第1話 転移と能力
「よい……しょっと。ふぅ、荷物運びも一苦労だな」
今は高校二年生の冬。そう、僕、多月慎滋が在籍している成智高等学校では今、近々やってくる文化祭に浮き足立っている。僕達のクラスの出し物は……あぁそうだ、メイド喫茶とかいうやつだ。この手のものでは最も案に上がり、尚且つ最も僕の神経を削ぐ厄介な出し物だ。誰が男のメイド姿なんか見たいのか。ふん、くだらない。
そう考えていると、1人のクラスメイトがやって来た。
「し~んじ!またそうやって暗い顔して……まったく、そんなんだから友達が……おっといけない」
そう嫌味を言うこの無駄に明るい黒髪のデコ出しショートは、赤羽根 涼。
少し騒々しい所があるが、皆に対して気配りをする事を忘れない奴だ。
「はぁ……今日も元気ね、涼」
そう言って僕の隣の席に座ったこの大人しそうな茶髪のポニーテールは久山 優紀。
常に無表情で冷静な女子だ。一見冷たいのだが、みんなのまとめ役として一役買ってくれている。
「うるさい。友達を作ろうが作らまいが、僕の勝手だろ?大体、話の合うやつも居ないんだよね」
適当に答えておく。友達ができないのではなく、作らないだけだ。決してぼっちではない。
「とにかく、早く文化祭の準備でもしたらいいんじゃないか?」
「いいの、僕達今日のノルマは終わったもーん。ね?優杞」
「そうね、もう全部荷物も運び終えたし、設置とかは明日にするわ」
……こいつら、仕事が早いな。まぁ、大方優杞の指示で作業が円滑に進んでいるんだろう。
「……ちょっと慎滋?今、どうせ優杞のおかげだとか思ったでしょ?」
「あぁ、よく分かったね」
「もう!酷い!僕もちゃんと荷物運んだもんね、たこ焼き焼くやつ」
あー、こいつらは屋台を出すのか。いいな、そっちの方がよっぽど気楽そうだ。メイド喫茶なんて一体誰が考えやがった、マジで。
「あ、優杞と涼!もう戻ってたんだー……あ、多月くん……だっけ?」
何やら準備を終えてきた他の生徒達が教室に戻ってきたらしい。女子生徒が話しかけてきた。それまで静かだった教室も、あっという間に喧騒に包まれる。
「あ、じゃあ僕はもう帰るよ。必要なものは運び終えたから」
「えー?もう?あ、じゃあ一緒に帰ろうよ!昔みたいに」
「いやいい。僕は一足先に帰って休むから、他の人と帰ってくれ」
「そんなー、待っ……行っちゃった。」
我先にと帰る。自分の知らない奴も一緒に帰るのはゴメンだ。……まぁ、それがなければ一緒に帰ってもよかったのだが。
「もうこんな暗いのか……まだ6時程なんだけどな」
夏、そして秋のまだ明るさと暖かさを残した空とは打って変わった、暗く、冷ややかな空。この風景もまた、冬という景色を想起させる。
「帰ったら化学のレポート書かなくちゃな……」
あぁ、面倒臭い。……と思っていたその時、甲高い打球音が聞こえた。
「あ、危なーーーーい!!!」
1人の少年の声が聞こえる。一体何が危ないのか、おもむろに空を見上げた。
――――ゴシャッ!
と、鈍い音が聞こえたのを覚えた。何が起こったのかも分からないまま、僕は倒れ込む。
「――――大丈夫ですか?!」
駆け寄ってくる少年の声。音と衝撃からして、これは硬球だろう。痛い。頭全体に、鈍い痛みが広がる。大丈夫だろうか、これ。
……しかし、意識が朦朧するほどの痛みではなかった。僕は立ち上がり、足元に転がる硬球を取る。
「うぅ……、あぁ、何とか大丈夫みたいだ。ほ、ほら、ボール。」
「ご、ごめんなさい!ありがとうございます!」
「いやいいよ、でも気をつけてね……」
少年はペコリと一礼し、向こうのグラウンドに去っていった。……ここからあそこまで、かなりの距離があるぞ。ざっと100メートルはあるだろう。
硬球の当たり所がよかったようで、何とか助かった。
何やかんやで帰宅する。その頃にはもう痛みはすっかり消えていた。
「ただいま」
「あら、おかえり。ご飯できてるわよ」
「いや、今日は疲れたからもう寝るよ。お風呂沸いてる?」
「沸いてるけど……ご飯はちゃんと食べなきゃダメよ?」
「いや、いいって。じゃあお風呂入るね」
今日はもう疲れたので早めに寝てしまおう。そう風呂の中で考えていた。
大きなガラス張りの窓に、水滴がびっしりとついて白く曇る。それをつっと指で撫でると、その部分は霜となった。おぉ、こんな事もあるもんだ。
幸運かどうかは知らないが、今日起こった様々な出来事を振り返りながら、風呂にゆったりと浸かった。
――体も洗い終わり、少し晴れ晴れとした気持ちで自室に向かう。風呂上がりにやってくる眠気が、僕を襲う。まぁ、あれだけ頑張ったのだ。疲れたに決まっている。
「あ、化学のレポート……もういいや。学校で終わるだろ」
