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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第三章 十一月二日~私立探偵山藤悠一現る~

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 テープの張り巡らされた港区・愛宕山の公園へついたのは、帰宅ラッシュの激しくなりだした四時ごろのことだった。車の窓から、ブルーシートで囲われた公衆トイレの存在に気づくと、聞き覚えのある声がこちらへ二つ、駆け寄ってきた。ソフト帽にコート姿の、警視庁の刑事、関刑事と墨山警部補だった。

「山藤くん、お疲れ様。――おや、高津くんも一緒だったのか」

 優男風の顔立ちをした関刑事が尋ねると、悠一さんはええ、そうですよ、と返して、

「ちょうど、二回目の聞き取りを終えたところへ知らせが飛び込んできたんです。で、現場は?」

 エンジンをとめ、サイドブレーキをひいて、車を降りながら悠一さんが聞くと、関刑事は白い手袋を手にはめて、

「こっちです。公園全体を覆ってたもんだから、今朝まで発見されなかったそうだ」

 険しい顔立ちのまま愚痴ると、コートのポケットから三人分の白手袋を出して、そっと手招きをした。証拠を間違って消さないよう、履いている靴の上からビニールを巻いてもらってからテープの向こう側へ入ると、記憶に新しい、鼻を刺す匂いがした。

「……血の匂い、ですね」

 関刑事の後ろから、そっと、女子トイレの中をのぞき込む。蛍光灯の青白い光の下に、茶褐色になった血の海が、雨上がりのアスファルトに出来た水たまりのように控えている。

 二人にならって、そっと手を合わせると、悠一さんは関刑事に質問を投げた。

「ところで、電話のときにうっかり聞きそびれましたが、いったい、何の工事をしていたんですか? 見たところ、遊具はかなりさび付いていて、修理が必要なようには思えませんが……」

 悠一さんの問いに、関刑事は手帳をちらりと見てから、

「除染作業だそうだ。ほら、ニュースでよく聞くでしょう、放射線がそこだけ強い、ホットスポットってやつ。都内でも何か所か見つかったうちの一か所が、ここなんだそうです」

「なるほど。怖がって人が寄り付かないし、悪いけど、殺すにはうってつけの場所なんだなア」

 渋い顔で血だまりを見ながら、猫目さんがつぶやく。

「で、DNAの鑑定結果は?」

 悠一さんの問いに、墨山警部補がメモを手にして、

「今、科捜研が鑑定中だ。遅くとも明日の午後には結果が出るだろう。だが、同じ時期に、同じ血液型の人間が殺されて、同じ型の血だまりがこうやって見つかるというのは……」

「――よっぽどのことがなければ、ありえませんよね」

 思わず、考えていたことを口に出すと、その場の全員の目線がこちらへ集中した。

「す、すいません、つい……」

 顔が熱くなるのを覚えながら謝ると、関刑事がいや、そんなことはないよ、とフォローしてくれた。

「とはいえ、もしも別の事件だったとしたら……それはそれで厄介、だなあ」

「関さアん、あんた怖いことを言いますねェ。これ以上厄介な仕事が増えるのはゴメンですよ」

 猫目さんがやや深刻そうに、それでも少し悪戯っぽく言うと、頭へ悠一さんの手がぺちん、と落ちた。

「コラ、そういう言い方をするんじゃない。――ひとまず、鑑定結果が出たら、探偵社のほうへお願いします」

「わかりました。関、オレたちもそろそろ、引き上げの支度をするとしようか」

 公園の中ほどに設置された時計を見て、墨山警部補が言ったときだった。遠くのほうで、何か出たぞ、という声がして、意識がそちらへと移った。見ると、暗がりの中で青い制服を着た鑑識班員らしい人影が、ライトを側溝へ当てている。

「どうした、何か見つかったのかア」

 墨山警部補が叫ぶと、暗がりからガラガラとした声で、

「――警部補どのォ、仏さんの学校の制服、確かオリーブドラブっぽい色でしたよねェ」

 鑑識からの問いかけに墨山警部補が戸惑っていたので、合ってますよ、と助け舟を出す。

「ああ、そうだぞ――」

「そんなかんじの繊維がくっついて、変なバッチが出てきたんですが……」

「どんなバッチだア」

「今、持っていきます」

 公衆トイレの前で固まっていた僕や悠一さんたちの元へ、ジップロックのような袋を持って、五十過ぎらしい、ベテランの鑑識のおじさんが姿を現した。

「警部補殿、これです。無理に引っ張ったのかわかりませんが、わずかに繊維が付着しているでしょう」

 墨山警部補が袋に入ったバッチを明かりの下へ持ってゆくと、ぼんやりとしか見えなかったデザインが露になった。そこへ彫り込んであるものがなんなのかわからずにいると、いきなり、猫目さんが声を上げた。

「た、探偵長、このバッチに彫り込んであるの、小指がない右手ですよ」

「なんだと――」

 言われてから改めて、百円玉ほどのサイズのバッチへ目をやる。たしかに、手のひらのようなものが彫り込んであって、大きさからして小指があるべきところが、やたらと小さい。というよりは、ハナからそこには何もない、といったほうが正しかった。

 その途端に、背筋を冷たいものがかけぬけるのがわかった。陰惨な出来事の起こった場に、こういうものが落ちているのも、偶然か何かなのだろうか……?

「これ、事件と関係があるものなんでしょうか」

 僕の疑問に、悠一さんはわからない、と答えてから、

「すぐに関連付けるのは危険だけれど、ピンのところにくっついている繊維は、ひとまず鑑定してもらったほうがよさそうだ。――墨山さん、ちょっと写真をとらせてもらっても、よろしいですか?」

 かまわないよ、という返事を聞くと、悠一さんは車に戻って、革ケース入りのカメラを出し、レンズをバッチへ向けた。シャッターが切れると、悠一さんは袋を返してから、

「猫目、これはひとつ、法条へ頼んでみるよりほかはなさそうだな」

「そうしますかね。――そろそろ、神崎さんのお宅へ行きましょう。じきに、約束の五時になりますよ」

 腕時計のガラス盤を指で小突きながら、猫目さんが出発を促すと、苦々しい口元を見せてから、悠一さんは関刑事と墨山警部補へ、

「では、今日はこの辺で。あとはよろしくお願いします」

「わかった。じゃあ、高津くんも、気を付けて……」

 手を振って車が出るのを見送る二人を後部座席から眺めながら、僕は悠一さんとともに、麻布にある神崎さんの実家へと出発した。

 いつの間にか、星のない東京の夜空が頭の上に広がっていた。

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