第3話 日出づる国
――――朝。心地よい朝。
小鳥たちは歌い、町人たちは賑やかだ。屋台を広げ、市を開いている声が聞こえる。
「ん……。朝か」
僕は眠たかった目を覚まし、大きな時計を確認する。
時計はだいたい9時を指していた。
「おっと、宿の朝食が出る時間だ。急がなきゃ」
急いで寝癖を直して食堂へ向かう。
「おー、慎滋、よく寝てたね!大丈夫?疲れてない?」
「ちょっと寝すぎじゃない?」
一緒に転移した二人が心配してくれる。
「そうだな。朝はきっちりしないと」
「そーだよー。訓練しといた方がいいよー?」
「確かに、朝の訓練はやらされたわね!懐かしい……。」
そんな話をしながら朝食を食べる。まずはこの……チュロスのようなものをいただく。
「……うまい!こっちの世界でも、転移前の世界と似た料理なんだな」
「へー、そーなんだ。異世界のごはん、食べてみたいかもー。」
――朝食を食べた後は、ガルシア達の言っていた「訓練」をしてみることになった。どうやら彼女達が行なっていたものは魔術の訓練らしい。と言っても、僕達は魔術が使えないため「能力」の訓練だが。
「まずは涼からがいいねー。朝のうちに自分の能力が知れたら最高だね」
「涼、敵と交戦した時どんな感じだったか教えてもらえるかしら?」
「うん!敵が襲ってきて慎滋が守ってくれたんだけど、助けたいと思ったらなんかピカッて感じになって敵がひゅーって飛んでったの!」
「うん…?うーん……?あたし、ちょっとなに言ってるかわかんないかもー……。」
「涼が言ってるのはつまり、敵が襲いかかってきて最初は慎滋が守ってくれたけど、どうにかして役に立ちたくて、『慎滋を助けたい』って願ったら目に光が当たった時のように頭が真っ白になって、敵が飛んでいったってことよね?」
「さすが優紀!そゆこと!」
「目に光が当たったような感覚…それは僕も体験した。能力が使えるようになった時だ」
「私も同じタイミングで体験したわ」
「じゃあ涼は能力自体は使えるってことよね…そうだ!アイラ、なにか物を出してくれるかしら!」
「はいはーい。」
ポン、とでも表現すべき軽い音とともに、氷がアイラの手のひらに現れる。
「んー……涼、これ動かしてみてー。さわっちゃだめねー。」
「うん!やってみる!……それっ!」
その瞬間、アイラの手のひらに乗っていた氷は空中を浮き始めた。
「なるほど……。そのままその氷、操作できるんじゃなーい?」
「どれどれ、おー!!」
氷は赤羽根の周りを、綺麗な円の軌道を描き回り始めた。
「すごいじゃない!」
「すごいね、涼」
「天才かもねー。うん」
「で、どうだ赤羽根。自分の能力は何かわかるか?」
「んー、んー……。あっ!多分だけどいいかな?」
「いいぞ、言ってみてくれ」
「『重力を操る能力』っぽい!」
「それー、最強すぎでは?」
確かにそうだ。重力を操れるなら、一般人にできない大抵のことは簡単にこなせるだろう。だがそれが本当なら、まさしく最強の戦力になるだろう。
「ねーねーガルシア、この能力ってさ、魔術にするとどれくらいの称号になるのかな?」
「そうね…『魔王』や『天魔』レベルじゃない?」
「魔王…?天魔……?それ、どのくらいなの?」
「まー、第2位と第1位だねー。」
「え、えぇぇぇ!!?そんなに強いの!?」
「涼、ちょっと不正してない?」
「してないよ優紀!むしろどうやってするのよ!」
「赤羽根…お前も結構凄いんだな」
赤羽根も昨日のガルシアのように撫でてみた。
「えへへー…ありがと!」