もう眠い。レポートなどどうでもいいから早く寝たい。まだ8時程であったが、それも構わずに睡魔に身を任せ寝てしまった。
――――――――――――――――――――
硬く、冷たい感触に目が覚める。
「……ん?」
僕は目を疑った。僕の横たわっていた場所に、所謂魔法陣?のようなものが描かれていた。占星術か何かだろうか。それに、周りには何らかの像のようなものが複数設置されている。よくわからないが、不気味だ。これは夢だろうか。夢にしては、随分と不気味で現実感のある夢だ。
まぁ、夢だとわかっているのなら、せっかくだ。周りを探索してみたいものだが……僕は周囲を見回す。この部屋は大体……十数畳の広さと言ったところか。灯は少なく、薄暗い閉鎖的な空間。窓もない地下室のような空間……祭壇のような。益々不気味さが増す。
起き上がり、振り返ると大きな扉があった。僕の身長のゆうに3倍はある。
「これ……開けられるのか?」
これ程までに大きい扉は今まで見たことがない。扉は鉄製だろうか、触れてみると金属の冷たさを感じた。金銀様々な宝飾がなされ、存在感を放っている。そして、何やら特別なオーラのような威圧感を感じた。
試しに、僕の身長でも届きそうなドアノブに手をかけてみた。
そして引く。
重い。
あまりにも重く、暫く力を込めて引いてみてもダメだった。開かない。夢だと言うのに、この閉塞感はなんなんだ。
この先が気になる。純粋な興味が生まれる。
――――――この先に、行きたい。
そう思った時、扉が突然に淡い光を抱き始めた。
「これは……何だ?体が……熱い……!」
熱い。焼けるように熱い。僕の体に何があった?
自分の体を見てみる。すると、僕の体も扉のような淡い光を帯びていた。
「熱い!熱い!あぁぁぁああああぁぁぁ!!」
耐え難い熱さにもがき、苦しむ。一体何が起こっている。
――――――ギィィィィィ……
よく分からないが、何やら鈍い音がした。瞬間、扉の光が強まる。
――――――それと同時に、僕の体は眩い光に包まれた。
――――――――――――――――――――
ここは異世界。石造りの建物が並び、噴水の広場がある、まるで中世の街並みのような場所だ。しかし、所々に自動車があるなど、文化水準は僕がいた世界と同じ……もしかしたらそれよりも上程度かもしれない。人々は活気に溢れ、元の世界よりも楽しげな様子だ。何せ、僕のような常に溜息を履いて暮らしているような人間もいないのだ。とても充実した世界なのだろう。
それはさておき、この世界で最も僕がいた世界と違う事。
それは、「魔術が存在する」事である。
勿論、元の世界にも概念自体はあった。が、この世界では更にそれが進化している。全ての人々が魔力を有し、それを生活に活かすことが出来るのだ。例を挙げると、先程の自動車。これは、運転手の魔力をガソリンの様に消費して走行することが出来るのだ。魔力は休めば回復するし、自動車に使う魔力は微々たるものであるので、一般市民でも長距離の走行が可能だ。元の世界のガソリン、ひいては電気自動車等よりも効率がいいものである。
……このように、とにかく魔力が有効活用されている世界なのである。
「慎滋!さっきから黙っててどうしたの?元気がないのかしら?」
と、隣のローブを被ったスカート姿の小さい女の子。金色に輝く髪が煌めいている。
彼女の名前はガルシア。ここの住民で、どうやら小有名人らしい。
そして、彼女は魔法を使える存在であるのだ。先程も言ったのだが、この世界には魔力が存在する。その魔力が特別高い存在……所謂「魔術師」なのだ。魔術師は、一般市民が使えないような「魔法」を使うことが出来る。魔法は自然に影響されるものであり、水・火炎・雷などの自然現象を引き起こすこともできる。得意不得意もあるようだ。
そして、彼女は僕をこの世界に召喚した張本人なのである……が、これはまた後で話そう。
「ごめんごめん、ボーっとしてたよ。で、この後はどうするんだっけ?」
「もう!鍛冶屋に行くんでしょ?!なんですぐ忘れちゃうのよ……」
と、同じく転生をしてきた涼に言われる。彼女はこの世界における赤色の伝統衣装のようなものを着ていた。丈は長いが薄手で、涼しそうな出で立ちだ。
そうだ、装備を揃えるために鍛冶屋に行くんだったか。
……ここで疑問が生まれるであろう。何故、僕のような市民がそんな物騒な物を購入するのか。ここで先程の話の続きになる。
僕が異世界に転生した理由。
それは、この世界における「独立軍」が引き起こしている紛争を止める為である。
独立軍とは、辺境の領地の者達が、自分達の新しい国家を作る為に組織された軍である。
この組織は、王国から逃げ出した魔術師や、一般市民等が所属しているらしい。ガルシアら王国に仕えている魔術師は、それを止めるべく奮起しているのだ。そして、僕達を召喚した。
