エース
おれの試合でのマッチアップの相手は副キャプテンの加藤先輩になるらしい。
試合前にあったチーム内での軽い話し合いの時にキャプテンに言われた。
「安藤、お前の相手はたぶんだが誠也だ。大我には違うやつがつくだろう。きっと厳しいだろうがこのチームの攻撃の起点はお前だ。あきらめずに何度もチャレンジしろ」
普通ならディフェンスの上手い加藤先輩は最も攻撃力のある大我先輩にマークにつくところだが、大我先輩はサイドハーフだ。
守備の統率や攻撃の起点にもなれる加藤先輩がサイドに行くのはデメリットも多い。
よって中央にいて攻撃の起点にもなりそうなおれをマークするということだ。
かなり厳しそうだけど、チャレンジしていこう。
相手チームからのキックオフ。
ゆっくりとパスを回している。
パス回しの中心にいるのは加藤先輩だ。
おれもディフェンスに行くけど、全然ボールが奪えない。
無駄のない最小限のプレーだから奪う隙がない。
トラップもおれが届かないところに一発でボールを置く。そこから丁寧なパス。
取れない! けど、プレッシャーは感じるはずだ。このままディフェンスを続けよう。無理に取りに行って攻撃の起点を作られる方が問題だ。
そこからおれはボールを奪うよりも攻撃をさせないようにするディフェンスに切り替える。
***
おや、こないようですね。
加藤 誠也は相手の変化に気づく。
今まではボールを取ろうとかなり厳しくディフェンスに来ていたが、今度は抜かれないようにと決定的なパスを出させないようにしている。
やはり才能がある。薫から聞いてた通りですね。
今年の1年は期待できると言っていたものですからどんなものかと思っていたのですが、これはすごい。
いまもマークを外す隙を窺っているのに、なかなか隙がない。
ボールを受けても、一定の距離を保ちディフェンスをしてくる。こっちの誘いにも乗ってこない。
まったくやっかいな。まぁ、同じこれから仲間になるのだから良しとしますか。
このままだと攻められないので多少強引に行こうかとも思いましたが、こっちにも期待の1年たちがいたのでしたね。
彼らに任せてみましょう。
***
抜かれない距離を保ちつつ、プレッシャーを与え隙を窺っていると加藤先輩が味方にボールを預け、いきなり前線に駆け上がり出した。
なっ! 一瞬驚き反応が遅れるがすぐに加藤先輩を追う。
なんとかすぐに追いつくことができた。けれど、加藤先輩にパスは出されていない。
慌ててボールを探すと、透がボールを持っていた。
やられた!
加藤先輩が開けたスペースからパスを通されてしまった。
透はパスを受けた後、ディフェンスを1人かわして右の高い位置にいるサイドハーフにパスを出した。
パスを受けたのは楓だ。
トラップでしっかりと足元に置いている。
楓が仕掛ける。対応してるのは3年の浅間 陽太先輩だ。
元々、スタメンで試合に出ていて今は緑チームの左サイドバックをしている。
楓がいろんなフェイントかけてるけど浅間先輩は冷静に対応している。
いきなり、楓が大きなタッチをした後キックモーションに入る。
アーリークロスを上げる気だ。
浅間先輩もそう思ったのだろう、すぐに防ごうと足を出す。それに対して、楓はキックモーションをすぐに止め、ドリブルで浅間先輩を抜き去った。
上手い!
浅間先輩も油断していなかったのに、上手い駆け引きで1対1を制した。
楓はそのままスピードに乗り、ドリブルを開始する。
浅間先輩のカバーに行くのはキャプテンだ。
さすがの楓も抜くのは無理だと悟ったのか、キャプテンのプレスが来る前にクロスを上げた。
蹴られたボールはゴール前に飛んでいく。
中にはフォワードとセンターバックが1人ずつ、1対1だ。
ボールがゴールに突き刺さる。
空中線を制したのはフォワードだった。
点を決めたのは豊沢 和馬先輩。
高身長でがっしりした体格でチーム1の身体能力の誇る。
フィジカルを生かしたプレーを得意としており、今の空中戦もやられてしまった。
これで0-1か。
今のプレーはおれのところから始まっていた。加藤先輩の動きに透が連動したことでチャンスが生まれてしまった。
悔しい、おれのせいで点をとられてしまった。
「おいおい、まだ試合始まったばかりだよ? 切り替えていこう。点なら取り返せばいいんだよ」
「大我先輩……」
「いまのは楓の判断を褒めるべきさ。キャプテンをうまく釣り出すことに成功してるし、後一歩でもクロスを上げるのが遅かったらキャプテンがボールを取れていただろうからね。今度は僕たちの番だよ。緑チームの攻撃を見せてあげよう」
大我先輩はおれを励ましてくれた。
そうだよ。まだ試合は始まったばかりだ。おれたち緑チームも攻めないと。
キックオフして緑チームがボールを回す。
緑チームはキャプテンを中心にやや低い位置でボールを回している。
攻撃のきっかけを作るにはおれが縦パスを受けなくてはいけない。
けれど加藤先輩がしっかりとマークについている。ボールを受けてもなかなか前に向くことができない。
このままだとダメだ。
そう思い、おれは大きくトラップし強引に前を向く。
すぐに加藤先輩がディフェンスにくる。
顔を上げると大我先輩が見えた。
サイドに大きく開いている大我先輩にパスを出す。
大我先輩をマークしているのは寺本兄弟の兄である圭介先輩だ。
かなり大我先輩を警戒してぴったりくっついている。
大我先輩は最初のトラップで圭介先輩をうまく引き剥がした。
そのままドリブルで相手チームのセンターバックに仕掛けていく。対応するのは謙也先輩だ。
大我先輩がシザースでボールをまたぐ。
そこから素早いタッチで抜こうとする。
しかし、謙也先輩も反応して身体をぶつける。
身体をぶつけられながらも逆方向に切り返して抜き去る。
さすが大我先輩だ。謙也先輩をうまく抜き切った。身体をぶつけられつつもボールを華麗にコントロールしている。
謙也先輩のカバーのディフェンダーが大我先輩に向かっていくがそれすらもかわし、シュートを打った。
ボールはゴールの枠内を捉え、入るかと思われたがキーパーにワンタッチされ外れていってしまった。
惜しい。いまのはほとんど入っていた。キーパーの反応が良すぎたんだ。
それにしてもこれがエースか……。
ディフェンスを3人抜き去り、1人でゴールまで突破してしまった。
おれはただ足元にパスを出しただけ。
何もしてない。なのにゴールまで行ってしまう。
こんなプレーじゃダメだ。見てるだけじゃダメだ。
おれはオフェンスだろ!
もっと積極的にゴールに向かって行かなきゃ!
こんなんじゃ日本代表なんて夢のまた夢だ!
もっと攻める気を持たないと、いくら相手が加藤先輩だったとしても消極的すぎた。
相手だってどんどんチャレンジしてくる方が嫌なはずだ。もっと積極的に行こう。
コーナーキックは相手にクリアされたが、クリアボールをうまく緑チームが拾ってパスを回していく。
おれは加藤先輩を背負いつつ、パスを要求する。
味方のパスが来た。
加藤先輩が激しく身体をぶつけてくる。やはり、強い。相手は3年生だ。フィジカルは完全に負けている。
けど、技術なら!
おれは柔らかなタッチでパスのボールの勢いを利用して、加藤先輩と身体を入れ替える。
よしっ! 前を向けた。
身体をうまく入れ替えたおれはドリブルを開始する。
攻撃開始だ。