なにやら周りの視線が怖いが、とりあえず赤羽根が喜んでくれて良かった。拒絶されると僕の心にもダメージが来るからな。
「そういえば私、果物市、行ってみたい。この世界の果物がどんなのか、知りたい」
「そうね、涼の能力も一応わかったみたいだし、いいんじゃないかしら!」
「料理があんまり変わらないんだったらー、果物も変わらないと思うけどー……とりあえず、行ってみる?」
「おー!」
赤羽根も乗り気らしいので、僕達は果物市へ向かった。
――――そこで、事件は起こった。
「おー、ここが果物市かー!いっぱいあるねー!」
「そうね、でもあまり転移前と変わらないわね」
久山は珍しい果物が見れなくてがっかりしたようだった。
「お、嬢ちゃん達、美人さんだね!まけてやるから買ってくかい?」
「どうしよ、褒められちゃった!美人かー…そっかー…。ふふふふ」
「涼、ちょっと大丈夫?」
「ほら嬢ちゃん達、今なら150ネルで――」
その時だった。ざわついている果物市の会場。店の人の声。せわしなく歩く人々。
――全てが、凍りついたように止まった。
「時間が、止まってる……?」
「そーだね、優紀。でも正確には、『あたし達以外の時間』が止まってるみたいだね」
「なんだ、これ……手紙が置いてある」
――私とて罪のない町人を傷つけるのは好まない。時間は止めてあるから、今すぐ北にある平原に向かえ。そこで待つ。
「――だそうだ。どうする?」
「このまま時間止まったまんまだったらつまんないし、行くしかない!」
「涼、そんな理由なのね……。とにかく、向かいましょう」
僕達は荷物を載せている馬車や、歩いた状態で動かない人達を避けつつ急いで北の平原を目指した。
「やあ、君たちが転移者だね?」
平原には、黒のスーツを着崩した、不真面目そうな若い男がいた。
「…あなたも、転移者ですか?」
久山は少し考えた様子で尋ねた。
「さて、どうだか……。それはともかく、そこのお兄さん、名前は?」
僕のことか。
「多月です。多月慎磁といいます」
「ふぅん、多月ねぇ……。僕は雅崇だ。今後ともよろしく。早速だが…力を試させてもらうよ。本当にこの世界を救えるのか……ね。」
「霊装…展開。」
彼がそう呟くと、彼の体が光に包まれる。
次の瞬間、その光が広がり、目の前が真っ白になる。
「くっ!」
目を見開く。風の音が聞こえてくる。どうやら時間停止は解除されているようだ。しかし、そこにはスーツを着た雅崇は居らず、漆黒の軍服に身を包み、日本刀を構えた雅崇がいた。
「いくぞ……。はっ!」
僕は体を瞬時に硬化させる。次の瞬間、想像を絶する速さで斬りつけられる。
鋭い痛みが体中に走る。
「痛い…!痛すぎる……!!」
「その程度か?その程度でこの世界を救えると思っているのか!」
雅崇は胸元で剣を立てる。
「集え、魔力よ……。はぁっ!!」
雅崇が面打ちをすると同時に、その剣の軌道が光の刃となって襲いかかる。
「あぶないよー?慎滋くーん?」
アイラは瞬時に僕の前へ出てこの間のよりさらに大きい氷塊を作り出し、光の刃を受け止める。
「ふう…間一髪って感じだねー。さて、どう戦おっかー。敵は時を止めてくるかもしれないんだよ?」
「今考えてるが、思いつかない……。久山!硬化をかけるから、少しの間足止めしててくれ!」
「わかったわ。というわけで、私が相手よ。……強化!」
「女を斬るのは趣味ではないんだが…しょうがない、やるか」
一撃目。綺麗に垂直な兜割りを、久山は足で蹴り飛ばす。蹴り飛ばした後、間髪入れず雅崇の懐にストレートを入れた。
