③
いったい何が起こったのかわからないまま、僕たちはまた、午前放課という形で学校を追い出されることになった。道すがら、自分たちと逆方向へ走り去ってゆくパトロールカーの姿を見るたびに、やんちゃな連中ははしゃぎ、そうでない連中は眉をひそめながら、何が起こったんだろうね、と盛んに議論しあっていた。
「――佐竹の話が本当だと、また誰かが殺されたってことになるよな」
足元で小石をもてあそびながら、弘之が神妙な顔で言う。
「そうでなければ、こんな風に帰したりはしないわよね」
「だよなア……」
益美の同意を合図に、小石を勢いよく蹴飛ばすと、弘之はため息交じりに、
「どうなってんだよお。同じ学校ン中で、殺しが二度も続くなんてさあ」
その後ろを石井さんと足取りをそろえながら歩いていると、ねえ、と前置いてから、
「――高津くんは、どう思ってる?」
一緒に学校を出てきた石井さんが、そっと僕に尋ねた。
「そうだなあ……。早いところ、犯人が捕まってくれないかなあって、それしか考えてないや。おかしいかな?」
いや、間違ってない、と、弘之が声を大きくして、
「次はまた、俺たちの知ってるやつ……。いや、もしかすると、俺が殺されちまうかもしれないんだから、他人事じゃすまないぜ」
「ちょっと、脅かさないでよ!」
弘之の背中を叩きながら、益美が半泣きになりながら叫ぶ。見かねた僕は、
「よせよ、二人とも。――オレたちがどうこう言ったって、解決できるような事件じゃないだろう」
「健壱ィ、でも……」
不服そうな弘之の顔を目の当たりにして、僕はいったんひるんだが、
「みんな、聞いてくれ。今度の事件なんだけど、実はもう、警察の手を離れてるんだ」
「えっ、それ、どういうことなの」
益美と石井さんは、突然のことにかなり驚いている様子だった。ひとまず、甲州街道沿いにある証券会社のビルの一階にある、カフェのボックス席へ落ち着くと、僕は一昨日、目の前へ姿を現した私立探偵・山藤悠一と彼の率いる、さつき探偵社という組織のことを話して見せた。
「――さつき探偵社って、なんか聞いたことがあるな。日本中に支局があって、オレらぐらいの年齢の連中が、警察もさじを投げるような事件を請け負ってるって」
湯気の立つホットケーキへバターを押し込むようにとろかしながら、弘之はどこかのサイトに載っていたという話を思い出していた。
「そんな会社があるなんて、あたし知らなかったわ。ってことは、今度の音楽室のことも……」
「たぶん、調べだしてるんじゃないかなあ」
パフェをつつきながら、益美と僕は、ガラス越しに遠目に見える、証券会社のロビーに置かれたテレビへと意識を集中させた。
ちょうどNHKの正午のニュースが、学校で起きた第二の事件を大々的に報じているところで、そこでようやく、僕たちは新たな被害者の名前を知った。犯罪者の凶刃にかかったのは直接の面識がない、二年生の村山という男子生徒だった。
「知ってるか、みんな」
弘之のつぶやくような一言に、その場の全員が首を横へ振る。そろって帰宅部の僕らが上級生のことを知らないのは当然の流れ、と言えた。
「――いったい、どういう目論見で、うちの生徒を殺してるのかしら」
益美がクリームの上に乗ったサクランボを長いスプーンですくいながら、疑問をした。
「なんなんだろうなあ。同じクラスのやつが相次いで殺されるんならとにかく、こっちがまるで面識のない二年生じゃ、見当もつかねえや。健壱、どう思う」
弘之が、シロップまみれになったフォークで僕を指す。
「どう思う、って言われたって……」
答えに困っていると、入り口のドアが開いて、同じ色の制服を着た一団が店の中へとやってきた。
「――やっぱりこれは、某国の仕業だろう。こういう衝撃的な事件を起こして、日本を混乱させようとしているんだ」
上級生らしい、細身の男子生徒がいやに早い口調で、まくし立てるように話している。
「となると、国内にいる某国のやつらも怪しい。きっとそうだ、あいつらだよ」
「そうに違いない。いやあ、恐ろしいね……」
そのやり取りを眺めているうちに、ボックス席の空気が少しずつ、しらけてゆくのがわかった。
「――犯人捜し、いったんやめにしましょ」
「そ、そうだな……」
同じ話題で盛り上がっている彼らを見ているうちに、自分たちのしていることがだんだん、気持ち悪くなってきた。考えてみれば当たり前のことだ。同じ学校へ通う人間が二人、殺されているのだから――。
後味の悪さを抱えこんだまま、僕らは新宿駅へと向けて歩き出した。
二時過ぎに昼寝から起きて、朝に持たせてもらった弁当をぱくついていると、上着へ入れっぱなしになっていた携帯が震えた。慌ててポケットを探って取り出すと、知らない番号からの着信だった。恐る恐る、通話ボタンを押して相手へ声をかける。
「もしもし――」
「高津さんのお電話ですね。先日はお世話になりました、山藤悠一です」
電話の相手は悠一さんだった。そういえば、この前電話番号とメールアドレスを交換しておいたのをすっかり忘れていた。
「また、厄介なことが起きましたね。昼前に本庁から連絡をもらったんですが、午前放課になったそうですね」
「ええ、そうなんです。――あの、それで、ご用件は……?」
「そうそう、お耳に入れたいことがありまして、お電話させていただきました。……今朝早く科捜研から、愛宕山の血だまりから検出されたDNAと、神崎美代さんのDNAとの照合結果が届きましてね。見事に一致したそうです」
――やっぱり、あそこが現場だったのか。
出来ることなら、そうでない方がよかった。
あんなに寂しい場所で、人を人とも思わない人間に殺されたなんて、いくらなんでもひどすぎる。
やるせない感情が、体の内側を搔き乱すのがわかった。
「――もしもし、もしもし、聞こえてらっしゃいますか」
悠一さんの呼びかけに我に返ると、
「は、はい。すいません、電波が悪いみたいで……」
見え透いた嘘に向こうも気づいているようだったが、それには触れず、
「で、いきなりなんですが、もしよろしかったら、今夜一緒に来ていただきたいところがあるのですが……」
「今夜、ですか?」
そこで今朝、父さんと外食の約束をしていたことを思い出した。いちおう、いったん家に帰ったことは伝えたのだが、それへの返事はまだない。どうしたものか、考えあぐねていると悠一さんが、
「もし、何か先にご用事が入っているようなら、そちらを優先してください。こちらはまた、別の日でも可能ですから……」
一瞬迷ったが、結局は好奇心が勝つ形になった。父さんと外食へ行く旨を正直に話して、その後で新宿まで迎えに来ていただけませんか、と頼むと、悠一さんはわかりました、とだけ言って、
「では、夕食がお済みになった頃に、またご連絡をいただけますか。大急ぎで、銀座からかけつけます」
「すいません、ご無理を言って……」
どうせ見えないと分かっているのに、必死に頭を下げる僕へ、悠一さんは温かい声で、
「いえいえ。親子の団らんに水を差したら、それこそ罰が当たりますよ。では、よいお時間を」
「ありがとうございます。では……」
電話を切り、深呼吸をすると、僕は弁当の残りをさっと食べて、いつでも新宿まで出かけられるように、身支度を整えはじめた。