――――――――――――――
――――「おめでとう!貴方は選ばれたのよ!」
――――「あなたには才能がある。そこで、頼まれたい事があるの!」
――――「この世界では各地で紛争が勃発しているの。でも、止められる人は少ない。だから、私の魔法で外の世界から力を持つ人達を召喚したのよ」
――――――――――――――
かなり強引で、初めて聞いた時にはよく分からなかった。何を言っているのかが。
……しかし、現実世界でパッとしない日々。どうせなら、その「力」をこの世界で発揮させてみたい。
その思いから、僕は武器を取ったのだ。
……この「力」というのはよく分からないが、ある種の「能力」のような物らしい。先程言っていた魔術との違い……それは、転生して来た者にのみ与えられるという点だ。現地の魔術師達は魔術を使えるが、能力は無い。僕達はその逆だ。魔術を使えないが、能力は使うことが出来る。魔力は無いが、幸い現地の魔力を有する操作は可能らしい。最も常人並みのだが、それで十分だろう。
しかしこの能力、まだ具体的なイメージは無いのだ。「硬」「状」という二つの漢字だけが頭に思い浮かぶのみだった。ガルシア曰く、これは実践などで使ってみれば分かるとの事らしい。……大丈夫なのだろうか。
「ほら、着いたんじゃない?鍛冶屋」
暫く歩いていると、鍛冶屋に着いたようだ。久山が教えてくれた。彼女もまた僕達のように転移してきた存在で、彼女は緑色の伝統衣装を着ているようだ。こちらも涼しそう。
鍛冶屋の扉を開け、中に入る。途端に、鉄臭い臭いを感じた。木製の、そう広くはない店。
鉄、銅、それに……皮だろうか。武具の材料となりそうな物が、壁に掛けられている。棚には既に出来上がった盾や鎧が飾られている。武器もあるようだ。……が、大した量はない。奥には工房があった。店主は、そこで刀を打っていた。
「お、いらっしゃい……あっ、ガルシア様!これはこれは、御無礼を……」
店主の男が出てくる。髭を口周りにたくわえた、熊のようなガタイをしている。年齢は40代程度に見えるが……こんな男性でも、ガルシアにはこのような態度をとるのか。ガルシア、かなり偉いんだな……
「いえ、いいのよ。それより、装備を買いに来たのだけれど……」
「あっ、装備でございますか?いえいえ、買って頂くなどとんでもない!無料で差し上げます!……しかし、あいにく資材が枯渇しておりまして……もう鉄程度しか……」
「うーん……まぁ、まだそこまで戦闘をする訳でもないだろうから、いいかしら。じゃあ、鉄の武器を用意してもらおうかしら?」
「はい!畏まりました!」
店主は大慌てで、棚から武器を出し始める。……そして、僕に鉄の剣、涼にメイスをそれぞれ手渡した。
「……ちょっと、私の分はないの?」
「も、申し訳ございません旅のお方!もうこれで無くなってしまいまして……」
「う、うそっ?!私だけ素手?!」
「申し訳ございません……」
僕と涼の分だけで最後だったらしく、不幸にも久山には武器が手渡されなかった。
「しょうがないわね……実戦はまだだから、ひとまず我慢しましょう。ありがとうね、店主さん!」
「滅相もない!申し訳ございません!」
笑顔を見せて礼を言う体の小さなガルシアに対し、平謝りの図体が大きい店主。なかなか滑稽な絵面だ……そう思いながら、僕と3人は店を出た。
「そういえば、皆はどんな漢字が思い浮かんだんだ?」
僕が涼と優杞に聞く。能力のキーワードが浮かぶのは、皆共通だろう。
「漢字?んー、そうね……僕は、『重』だったよ」
「私は『身』だったわ」
「そうか。『身』と『重』……本当に分かりづらいんだな。」
涼が「重」で優杞が「身」……なるほど。本当にキーワード、といった感じだ。全貌がなかなか掴めない。
……しかし、二人の頭に浮かんだ漢字は一つだけなのか。僕は二つだったんだが……これは何かあるのだろうか?
「じゃあ、これから王宮に案内するわ!これから、王に会ってもらうわよ」
「お、王?この国のか?」
「えぇ!異世界から召喚されたんですもの、歓迎されて当然だわ!」
「おぉー、歓迎……美味しいもの食べれるのかな?」
「本当、食い意地が凄いのね……」
どうやら王宮に行って、歓迎会を開く予定らしい。……確かに、命を賭して戦うこともあるかもしれないのだ。これくらいはしてもらわないと、張り合いはないだろう。
そんな図々しい考えを持ちながら、僕達はガルシアに案内されるがまま王宮へと向かった。
どうも、吉凶 巧です。今回上げ直させて頂いて初めての投稿です。前回のものより層を厚く、そして内容を変更させて頂きましたので、再び読んでいただけると幸いです。