「くっ…なかなかの腕だね。転移前から鍛えてただろう?」
「正解よ!」
二撃目。久山は足払いをして雅崇の体勢を崩そうとする。がしかし、雅崇は足払いをかけられなかった足を軸に回転斬りをする。久山は間一髪のところでそれを避けた。
「優紀!手伝うわよ!」
「僕も!」
「……くっ」
雅崇の周りに赤羽根の操作した干し草や蔦などが絡みつく。そこへ上から雷が落ちる。
「なるほどね……やればできるじゃないか!」
次の瞬間雅崇は雷の出る方向へ自身の日本刀を少し角度をつけて投げる。うまく雷を誘導し自分への衝撃を緩和した。
「これであんたは武器なし。私と対等よ」
「だが、まだだね……!」
「涼!そいつを能力でどこかへ行かせられるか試してみて!」
「うん、わかった!」
赤羽根は全身全霊をこめて、雅崇を動かすように念じる。
――しかし、何も起こらなかった。
「な、なんで!?」
「これはある人間が開発した霊装……。つまり、特殊な効果を持った装備品なんだ。能力者がこの世界を破壊しようとした時に対抗するために作られた一級品。装着者への能力行使を無効にできるんだ、残念だったね」
「そ、そんな……でも、負けるわけにはいかないの!」
久山の蹴りと同時に赤羽根も思いっきりメイスを振り下ろす。しかし雅崇は二人の攻撃を受け流し――さらに同時に二人の懐へ拳を突き出す。
「ダメだ……避けきれない!」
「僕も…もうだめ……かも……」
赤羽根は脱力し、雅崇に絡みついていた草が力なく外れる。自由に動けるようになった雅崇は、近くに落ちていた日本刀を拾い、構え直した。
「僕達、ここで終わ――」「二人ともー。解決策はあるよー。」
そう、僕達は解決策を用意していた。どうしたら時を止められる相手に、確実な一撃を入れられるか。
―――――――――
――「一体どうすれば勝てるんだ……?何か案はないか、アイラ」
――「たぶんねー、戦ってるうちにー、弱点が見える時が出ると思う」
――「確かに、その時に『詰ませる』ことができれば勝てるかもしれない」
――「でしょー?じゃ、いっちょやっちゃいますかー。あたしがあの乱戦に参戦したら、作戦開始ねー。」
――――――――――
「んー。キミも女の子を余裕で殴っちゃうタイプの人なのかー……よくないなー。」アイラは厳然とした態度で雅崇の方へ歩いていく。
「また一人増えたか…何人増えようが、相手してやるさ!」
「ちょっとずるいかもだけど、あたしも剣、使っちゃうかー。」
言い終わると、アイラの周りの地面が凍り出す。凍った地面から、氷で出来た剣が出てきた。
――作戦開始の合図だ。
「赤羽根、メイスを持ちながら、自分を浮遊させられるか!」
「……できるみたーい!!」
「よし…上から攻撃して、なるべくそいつを地上へ留めておいてくれ!」
「りょーかーい!!」
「ガルシア!雷をドーム状に出すことは出来るか!」
「もちろんよ!」
「わかった…徐々に小さく雷をドーム状に展開してくれ!」
「わかったわ!少し待ってちょうだい!」
――その頃。
驚くべき速さで剣を交えるアイラと雅崇。雅崇の剣筋に疲れが見えてきている。
「その迫力……君、称号持ちだね?まだ何の称号持ちかはわからないけどね」
「せいかーい。そういうキミも、でしょ?恐らく『魔王』レベルだよね」
「……よく知ってるじゃないか。もしかして僕のファンかい?」
「ふふふ、そんな訳ないでしょー。」
信じられるだろうか。こんな話をしながら、二人は残像が見えるほどの速度で剣を交え合っている。一秒の間に五打はしているであろう。
