だったのか」

 消え入るような声でつぶやいたのを、猫目さんが聞き逃さなかった。

「ど、どういうことですかそりゃ!」

「ネコ、聞くより手っ取り早い方法があるぜ。そこに置いてあるやつを読んでみりゃあいいんだ」

 再びグラスへバーボンを注いで、今度はゆっくりと味わいながら飲んでいる法条さんを一べつすると、猫目さんは紙束へと目を落とし始めた。

「法条さん、いったいどういうことなんですか」

 恐る恐る尋ねると、法条さんはみての通りさ、とぶっきらぼうに吐いて、

「要するに今度の事件は、下敷きになってる物語の通りに、人が殺されたってわけさ」

「そ、そんな――」

 頭のてっぺんから、勢いよく釘でも差し込まれたような衝撃が走るのが分かった。どこか人を馬鹿にしたような殺し方で、おかしいとは思っていたが――。

「法条さん、これ、いったいどこで手に入れたんですか」

 興奮気味に尋ねると、法条さんはおお、怖い怖いと笑いながら、

「まあ、落ち着け。――こいつはな、『悪魔さま登場す』っていう、『WEBペン』って小説サイトに載ってた作品さ。たまたま、2ちゃんねるを覗いてた時に、ある板にこの作品についての書き込みがあってな。さっそく調べてみたんだが、すでに削除済みだったんだ」

 WEBペンという名前には聞き覚えがあった。確か益美が、素人の書いている割に面白い作品が読めるといって勧めてくれていたサイトだったはずだ。

「おい法条、今あんた削除済みって言ってたけど、じゃあ、こいつはなんなんだよ」

 猫目さんが手を止めて法条さんのほうを向くと、

「知らないのか、インターネットアーカイブって。ダメ元で検索したら、なんとか見つけられはしたんだが……全文発見は出来なかった」

「ってことはこれ、まだ続きがあるのかよ」

 法条さんが黙って首をしゃくると、猫目さんは顔に手を当てて、

「ちくしょう、これじゃあ意味がねえ。こっから先の展開さえ読めれば……」

「いや、まだ悲観に暮れるには早いと思うぞ――」

 ソファに寝転がっていた悠一さんが、徐に体を起こす。

「猫目、一番最後のところ、作者からのコメントを読んでみな」

「えっ、最後のトコ……?」

 猫目さんと一緒になってページをのぞき込んで、思わず声を上げてしまった。そこには、次のように記してあった。


  読者の皆様へ


 いつも「悪魔さま登場す」へたくさんのコメントをくださるみなさんへ朗報です。このたび、東邦書店さんから今までの連載分が本として出版されることになりました。いつもケータイで、パソコンで読んでいた「悪魔さま」が、紙の本になって再登場! 詳しいことはまた追ってここで、それから、東邦書店さんのホームページの「新刊案内」をご覧くださいね。では。

 諏訪路文香


「じゃ、じゃあ、『悪魔さま登場す』って、本になってるんですか」

 正直なところ、僕は驚きを隠せなかった。

 こうやってインターネット上に公表されている作品が本になるということを初めて知ったのもあったが、なによりも、有名な出版社のひとつである、東邦書店から本が出ることになったというのが、一番衝撃的だった。

「どうもそうらしい。東邦書店の新刊案内を調べてみたら、たしかに三月発売分の中にタイトルが載ってはいるんだ。ところが、いくら通販サイトを見ても、そんな本は見当たらない。――探偵長、どう思う」

 江戸切子の紫ガラス越しに、法条さんが悠一さんの顔をなめるようにのぞき込んでいる。

「なにか問題があって、出版されなかった……という風にとれるね」

 そう考えるのが妥当だろうよ、と、酒の匂いを漂わせながら法条さんが肯定する。

「ひとまず、オレが出来るのはここまでだ。あとは探偵長、あんたら探偵社の領分だ。東邦書店に問い合わせるなりなんなり、好きにやってみな」

 そう言うと、豪快にバーボンの瓶へ口をつけて、スポーツドリンクか何かのように一気に、喉を鳴らしながら飲み込んだ。

「――さて、今日はもう店じまいだ。悪いが、そろそろ帰ってくれるかな」

 薄明りの下に、酒臭い、けれども甘い香りがたちこめる。その様子を悠一さんは、しばらく黙って見つめていたが、そのうちに、おう、わかった、と言うと、

「また何かわかったら、連絡を頼むぜ。じゃ、今日はこの辺で……」

 踵を返して、元来た道のりをたどって外へ出ると、悠一さんはビルの方を振り向いてから、

「相変わらず、掴みどころのないやつだなあ」

「全くですよ。でもまあ、今度手に入ったこいつの存在はデカいですね」

「『悪魔さま登場す』、ねえ……」

 手元の紙束を一べつして、悠一さんはため息をついた。

「見立て殺人なんてやるような奴だ。一筋縄じゃアいかないだろうね」

 いらだった足取りで靴底を鳴らし、車へ乗り込むと、悠一さんはエンジンをかけて、交通量の少ない神保町の通りを豪快に走り抜けた。


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