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「どうするんだい。行くのか、行かないのか――」

 クラウンの観音開きの後部扉の前で、僕は返答に困っていた。そろそろ、春のたよりがありそうな三月の末の、まだ完全に夜が明けきっていない、朝の六時のことだった。

「――これを逃すと、会えるのはいつになるかわかんないぜ?」

 ドアを握ったまま、相手がこちらへ決断を急くような顔で尋ねる。そんな彼をたしなめるように、運転席からは、

「そういう言い方はやめとけ。――ごめんよ。出発はいつでもできるから、ゆっくり考えてくださいね」

 温かい気持ちと言葉が返って辛かった。ここは洗いざらい、と思って、

「正直、迷ってるんです。だって、あんなことになったんだし……」

「――それなら答えは一つっきりだよ」

 助手席を挟んで、また優しい声が聞こえてくる。

「もう、負うべき責任はハッキリと決まったんだ。それが簡単に揺らぐことがないのは、きみだってよく知ってるだろう。――だから、会っていいんだよ」

 言い終わらないうちに、後部座席のノブから、助手席の扉へともう一人の手が移った。

「答えが出たナ。――早く乗らねえと、次はよくて二十年後だぜ? ほれ、早く早く……」

 もう、迷っている暇などなかった。セルモーターが勢いよく回って、白い煙がもうもうと立ち込めるのを見ると、僕は後部座席のモケットへ深々と腰を下ろして、ドアを閉めた。

「じゃ、出発だナ。――お願いします」

 アクセルを軽くふかす音に合わせて、黒い乗用車が、ゆっくりとした足取りで動き出す。ギアが切り替わるたびにうなるエンジンの音に、不意に頭をあの日のことが頭をよぎる。

 ――あの時は、外で聞いてたんだよなあ。

 住宅街を抜けると、車は人影まばらな、大東京のど真ん中へと向けて速度を上げていった。


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