久山と赤羽根のサポートもあって、アイラの方が優勢だ。「これは……各個撃破の方がよさそうだね。はぁっ!」
雅崇が力み横一文字の形で斬る。すると、僕を絶体絶命の危機に追いやった、あの光の刃が、久山目掛けて飛んでくる。「優紀、危ない!」
赤羽根は自慢の反射神経で久山を自らの能力を駆使して逃がす。――が、赤羽根の目の前には刀の切っ先が迫っていた。日本刀が赤羽根の肌を切り裂こうとした、その時。刀は凍った地面から出てきた鞘に包まれ、動かなくなった。「なるほどね……。そういうことか、面白い」
雅崇は剣を氷の鞘から抜きつつ呟いた。
「ちょっとー、危ないよー?少し休んできたらー?」
「おっけーアイラ……本当にごめん!」能力を使って退避しながら赤羽根はそう返答した。
「いーっていーって。死ぬよりはマシだよー。」「……さて、これで一対一だね、『氷の魔女』。回復してあげなくていいのかい?」
「あちゃー、バレてたかー。っていうかー、絶対回復してる隙をついて攻撃してくるでしょー。そういう性格してそうだし」
そう言いつつアイラは氷の剣を構え直す。「はは。ありがたい誉め言葉だね」
雅崇はそれに応えるように日本刀を構え直した。
――お互いが鏡同士のような全く同じ動きで、美しさすら感じさせる袈裟斬りを打った。
――――鍔迫り合いが始まろうとした、次の瞬間。「慎滋、展開の準備ができたわよ!」
「よし、これで準備はできた……。アイラ、行くぞ!」
「そーねー。じゃ、いっくよー。二人とも、もう少し頑張ってねー。」
それまで格闘戦をしていたアイラは一瞬にして雅崇と距離をとる。その一瞬の隙も生み出さないように、赤羽根と久山は入れ替わるようにして戦線へ復帰する。
「”氷晶の結界”!」
この間も使ったあの技だ。辺り一面を氷にしてしまうあの技。
雷でできたドームの中では、赤羽根と久山が奮闘している。僕の考えた作戦はこうだ。
まずこの状態で闘い続ける。魔力が持たなくなるまでには決着をつけるか雅崇にある行動をしてもらう必要がある。
それは…距離を取る事。
距離さえあれば、分厚い氷の壁と雷で『詰ませる』ことができると思ったのだ。
「う〜…メイス重い……。当たって!」
「それくらいの攻撃なら、疲れてても躱せるね」
しかし、涼の努力はむなしく、身を交わされてしまった。
「あっ……これならいけるかもしれない。距離が取れればいいんだから……」久山が何か思いつく。彼女は、出せる精いっぱいの声で涼へ指示する。
「涼!メイスを振り回して!」
「な、なんで!?」
「いいから!当たらなくてもいいから、私の右のほうから振り回すの!」
「わ、わかった!えいっ!!」「おおっと、あんなのが当たったらどうなるか、考えたくもないね…」
そう言いながら雅崇は久山の目の前に回避してしまう。
「せいっ!」
久山の渾身の上段回し蹴りが目の前の雅崇に向かい炸裂する。
「くぅっ!!痛いね……僕が真面目に攻撃を食らうのは久しぶ……」
「まだ終わってないわよ!はっ!」
久山はよろめく雅崇の懐目掛けて全身全霊の後ろ蹴りを入れた。雅崇は悲痛な叫びを上げながら、吹き飛んでいく。
「今よ!あいつに向かってメイスを投げて!」
「りょーかい!」
赤羽根は疲弊した体の余力をすべて使って、メイスを思いっきり投げた。
「それはまずいな……とりあえず、いまは避けるしかない!」
雅崇は後ろへ回って受け身を取った。
――――ここだ。この距離ならいける!
