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井戸ノイアのSS集積所  作者: 井戸ノイア
1/1

ワンドロ三題噺①

お題 1.島 2.ことわざ 3.最速の世界 ジャンル「純愛モノ」

昔は最速と言われたジェット機も、今や民間機だって同じ速度で走っている。

昔の人間が思い描いた最速の世界は、誰だって味わえるものになってしまい、速度は別の概念へと移ろうとしていた。


と、そんなことは私には関係の無いことだ。

ただ、一つ言えることがあるならば、そんな速度で走る飛行機が墜落して、助かる確率は速さとは裏腹に

激減しているということだ。

当然、墜落事故なんてものの発生率もほとんど0にまで低下している。

けれど、だ。

今、私が乗っている飛行機は墜落の真っ只中にあり、助かる見込みの無い、海のど真ん中に墜ちようとしている。

これだけは、変えようの無い事実であり、そして死に際にあって冷静な思考になるというのは本当なのだな、と感心しつつ

いや、こんな思考をしているのはやっぱり気が狂いかけているからだろうとも感じる。


思えば、今ここで死んでも悔いの無い人生だったかもしれない。

長年勤めてきた会社の休暇に、たった一人で旅行に出かける。

50という節目の年を迎えても独り身である私は、社会には貢献出来ていても、人類には貢献出来ていないだろう。

ならばこそ、私がこの席を取ったことで助かった命がある。そう思うだけで幾ばくか心が安らかになった。


ああ、死ぬには良い日ではないか!


ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。

ライターでゆっくりと、火を付けようとして……私の意識はそこまでしか覚えていない。






私が最初に目にしたのは一面真っ白な砂浜であった。


誰もいない。

乗っていた飛行機の残骸も見当たらない。

ギラギラと太陽の光が降り注ぐ。


ここは、どこかの島だろうか?

飛行機のルート上はほとんど海の上だったから、もしかしたら孤島かもしれない。

降り注ぐ日差しに強い喉の渇きを感じた。

海水を飲むのは良くないと聞く。


この年になると身体を動かすのも一苦労なのだが……。

私は体力を振り絞って、島の探索を行うこととした。



この島は存外狭いようで、林の中に小さな溜池を見つけた程度で食料は見当たらなかった。

それでも、喉の渇きを癒すには十分な水を得て、島の恐らく反対側に出て何も無いことに絶望しかけた程度の出来事は私の精神を疲弊させるのには十分だった。

疲れた体に鞭打ち、何とか初めの浜辺に戻ってくると、そこに一人の少女が倒れているのを発見した。


私、一人しかいない。

そんな不安に襲われかけていた私はすぐさま少女に駆け寄り、息を確認した。


「君、大丈夫か!?」


反応は無い。

身体が濡れていて、海の中を彷徨ってきたことが伺える。

もしかしたら、水を飲んでしまったのかもしれない。


私は今更、これだけ年が離れた子供に欲情などはしない。

だが、この子はどうだろうか?

人命救助だからと言って、初めてがこんなおじさんでショックを受けるかもしれない。

でも、ここで命を終わらせるよりはマシなはずだ。

恨むなら恨んでくれ。君くらいの年頃の子ならそれも許される。


唇を合わせ、鼻をつまみ、人工呼吸。

遥か昔に職業体験とかで経験したことのある程度の知識しか無い私には見様見真似しか出来ない。

それでも、私よりも若い、この子がここで先に死ぬことだけは許してはいけない!


人工呼吸と心肺マッサージを続けること、数十秒。

彼女は「けほっ」と小さく咽て、水を吐き出した。


そして、寝ぼけたような眼で「おじさん、誰?」と声を出した。

ああ、良かった。私より若い命を先に行かせることが無くて。


私に子供がいれば、こんな感覚だったのかもしれない。

私は思わず彼女を抱きしめて、「良かった……」と涙を流した。


目が覚めてこんなおじさんに抱きしめられて彼女は混乱の極みだったかもしれない。

けれど、彼女は拒絶することなく、ゆっくりと私の背後に手を伸ばして、抱きしめ返してきたのだ。

私は彼女の身体をよりぎゅっと抱きしめた。







時間が経ち、互いに落ち着いた頃には日が暮れかけていた。

彼女に状況を説明し、砂浜に大きくSOSの文字を書き終えた頃には既に夜だった。


「あーあ、災難だったね。僕も貴方も。こんな島に放り出されて」


「まあ、不幸中の幸いといったところだろう。墜落で命があっただけ儲けものさ」


「そうかもしれないけどさ。でも、このまま助けが来ない可能性だってあるんだよ? そしたら二人揃って飢え死になんていう墜落で死んでおけば良かったなんてことになるかもしれない……」


「まあそんなに悲観することは無いさ。こんなことわざを知っているかい? 人生万事塞翁が馬。こんな状況でも後から考えてみれば良いことになるかもしれないさ」


「むー、僕はその考えはよく分からないな。今が大事だよ」


「そう言うな。ポジティブに考えなきゃ、幸運が逃げてしまうぞ?」



談笑とも言えない暗い話題。

火も無く、彼女の顔も見えない。

これから先が不安で仕方ない。


そんな気持ちを抑えて、良い言葉を選んで話し、暗い海を見つめていると、背中に衝撃が走った。


「もう年なんだ。乱暴はやめてくれよ」


「へへーん。でも、ほら。女子高生が背中に乗っかっているんだぞ! 嬉しいでしょ。元気出た?」


声は明るいが、彼女の身体は震えていた。

ああ、彼女も不安なんだ。

だが、私の言葉を愚直に信じて、明るく振舞ってくれている。

なら、私もそれに応えなければならない。


「きっと、助けは来るはずさ。だから、それまで生き抜こう」


明るい声で吠えて見せる。

座ったままで、暗い海に向かってなんて、恰好が付かないかもしれないが、私の震えはいつの間にか止まっていた。









そんな会話が世界のどこかでされた一週間後。

とあるニュースで孤島から男女が救出されたという情報が流れた。


二人ともやせ細っていたが、その目は生の輝きに満ちていた。


ニュースには流れないが、二人は救出された直後、安堵からか眠ってしまっていた。

その時、二人で手を握り合っていたとか、いないとか。


fin

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