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第三高校殺人事件~名探偵・山藤悠一と高津健壱の事件簿~  作者: ウチダ勝晃
第三章 十一月二日~私立探偵山藤悠一現る~

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悠一さんと猫目さんによる、事件当日と前夜の出来事の聞き取りは、一時間もかからないうちに幕を閉じた。三時を告げる服部時計店の時報を気にもとめず、悠一さんと猫目さんは、メモや録音の片づけをしている。

「――高津さん、ありがとうございました。事件解決後も、このテープは資料として保管させていただきますが、構いませんか?」

 大学ノートが分厚くなったような黒いカセットレコーダーの中で、テープを巻き戻しながら悠一さんが尋ねる。特に困ることもないので、お構いなく、と返すと、

「わかりました。――にしても、ひっかかりますね。どうして神崎さんが事件の前夜、渋谷で降りたのか……」

「それは僕も気になってるんです。――捜査の結果は出たんですか?」

 機密事項なのだろうか、と思いつつも口にしてみると、意外なことに答えが返ってきた。

「ここだけの話ですが、まるで気にしてないみたいですね。単に、寄り道をしただけだろう、と思っていたようで、渋谷のあたりに捜査の手は及んでいないんです」

「言っちゃ悪いけど、警察なんてそんなもんだよ。――渋谷で降りたからあんな目にあったのか、それとも誰かに呼び出されたのか……って風には考えないんだなあ」

 三階の窓から、往来をのんびり眺めていた猫目さんが愚痴ると、悠一さんが、

「まあ、そういうなよ。これから、オレたちが調べればいいんだからさあ」

「そりゃあそうですけど……天下の警視庁も、オチたもんだなあ」

 僕の向かいにあるソファへ戻って、カップの中ですっかり冷えたコーヒーの残りを飲み下すと、猫目さんはそういや探偵長、と言って、

「そろそろ、夕刊が届くころじゃないですか。こっちまで運んできてもらいましょうよ」

「いいよ、面倒くさい。いったん部屋に戻って、そこで見よう。――それに、おとといから東京で手に入る限りの新聞を、早刷りの分や遅刷りの分、号外とかが出るようだったら全部こっちへ運んでほしいと各社へ言ってあるから、量が段違いだぜ」

 この前の病院で差し入れてもらった新聞の倍以上あることを想像すると、関係がありそうな記事を探し出すのは骨が折れそうだ、と思った。

 手動式のエレベーターで五階へ上がり、日当たりのよさそうな南向きの一角にある「探偵長室」というプレートの貼られたドアを開けると、部屋の隅にある折り畳み式のテーブルの上に、各社の新聞が全国紙なら都内版や関東ローカル版、早刷りと遅刷りのものに区分けして置かれてあった。

「すごいな、ちゃんと関連記事のところに付箋が貼ってありますね」

「たぶん仁科くんの指示だろう。そうでなきゃ、こんなに見やすくなってないよ」

 紙面から飛び出ている付箋に沿って、今度の事件に関係のありそうな記事に二人は目を通しはじめた。そのうちの一つで、家でも取っている東洋タイムス夕刊の都内版の早刷りを手にとってぱらぱらとめくってみたが、神崎の周辺への聞き取りや、専門家の見立て、事件に対する有識者のコメントが載っているばかりだった。昨日も、おとといも同じような紙面だっただけに、さすがに辟易した。

「だめだなあ、なにか関係のありそうな出来事はないや。にしても、代わり映えしない紙面だ。どこも同じような記事ばっかりじゃないか」

「こういうのを紙の無駄って言うんでしょうねえ、探偵長」

 東京日日をたたんで、ニッポンスポーツのトップに出ているプロ野球のニュースへ目を通しながら、猫目さんは口をとがらせて言った。

「まったくだね。どうです高津さん、なにか気になるような記事はありましたか?」

「いいえ、こっちも収穫ゼロです。――ホームズみたいにはいかないんですねえ」


 現実は厳しいもんです、と、悠一さんはずらりと積まれた新聞の束を一べつしてから、

「猫目、どうする? 神崎さんのお宅を訪ねる前に、いったん警視庁へ顔を出してくるか」

 神崎、という名字に少し驚いていると、悠一さんの提案を耳にした猫目さんが軽く指を鳴らして、

「そうしましょうや。あ、高津さん。ひとまず用件はもう終わったので、もう少ししたら、帰りの車の用意をしますね。探偵長、手元にタクシー券あります?」

「ハテ、たしか内ポケットにあったような……」

 悠一さんがブレザーの内側をあさっていると、黒電話のベルがけたたましく鳴り響いた。

「猫目、頼む。高津さん、お待たせしました。降りるときにこれを運転手さんに渡して――」

 タクシー券を受け取ろうとした、その時だった。

「ちょ、ちょっとお待ちください。――探偵長、捜査一課からです。今度の事件に関係のありそうなヤマが起こったそうです」

 送話口を手で押さえながら、猫目さんが慌てた様子で呼びかけたので、悠一さんはかけよって受話器をひったくった。

「代わりました、山藤です。はい……はい……え、愛宕山? ……一・五メートル径? 血液型は……わかりました。すぐにそちらへ向かいます」

 受話器を乱暴に置くと、悠一さんはいきなり、上着を脱いだ。その下から姿を見せた、革張りのホルスターに収まった自動拳銃を手にすると、悠一さんは引き抜いた弾倉をチェックしてから、

「猫目、きみも確認しといたほうがいい。なにがあるかわからないからな」

「わかりました。――よ、っと」

 しゃがみこんで靴紐を直す姿勢になると、猫目さんはベルトのところへひっかけた、小ぶりの拳銃を手に取って確かめてから、

「高津さん、ちょっと予定を変更して、これから一緒についてきていただけませんか」

 さっきとまるで違う、真剣なまなざしの悠一さんに驚いていると、

「――港区の公園で、神崎さんの殺害現場らしいところが見つかったんです」

 事件が、一歩動き出したようだった。


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