「久山、赤羽根!離れろ!」
「わかったわ!」
「おっけー!」
二人は急いで距離を取る。「逃がさない……逃がさないぞ!」
雅崇は未だによろめきながら二人を追いかけるが、もう到底追いつかない。
「じゃあいっちゃうかー。ガルシア、よろしくね」
「わかったわ!」
ガルシアは半径5mほどの余裕を持ってドームを展開する。
「はぁぁぁぁ!」
アイラが叫ぶと、この前の氷柱よりもっと厚い、まるで氷山のような氷の壁が現れ、雅崇を囲った。
「やったわ!閉じ込めたわよ!」
じわじわと雷のドームが狭まる。もうすぐ雅崇に当たりそうだ。
「くっ……完全にやられたか……。まあいい!今回は撤退だ!」
「――もしかしたら、君たちなら本当に世界を救えるかもしれないな。君たちとはまたいつか合見えそうな気がするよ」
――――一瞬、時間が止まった気がした。次の瞬間だ。
「――これはー……。一難去ってまた一難、って感じだねー。」
――――次の瞬間。雅崇の黒い軍服に似た服装の者がざっと数えて300人。僕が持っているような鉄の剣を持ち、僕達を包囲していた。
「まずいねー。これはー……。」
「独立軍よ!」
「どうすればいいんだ…何か解決策はないのか……?」
「あっ。そーだ。上、上だよ。」
「そういうことか…涼!私達全員を浮かせることはできる?」
「やってみる……できた!!」
僕達の体が浮き始める。まるで伸びをしている時のような感覚だ。
「そのままー、距離のある場所まで移動させてほしー。」
「おっけーアイラ!今やってみる!」
かなりのスピードで滑空している。例えるなら、急斜面で思いっきりチャリを漕いでいる時のような、そんなスピードだ。
「ここらへんでいーよー。」
無事着地した僕達はすぐに身構える。
「あたし達魔術師と、キミ達転移者、2グループになって攻撃しよー。まずは分断だね。ガルシア、よろしくー。」
「わかったわ!赤雷よ……轟け!“紅き雷光”!」
ガルシアの杖からまっすぐに進んでいく雷が発現する。たちまち人が2人並んで同時に入ることができるくらいの幅の間隙が出来上がる。
「その隙間に入って攻撃するのよ!」
「わかった!久山、赤羽根!いくぞ!」
「はいはい……わかったわよ」
「おー!」
二人は急いで間隙に飛び込んでいく。僕も向かおうとした――がアイラに呼び止められる。
「三人とも近くで戦ったら少し狭いかもだからー、これ使いなよー。」
アイラは足元を凍らせ、氷で作られた美しい弓を出した――かと思えば、次は氷でできた矢が満載された矢筒が出てきた。よく見ると氷の弓の弦の部分は、転移前に科学で習った『触れる水』のようになっていて、しっかり弓として機能するようになっていた。
「矢先を君の能力で硬化させてあげれば、かなり威力を発揮すると思うよー。殺さないつもりなら、懐を狙えばいいよ。はい、どーぞー。」
少し怖い言葉が聞こえた気がするが、気のせいであろう。気のせいであったと信じたい。
「ありがとう、アイラ。早速……」
そう言って僕は矢を番える。
「はっ!」
僕が放った矢は一直線に狙った敵の懐へと向かっていく。当たる直前、矢は溶けだし、水になる。矢だったものは細長く伸びていき、敵の身体へまきつく。敵の軍服の形が変わっていくほどにはきつく縛られてしまうようだ。
十度目ほどの弓を番えた時、
「ほら、もうそろそろ近接戦もできると思うよー?」アイラが指をさす。あの二人だけで僕達が担当する半分ほどを倒してしまっていた。それを見て僕は構えた弓を静かに下ろす。
「そろそろ行ってくるか……弓、ありがとう。もういいよ」
アイラが「おっけー。」と言うと同時に手に持っていた弓が溶けだしていく。5秒ほどで全て溶けてしまった。
「じゃあ、行ってくる」
「いてらー……。気を付けてねー。」
アイラの視線を感じつつ、僕は鞘を付けたままの剣を右手に構え、全力で敵の方へ走る。もちろん自分の身体と剣に硬化をかけてからだが。
「そう言えば、雅崇のとは細かい意匠が違うな……。」
肩についていた金の糸の総が無いことなどにも気づいていた――だが、なぜか僕は、左胸についていた花をあしらった勲章がなかったのがひときわ目についた。
「赤羽根!こいつらなら能力が効くかもしれない……試してみてくれ!できれば僕達を中心とした放射状に力を加えてくれ!」
「やってみる!」
放射状に広がっていくのをイメージしているのだろうか、両腕を真横に突き出す。すると、衝撃波が僕らを中心として広がっていく。衝撃波に当たった独立軍達は、2秒ほど宙に放られた後に勢いよく地面へ叩きつけられる。
「久山、ここは二人でこいつらを倒すしかないだろう」
「ええ、そうね」
まだ少し動ける力のある独立軍達を一掃する。僕が弓を使っていた時にかなりのダメージが入っていたらしく、動ける敵はほぼいなかった。
「……よし、一応捕縛しておくか?」
僕は遠くで敵と交戦中の魔女達に聞こえるように大きな声で聞いてみる。
「後でアイラが捕縛するから、必要ないわー!」
元気なガルシアの声が聞こえた。向こうの戦局も快方へ向かっているようだ。
「そうか…わかった!」
とりあえず聞こえたことの意思表示をしておく。
「援護に行くか」
「僕も今、言おうと思ってたとこ」
「私もよ」
というわけだったので、僕たちは走って援護へ向かった。
――「そろそろやれそうだねー。」
「ええ。一気に決めてやりましょう!」
――アイラが祈るようなポーズをとる。すると、たちまち辺り一帯に暗雲が立ち込め、雨が降る。地面がまるで浅い池のようになった。さらにアイラたちのいる足元から、氷の円柱がせりあがってくる。
「おっけーだよ。ガルシア」
「わかったわ!」
ガルシアは氷の柱に思いっきり杖を突きさす。すると池のようになった水面に電流が流れる。水に濡れた独立軍の軍靴から、彼らは感電してしまう。
「――よし、後は捕縛だねー。はい、動かないでねー。」
アイラが指を鳴らすと、頭上に大きな水の塊が発現する。そのままその塊は小さな無数の塊になり、倒れた独立軍の者達の所へふわふわと飛んでいく。やがてその塊は細長く巻き付いていき――まるで僕が射ったあの矢のように――敵の身体にまきついていく。
「――よし、終わりだね。帰って他の魔術師達に報告して、処置を頼もー。」
――こうして、僕らの初めてにしては大規模な、戦いが終わった。
日はすでに沈み始め、美しい橙色の光が街を照らしていた。すると突然、アイラがばたりと地面へ倒れ込んだ。
「だ、大丈夫?アイラ!アイラ!!」
「……ち……がうんだ……涼……」
「な、なにが違うっていうの……?」
普段は冷静な久山でさえも少し動揺しかけている。もちろん僕もそうだ。だが僕はアイラの言葉に何も言わず耳を傾け続けた。
「おなか……すいた……」
――というような事があったが、今僕たちはやっとの思いで魔術師報告達に報告し、宿に戻り、夕食を食べている。ちなみに、宿に戻ってからすぐアイラは赤羽根にこっぴどく怒られてしまったようだ。だが、もうすっかり立ち直ったらしく、美味しそうにパンを頬張っている。
「それにしても、あの雅崇って人。謎だらけだね」
久山がぽつりと呟く。
「たしかにねー。あたしは時間を止められるってところが気になるなー……。転移者かなー?」
「でもアイラ、あの人、『魔王』クラスの実力を持っているって言ってたわよね?転移者が魔法を使うのは難しいはずだわ」
ガルシアは隣の席で夕食を食べているアイラの柔らかそうなふとももを枕にしつつ尋ねる。
「ちょっとガルシアー、行儀悪いよ?でもそれもそうだよねー……。まさに謎だね」
「そういえば、雅崇って名前。あれは転移前、僕達がいた国の人のような名前だ。何か関係はあるのか?」
あはは、と笑ったあと、ガルシアは笑みを残しつつ答える。
――――「それは日本の人だからだと思うわよ。当たり前じゃない!」
……どういうことだ?僕達は異世界へ転移してきたはず。それなら何故、日本という国が存在する?そんな思考を張り巡らせていると、ガルシアが追い討ちをかける。
「現に今、日本語で喋ってるじゃない?」
……そうだ、確かにそうだ。あの鍛冶屋も、青果市の人も、雅崇も、思えばみんな日本語で話していた。普通、異世界の異国なら、別の言語で話すはずだ。
「僕は……日本へ行きたい。日本へ行って、この世界になぜ僕の祖国があるのか、話者が少なかったはずの日本語が、何故こんなに普及しているのか……知りたい。」
「なるほど……じゃあ、ひとつだけお願いがあるの」
「どうした?遠慮せず言ってくれ」
「日本へ辿り着くためのルートには、独立軍の本拠地もあるわ。そっちもお願いしていいかしら?」
「もちろんだ、ガルシア。異世界に来てからというもの、君には助けてもらってばかりだからな」
「ありがとう!なら私も同行するわ!……それに、私達四天王には召集がかけられているの。もちろん日本にね」
「あたしは行けないかもー。ごめんね、でも途中で出会うことになると思うよー。ルート上にあたしの行かなきゃいけない所があるからねー。あたしもお呼ばれされてるしね」
「わかった、アイラ……。次会った時はまたよろしく頼む。みんな、善は急げだ。明日に出発しよう!」
「おー!」
「……わかったわ」
転移者の二人も同意してくれたことだし、明日から宿を出て、日本を目指すことになった。因みに、今いる国はイベリア王国というらしい。僕達の世界で言う所の、スペイン、ポルトガル、そしてフランスの一部が領地になっている。まずはこの北にある、ガリア公国を目指すらしい。
そんな地理的な話をガルシアとしてから、僕は今日の事を思い出しつつ湯に浸った。今までの人生で一番長く感じられた一日だった。
――――風呂から出たら、すぐさま寝ようと考えていた。すぐ寝るはずだったんだ。
「し~んじ!一緒に寝よー!」
シャンプーの心地よいさわやかな香りが思わず気になってしまった。
「な、なんでいきなりそんな話になるんだ!?」
「いやー、ちっちゃい頃のお泊り会思い出しちゃって~…」
――――その日は、昼間は心地よく晴れていたのだが、夜中にいきなり豪雨が降ってきた。雷は轟々たる響きをあげ、風が窓を叩いていた。
「怖いよ、慎滋……」
「大丈夫、俺が守ってやる。約束だ」
「ほんと…?」
――――あのことを少し思い出してしまい、僕は赤面せざるを得なかった。
「思えば私が明るく接そうと思ったのはあの時からだな~…」
「ねえ、慎滋……。あの頃の約束、本当に嬉しかったよ!」
赤羽根の輝く笑顔に、僕はその誘いを了承するしかなかった。
結局、彼女が隣で寝付くのを見守ってから僕は眠りについた。
ーーーーやれやれ。
――――――――――
「くっ……強い!これが『魔王』クラスというものなのか……」
「……そうだな、君は『魔王』でも『天魔』でもない……云わば『根源』みたいなものかな」
――――――――――
僕の頭には、「根源」という言葉だけが残っていた。
どうも、吉凶 巧です。
第3話 日出づる国 投稿させて頂きました!
日本があることが発覚しましたね。他の国はどうなんでしょうか……?
では、次の話でまたお会いしましょう!